第4話 わりと危険な集中講義?

 翌日、俺達は部室にいた。本日は営業休止の看板を部の扉にかけている。明日行われる集中講義の準備をするためだ。

 イオナ先輩が用意してくれたリュックに、クロエ先輩が渡してくれた最低限必要な物リストに書かれた物を入れていく。


 着火剤とライター、食料、テントに寝袋、歯ブラシなどのアメニティグッズ、水筒、着替え、などなど。ちょっとしたキャンプ気分だった。


「各自リストに書かれた物は買ったわね?」

「買いました。けど、着火剤とかライターとかって必要あるんですか? 魔法でなんとかなりそうなもんですけど……」

「長期戦だもの、少しでも魔法を使う機会は減らすべきよ」

「そういうもんですか」


 いまいちピンと来なかった。今まで魔法が使えなくなるまで魔力を使った経験がないし、いくら長期戦とはいえそんな風になるものなのだろうか。まあ、先輩が言うんだし正しいんだろう。


「後はーあたしが調理器具持ってー、整備道具も持つしょー。トラップとかビーコンはどうするー? 持ってく?」

「そうね。あった方がいいわ」


 なんだかどんどんイオナ先輩の持ち物が増えているが大丈夫なのか。元々一人だけ俺達のリュックよりも大きかったのに、今やそれがパンパンになっている。とても女性が持ち上げられる重量のようには思えない。


「そんなに詰め込んで大丈夫なんですか? ちゃんと持てます?」

「だーいじょぶだって。ほら!」

 そう言って先輩は軽々と大きなリュックを背負って見せた。あの細身の身体のどこにそんな力があるんだ。女体の神秘だ。


「しっかし3日分の食料こんだけで足りるんすか? 一応俺ら男なんで結構食いますよ?」

 クロエ先輩はフレッドの質問にもしっかりと回答を持ち合わせていた。


「大丈夫よ。演習場に自生している果物があるし、川が流れているから魚も獲れる」

 なんだそれなら安心、と言いかけたところで先輩は「でも」と続けた。

「中には学園がわざと植えた毒入りの果物やキノコがあるから不用意に食べてはダメよ」

「なんでそんなことするんですかあ?」

「いざって状況になった時に何も考えずに食べてしまう学生に脱落してもらうためでしょうね。流石に命に関わる毒はないようだけど、身体がシビレたり眠ってしまう程度の毒性はあるはずよ」


 恐ろしい話だった。これ美味そうと何も考えずに食べてしまったが最後、脱落になる可能性があるなんて誰が考えるだろう。やはりこういう場面では上級生の存在は大きい。


「さて、準備はいいかしら?」

 頃合いを見計らってクロエ先輩が言った。全員が頷くと、先輩はこう続けた。

「今日は全員、一箇所に集まって眠るわよ」

「なんでですか?」

「学園からバッジを配布されたでしょう?」


 そういえば今朝、部屋に学園から俺達宛にバッジが届いていた。すぐにクロエ先輩から重要な物だから肌身離さず隠し持ってなさいと言われていたので、今も制服のポケットに入っている。


「そのバッジが重要なのよ。もう少ししたら参加者名簿がプレートに送られてくるわ。それを狙ってくる輩がいる。もう、ここから集中講義は始まっているのよ」

「へ? でも集中講義は明日からですよねえ?」

「開始前に会場にトラップを仕掛けるのと同様の理由よ。参加者に毒入りの食べ物を食べさせて当日実力を発揮できないようにしたり、ケガをさせたりなんかを企む人がいるの。そして、あわよくば開始前にバッジを奪ってしまおうという人がね」

「足の引っ張り合いってやつだねー。口に入れる物は逐一チェックした物じゃないと、いつ誰が毒を仕込んでるかわかったもんじゃないよ」


 おかしいな。この学園はいつから修羅の国になったんだ?


