第3話 集中講義?
翌日、俺達は一回生必修の基礎魔法学を受講していた。担当のリーゼ教員は今日もどんぐり眼を輝かせながら元気ハツラツに講義を行っている。
「では本日の講義の要点をまとめていきますね」
この人の講義はこうして最後に必ずまとめをやってくれるからありがたい。最悪遅刻してもこの部分だけ真剣に聞いていればだいたいの内容が頭に入るようになっている。
「本日の講義は絶対防御についての説明でした。絶対防御とは皆さんご存知プレートに最初からインストールされている超高機能の防御魔法のことです。こちらは、プレートの基礎機能とパッケージ化された紋章でインストールされています。ここでいう基礎機能とはステータスの表示機能や通話機能などですね。では、本日の講義でもっとも重要なことをお話します。ノートの用意はいいですか~?」
もちろんバッチリだ。ここまでもしっかりとノートに写している。
「ダメージを負い過ぎて、絶対防御がインストールされている紋章に傷がつくと、それに付随してインストールされているプレートの基礎機能も使えなくなる、です。忘れないでくださいね~。試験に出ますよ~」
しっかりと色を変えてノートに書いておく。「試験に出る」と書くのも忘れない。
「とは言っても、皆さんの実生活においてはこうなることはあまりありません。学園が絶対防御の限界値を、本当の限界値よりも前に設定しているからです。争奪戦などではプレートが限界値よりも前に敗北を宣言します。ですから、皆さんは安心して単位争奪戦ができるわけですね~」
安心してできるとはいえケガをしないわけではない。事実俺はこの間のバトルでしばらく身体が満足に動かなかった。
「紋章が破損してしまうと修復されるのには日数がかかります。覚えておくように。試験に出るかも知れませんよ~。では、本日の講義はこれで終了です。ご苦労さまでした。質問のある方は個別に対応します」
その言葉を聞いた学生達が続々と教室を後にする。
「終わったなー。いやー今日も気持ちよく眠れた、もとい素晴らしい講義だった」
「フレッド君ホント試験前に困っても知らないよ?」
「だーいじょうぶだっつの。心配すんな。それより早くショコラ行こーぜ。先輩達を待たすのも悪いし」
借金返済で皆仲良く1単位になってしまった俺達は、この状況を打破するための会議をショコラで行う約束をしていた。今日がその約束の日で、先輩達二人は先に講義を終えて待っているらしい。
と、いうことで、ショコラに向かった俺達。テラス席に二人の姿が見えた。構図としては笑顔のイオナ先輩がすまし顔のクロエ先輩に話しかけて、クロエ先輩がそれに2、3言返すといった様子だった。
「ちーっす」
「こんにちは。待たせてすいません」
「全然待ってないわよ。さ、こっちに座りなさい」
そう言って自身の隣の席を指すクロエ先輩。特に断る理由もないので言われるままに座ったのだが、アイシャがすかさず反対側の席に座ってきた。
「ちょっと露骨過ぎません? クロエ先輩?」
「なんのことかしら」
どうしてだろう。龍に噛み付く虎のように二人の間で火花が散っているように見えるのは。ガルルという擬音が聞こえてきそうなアイシャに対してクロエ先輩は、あくまで普段と変わらぬすまし顔だ。間に挟まれた俺はただ縮こまることしかできない。
「いい? サーシャちゃん、あれが痴情のもつれっていうんだよ」
「そうなんですねえ」
謎の講義を繰り広げているイオナ先輩とサーシャはともかく、フレッドはいつの間に取り出したのかハンカチを噛んでわかりやすく羨ましそうな顔をしていた。
「くたばれクソ野郎!」
「俺は何もやっていない!」
「まーまーコメディはその辺にして、今日集まったのは単位について話すためでしょー?」
「そうね。とは言え、イオナはその問題、解決してるんじゃなくて?」
「実はそうなんだよねー。あの一件以降あたしの魔導具飛ぶように売れててさー。今あたしはコインも単位もそれなりに持ってるのよ」
「ってことは、イオナ先輩以外のメンバーの問題ってことか」
「仲間外れよくない! あたしも皆と一緒だよ!」
