第5話 仲良しだけど敵同士
開始の合図が鳴った。と同時に、各地から魔法がぶつかる音が聞こえてきた。
「私達も行くわよ」
頷き、駆ける。すると、早速哀れな子羊、もとい個人で参加しているらしい学生を発見した。
「行くぜ!」
相手は急に現れた俺達に面食らってる。戦闘態勢の整っていない今がチャンスだ。剣に魔力を通す。俺が先行して斬りかかる。
相手も斬り返してくるが、グレイとの戦いで成長した俺の敵ではない。力で押し切って態勢を崩させる。
「先輩!」
「パペットロープ!」
俺が稼いだ時間で召喚した巨大パペットロープが、その巨大な拳を上から振り下ろす。
「う、うわあああああああ」
逃れる術のない彼は先輩の一撃をモロに食らった。先輩が拳を引き上げると、後に残ったのは地面にめり込んだ哀れな男子学生一人だった。
流石にHPを一撃で削り切るまでには至らなかったが、衝撃で気絶していた。今の内にバッジを頂いてトンズラしよう。
「ナイスコンビネーション! まずは一個!」
「いいアシストだったわよ。この調子でバッジを獲っていきましょう」
「この子一回生だよ。かわいそーに。いきなりあたし達にあたるなんて」
イオナ先輩が気絶している彼を木の枝でツンツンした。そして起きないことを確認したら炭でおでこにばつ印を書き始めた。そっちの方が可哀想だよ。
なんか初心者狩りをしているみたいでスッキリしないが、ここは戦場、バトルロイヤルだ。敵に情けをかけている場合ではない。
「なーんかこの調子だと俺っち達の出番はなさそー」
「ですねえ。私の魔法を使うまでもなく倒しちゃいましたあ」
「そうでもないわ。絶対に補助魔法が必要になってくるわよ。もちろん、アイシャ、貴方の魔法もね」
「ほんとーにそうですかねー。私には先輩とエルが仲良くするためのポジション配置にしか思えないんですけどー」
「妬かないの。貴方だってこの配置が効率的なのはわかるでしょう? それとも、私と場所代わる?」
「できないってわかってて言うなんて嫌味ですよ」
「ごめんなさいね。今度何かの機会があれば譲るから許して」
「約束ですよ」
「アイフィール家の名に賭けて」
なんかかっこいいやり取りをしているみたいだけど、俺の目には向こうから団体さんがやってくるのが見えている。
「無駄話しはここまでみたいですよ。お客さんです」
お相手は完全にやる気モードみたいだ。人数は5人。こっちの戦闘員と同じ数だ。
当初の作戦では多人数戦は避ける予定だったけど……。
「やっぱやりますよね」
こっちも全員やる気モードだった。先程の戦闘で出番のなかったアイシャを始めとして、俺もちょうど肩が温まってきたところだ。お相手はどう見ても一回生の烏合の衆。完全にカモだ。
「ようやく俺ちゃんの出番かなー」
「先輩、今度こそ出番譲ってもらいますからね」
「奪えるものなら奪ってみなさい」
「私もがんばります~」
「早いところ全員気絶させてねー。あたし暇だからさー」
なんとも緊迫感のない会話だが、逆にそれがいいのかもしれない。このチームなら早々脱落なんてことにはならないだろう。
「ゲッ! エル・グリントのクランかよ!」
どうやら誰だか知らないで近づいてきたらしいがもう遅い。相手が一回生なら逃がす気は微塵もない。突っ込んでいって強引に戦闘に持っていく。
「くそうやるしかないのか。皆援護頼む!」
相手はアタッカー二人にサポートが三人。俺は前衛の二人を抑えることだけを考えればいい。
一斉に向かってくる二人の斬撃を、時にはかわし、時には受ける。そうして、隙を見つけては斬ることに主眼を置かない力押しの一撃を挟む。
そろそろクロエ先輩なりアイシャの援護が来るはずなのだが――。
「いいから先輩はそこで黙って見ててください!」
「貴方の魔法は使い勝手が悪いのよ。私の方が上手くエルを援護できるわ」
「まーたそうやってエルエルエルエル。先輩の頭の中にはエルしかいないんですか!」
「貴方だってそうでしょう。冷静に考えて貴方の魔法じゃ前衛のエルまで傷つくわ」
「キーッ! 私だって魔力量くらい調節できますー」
「あのあの、お二人とも仲良くしましょう?」
二人はサーシャを巻き込んで絶賛キャットファイト中だった。
「あのーお二人さん? 今俺頑張ってるんですけど……?」
「「うるさい!」」
どうして俺は味方のはずの二人に怒られないといけないんだろうか。
「落ち着け、俺がサポートに入る」
「フレッド……」
俺の肩を叩きながら登場してくれたフレッドは実に頼もしかった。
「行くぜ! 俺の二丁拳銃が火を吹くぜ!」
なんてかっこいいんだ……!