「そういうことよ。だから、料理は私が作るわ。もちろん、材料の買い出しにも全員で行く。今日は眠るのもここで寝袋を使って寝るの」

「寝る時はあたしの対侵入者用トラップを周囲に仕掛けるからね。トイレに行きたくなったら言ってね。都度解除するから」

「トイレに行くのも3人一組が望ましいわね」

「開始前からそんなに闇討ち奇襲があるんですか? 生徒会なりが動きそうなもんですけど……」

「ほぼ黙認状態よ。慣例みたいなものだから、いちいち取り締まっていたら手が足りなくなってしまうもの」


 これは……いよいよヤバい講義に参加することになったな……。

 不安な一夜だったが、幸いにも様々な対策が功を奏して俺達は無事集中講義当日を迎えることができた。

 全然気づかなかったが、夜襲に来たらしい他の参加者が、朝起きたらトラップに引っかかって部室前でのびていた。トラップを仕掛けていなかったらと思うとゾッとする。


 案内に従い、演習場に向かうとすでに多くの学生達の姿があった。先輩達の言っていた通り、まだ始まる前だというのに腹を押さえている人や、謎のケガを負っている人が結構な数いた。そうした人は、やはり一回生や、個人で参加している人達に多く見られた。

 先輩の知恵様々だ。何も知らないで飛び込んでいたら俺達もあの人達の仲間入りだった。


「さてさて、皆さん激動の一夜を送ったようですね~。無事今日を迎えられた学生さん達にとってはお待ちかねの集中講義のお時間です」

 今回も担当教員はリーゼ教員だった。相変わらず間延びしたような声で参加者にルールの説明を始めるようだった。


「今回のルールはズバリ! 生き残ることです。プレートに表示されるHPが講義終了まで残っていた者に、その時点で所持しているバッジ数に応じて単位を進呈します。バッジ一つにつき1単位です。バッジは開始前に全員に一つずつ配られているはずです。皆さんちゃんと持ってますか~? 無い人は参加できませんからね~」


 周囲を見渡すと、すでにバッジを二個三個持っている人や、もうバッジが無くて絶望している人なんかがいた。


「バッジは最初に配られるものとは別に、演習場にも散りばめられています。戦って奪うもよし、逃げて演習場のバッジを集めるもよし、各々好きな方法で頑張ってください。それでは準備はいいですか~? これより30分間の移動時間を設けた後、開始の合図を行います。カウント始めますよ~。3、2、1……移動開始!」


 一斉に学生達が移動を開始する。俺達も、プレートに表示された演習場マップを見ながらどこに移動するかを決める。


「まずはどうします?」

「初日は一回生の子を相手にバッジを奪った方が効率がいいわ。川の近くに行きましょう。そこなら野営をする時にも便利だわ」

「了解です。それじゃ行こう」


 俺達はマップ片手にまずは川の側まで移動することになった。

 そうして、川の上流付近にたどり着いた俺達は、余った時間で作戦会議をすることになった。


「まずやるべきは個人で参加している人達のバッジを私達全員で挑んで奪うことよ」

「他のチームに出会った場合は?」

「可能な限り戦闘は避けましょう。どの道二日目まで生き残るのは効率よく立ち回ったチームか、強大な力を持った個人が大半よ。だから、楽に獲得できるチャンスがあるとしたら一日目の今日よ」


「戦術はどうするんです? 俺ら結構戦い方バラバラっすけど」

「そうね。エルを遊撃手に置いて、アタッカーが私とアイシャ。サポートに貴方とサーシャといったところかしら。基本は私がパペットロープ、ないしレガルで押しつぶすわ。それが通用しない相手が出た場合に備えてアイシャが魔力をチャージしておく」


 グレイ戦での反省を活かして改良が施されたアイシャの魔導具は、予め魔力をチャージして任意のタイミングで放出するということができるようになった。一日でチャージした魔力が半減してしまうという欠点はあるが、それでも切り札足り得るものであるのは間違いない。


「そして、エルにかかる負担を減らすのがサポートの二人の役割。フレッドは遠距離からの牽制で相手の嫌がることをしてちょうだい。サーシャはエルに降りかかる攻撃のガードを担当。こんなところかしら。何か異論はある?」


 全員が納得した様子だった。チームの結束が要求されるが、このチームなら大丈夫だ。


「ところであたしは? さっきからあたしがのけ者になってるんだけど」

「貴方は……逃げてなさい。貴方がいなくなってしまうと魔導具が故障した時の修理ができなくなるわ。間違っても戦闘に参加しないように」

「はーい」

『集中講義開始まで後5分』

 アナウンスが聞こえてきた。作戦は決まった。いよいよ、俺達の集中講義が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る