「はいはい。とは言ったものの、ノーリスクで単位を得られることって学園のシステム的にあるんですかね。やっぱり、残った1単位を賭けて地道に単位争奪戦で稼ぐしかないんですかね」
「ノーリスクとまでは言わないけれど、比較的簡単に単位を得られる機会はあるわよ」
「というと?」
クロエ先輩は「これよ」と言って、カバンから一枚のプリントを出して見せた。その際なぜか、わざわざ俺にだけ見えるように身を寄せてプリントを見せるものだから反対側からアイシャの「シャー!」という威嚇が聞こえてきた。勘弁してくれ……。
「まあ、冗談はこの辺にしておくとして。集中講義というものがあるのよ」
「それあたしも知ってるー! 定期的に開催されてるやつだよね。今回はどんなルール?」
ここで初めてクロエ先輩は皆に見えるようにプリントをテーブルに置いた。
「なになに、3日間の野外宿泊演習? 特別演習場で3日間に渡って行われる講義です。なんのこっちゃ?」
フレッドがなんのこっちゃと言いたい気持ちはよくわかる。プリントにはそういうものがあると書かれているだけで、その講義の概要、つまりシラバスに当たる部分が何も書かれていなかった。
「なんというか……相変わらず何も説明しないんだね、この学園」
「そういうものだと受け入れる気持ちが肝要よ。でも、幸いこの講義に関しての情報は持っているわ。準備に何が必要か、とかね」
「流石二回生。クランに入ってない俺らにとっちゃ貴重な情報源だぜ。で、何が必要なんです?」
「貴方に情報源扱いされる覚えはないのだけれど」
「ルールとかってわかります?」
「去年と同じならHP制のバッジ集めね」
「なんでエルには教えるんですか!」
「普段の行いかしら」
「ちくしょー! あんまりだあ!」
クロエ先輩が俺にだけ優しいというのはあながち間違いではないのかもしれない。ただ一つ言えるのは、フレッド、強く生きてくれ。
「HP制のバッジ集めって言われても、いまいちイメージが湧かないんですけど、どんな感じなんですか?」
アイシャはぐだぐだ言うフレッドを押さえつけながら聞いた。
「そうね、絶対防御の限界値については学んだ?」
「ちょうど今日やりました」
「なら話が早いわ。集中講義の期間だけ限界値が普段よりも下げられて、その限界値をHPに見立てて戦うのよ。残量が0になればその時点で失格。最後まで生き残った学生が、その時点で所持しているバッジ数に応じた単位を与えられる、というのがルールよ」
「なんだかたいへんそうですねえ」
「そうね。耐久力、忍耐力なども求められるわ。常時単位争奪戦状態みたいなものだから、闇討ち奇襲、なんでもありだもの」
「それでいて3日間、か。食い物や睡眠時間も確保する必要があるのか。まるでサバイバルゲームだ」
「イメージとしてはそれでいいわ。いかに相手を出し抜いてバッジを集めつつ、最後まで生き残れるかに重点が置かれた講義よ」
「あーなんかだんだん思い出してきたかも。たしかそれって事前にトラップ仕掛けられたよね? この時期トラップ系のマジックアイテムが売れるんだよねー」
「表向き事前に設置するのは禁止されているけれど、バレなければお咎めなしだから皆やっているわね」
「その辺はこの学園っぽいですね。バレなきゃなんでもオーケーって辺りが」
「集中講義というだけあって、私達みたいに単位を渇望している学生が多く参加するわ。彼らも必死そのものだから、決して楽ではないわよ。それでも参加する?」
その問いの答えは決まっている。ルール上バトルの機会も多いだろう。ならば、少しでも強くなれる可能性があるのならば参加しない手はない。
「そう言うと思ってたわ。ここに、人数分の参加希望書があるわ」
流石クロエ先輩。用意がいい。もちろん、全員が参加希望書に記入した。
「そういえばこれって一、二回生合同なんですね。なんで三回生は入ってないんですか?」
言われてみればたしかに不思議だ。なんで三回生は入ってないんだろう。アイシャの疑問を一回生組は全員覚えたようだが、二回生二人はなんとも言えない顔をしていた。