「ぐわああああああ」
即落ち2コマとはこういうことをいうのだろう。フレッドはなにするでもなく普通に前にでて普通にやられてしまった。
おかしいな。なんかさっきチームの絆云々を確かめたような気がするんだけど、これじゃこっちが烏合の衆じゃないか。
「っく! なんて強敵なんだ……! エル、油断できないな」
いや、なに強敵と戦っている風な雰囲気を醸し出しているんだ。相手は決して強くないぞ。普通にやれば勝てるはずなんだけどなあ。
「イケる……! イケるぞ! 俺達勝てるぞ!」
ほら相手が勢いづいちゃった。もうこうなったらしょうがない。頼りないフレッドと二人でなんとかやるしかない。
「フレッド、もう真面目にサポートに回ってくれ。俺が片付ける」
「あいよー。ふざけるのはやめるかー」
やっぱりふざけてたんじゃないか。フレッドが真面目に戦っているのを見たことはないけど、流石にこいつら相手にやられるようなタマじゃないはずだ。
「行くぞ」
真面目になったフレッドのサポートは的確だった。俺が攻めて相手が逃げようと距離を取った瞬間に、水の弾丸を撃ち込む。相手は逃げようにもそれの対処に追われて、どう行動しても体力が削られる一方だった。
「なんだこいつら、急に強くなったぞ……!」
「伊達に上級生の相手ばっかしてないんだ、よっと!」
剣を弾き飛ばす。そして、その瞬間を見計らっていたとばかりにフレッドの放った水弾が相手に幾発も命中した。
『HP0』
「いっちょあがり~」
「ナイス! もういっちょいくぞ!」
インパクトの瞬間だけ発動させた身体強化魔法で、力任せにもう一人の身体を宙に浮かせる。すかさずフレッドが狙いを定めてHPを0にする。
残ったのはサポート役3人だけだ。可哀想だけど、彼らにもやられてもらおう。
そう思い、近づきかけたのだが、
「危ないエル! 逃げろ!」
フレッドの声が聞こえるよりも早く俺の背筋にとんでもない緊張感が走った。俺は脇目も振らずにその場から逃げ去ると、ちょうど俺が立っていたところにアイシャの魔法が飛んできた。対グレイ戦の時にも見た特大級の炎の圧を伴った爆発魔法だ。
俺はなんとか逃げることができたけど、延長線上にいた敵3人は何がなんだかわからない内に直撃を食らって気絶してしまった。見れば、彼らを中心にクレーターができている。
「ほら見てください。エルなら絶対避けるってわかってましたもん」
「たまたまでしょう。フレッドが警告しなかったから当たっていたかもわからないわ」
まだ争っていたのか……。
「いーかげんにしろ! なんで戦闘中にあんたらは喧嘩してるんだ!」
「だって先輩が私に出番譲ってくれるって言ったのに譲ってくれないから……」
「だってもへちまもない! 先輩も! 年下相手にムキにならないでください!」
「……だってああ言えばこう言うんですもの」
「あんたそれでも貴族ですか! 貴族なら貴族らしく流麗に流すとかできるでしょう。とにかく、お互い謝ってください」
「……ごめんなさい」
「……悪かったわね」
「だいたい、ちゃんと作戦を決めてただろ。基本は俺と先輩で倒して、アイシャは火力が足りない時に出るって。それがどうしてこうなった」
「私とエルが仲良くしているのを見てアイシャが妬いたのよ」
「あ、そういうこと言う。先輩だって調子よく『アイフィール家の名に賭けて』とか言ってたじゃないですか!」
「ふ、なんのことかしら」
「へー! 先輩にとってアイフィール家なんてその程度の存在なんですね!」
「私、貴族なんてどうでもいいと思っているもの」
「キッー! 先輩こそああ言えばこう言うじゃないですか!」
「えーい! 言い争うな! なんで仲良くできないんだ!」
「エルがはっきりしないからだよ! 先輩にデレデレしちゃってさ!」
「しょうがないだろ! 男なら誰だってそうなる!」
「だ、そうよ? 幼馴染というポジションに甘えてきたツケね」
ものすごく勝ち誇った表情で、身長差を存分に活かした先輩はアイシャを見下ろすようにして言った。
「先輩もそこで挑発しない!」
「胸? やっぱり胸なの?」
先輩がわざわざ腕を組んで胸を強調しながら言ったもんだからアイシャのコンプレックスに触れちまった。
「誰もそんなことは言っていない。頼むから仲良くしてくれ!」
「私なんてエルがおねしょして泣いてた頃から知ってますしー。先輩知らないでしょ。こーんな小さい頃のエルは可愛かったなー!」
「っ! それはちょっと卑怯ではなくて?」
人の恥ずかしい過去を聞いてどうして先輩はそんな悔しそうな顔ができるんだ。もう本当に勘弁してくれ……。
「おーい、そろそろ飯にしようぜー。イオナ先輩が飯作ってくれたぞー」
渡りに船とはこのこと。俺達が言い争っている間に有能な仲間達はいつの間にか陣を張っていてくれたようだ。しかもちょっと早いが昼飯付き。
「ふ、二人共、飯を食べよう。腹が減っているから言い争うんだ」
「一時休戦ね」
「……いいでしょう」
両サイドを龍と虎に固められた俺は、せっかくイオナ先輩が作ってくれた料理を初めて口にする機会だというのにまったく味がしなかった。
結局、険悪というほどではないが、冷戦状態のまま午後も集中講義に挑むことになり、当初予想していたよりも遥かに少ないバッジ数で夜を迎えることになった。
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