「パワーバランスが崩れるのよ。一回生と二回生だけならまだ個人で参加していても生き残れる可能性があるけれど、三回生が参加してしまうとチームで挑んでも三回生一人に負けてしまうケースが多分に考えられるの」
「三回生が争奪戦始めると周囲の地形がめちゃくちゃになっちゃうもんねー」
「その点一回生と二回生だけなら、チームの総合力を競ったり、上級生からいかに逃げるかを考える鬼ごっこ的状況がつくれるのよ。そこに三回生が入ってしまうと、ね。わかるでしょう?」
「まー全員が三回生からどう逃げるかになっちゃうよね。それじゃ公式の新入生狩りになっちゃうってわけさ。あれだよ、ロベッタとかグレイが何人もいる感じ!」
そんなに三回生は化け物揃いなのか。まだ三回生が戦っている場面を目にしたことがないけれど、あのウィズさんとかも相当な実力者ってことなんだろう。
「でもクロエっちとか三回生に片足突っ込んだ実力じゃん?」
「ワイルドバンチと関わる以前はね。今は機巧人形のストックがあまりないから上級生とまともにやり合えるのはレガルくらいよ」
ということは、あの日見たクロエ先輩とグレイが戦った時のようなバトルが三回生になると日常的な光景になるのか。そう考えると地形がめちゃくちゃになるというのも理解できるというものだ。
「ありゃりゃ。そのうちあたしの機巧人形いっぱいあげるよ。どうせあたしの機巧人形ちゃんと動かせるのクロエっちくらいだし」
「期待してるわ。ただ一つ懸念点があるの」
「というと?」
「長期戦になるから、いかにHPを減らさないかというのも重要になるのよ。そのためには相手の攻撃をガードできる補助魔法系を得意とする人がいるのが望ましいの」
「あ、それなら私が」
「そうなの? どんな魔法が使える?」
「その、まだ他の人に身体強化をかけるスキルしか持ってなくて……」
「困ったわね。それがあるのとないのとでは戦術に大きな違いが出てくるわ」
「ごめんなさい……」
「謝る必要はないわ。しょうがないことよ。別の方法を考えましょう」
肩を落とすサーシャの頭をクロエ先輩は優しく撫でた。
「ふ、ふ、ふ。皆さんあたしをお忘れでは?」
ものすごく偉そうに腕を組んだイオナ先輩はわざわざ立ち上がって話し始めた。
「ちょーど今あたしのところには単位もコインもたっくさんあるんです! その単位をサーシャちゃんにあげればスキルが買えるでしょ?」
「イオナさん……でも……」
それを言ってしまえば全員にその単位を分ければいいのでは? という思いが出てしまうのはしょうがないことだろう。だが、皆何も言わなかった。他力本願を良しとしないからだ。ただ一人フレッドを除いて。
「それ全員に分けたら集中講義出なくてよくね?」
どうしてこう皆思ってても言わなかったことを口に出してしまうんだろう、こいつは。間違いなく悪気はないんだが今は一致団結して頑張ろうという流れだったじゃないか。それをぶち壊すような発言をするから空気が読めないだの日頃の行いが悪いだの言われるんだよ……。
「フレッド君サイテー」
「そういうところがダメなのよ、貴方」
「フレッドさん、流石にそれはちょっと……」
「やだよー! そんなことしたらあたし魔導具の材料買えなくなっちゃうじゃん!」
「な、なんだよ皆して! 場を和ませるジョークだよ、ジョーク! 俺だってそんなことしようなんて思わねえよ!」
「ならどうして口に出してしまったんだ……。お前はいいヤツなんだから、そういう余計な一言を言わないように気をつけろよ……素直に謝っとけ」
「どうもすいませんでした!」
「誠意が足りない。やり直し」
アイシャは手厳しかった。と思ったが、アイシャだけでなく女性陣が謎の一致団結をしてフレッドは何度も謝罪をさせられていた。可哀想に。俺も口には気をつけよう……。
なんていうくだりを終える頃には、フレッドの狙い通りかどうかは知らんが、サーシャも気持ちよくイオナ先輩に単位を貰えるような雰囲気になっていた。
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