第2話 俺は無実だ
「だから何度も言ってるじゃないか。俺は巻き込まれた側で何もやってないって!」
ところ変わって生徒会取調室。なぜか今回の事件の犯人となっているらしい俺は、あの時飛んできた女学生に詰められていた。
「どうだか。貴方は有名人だ。ワイルドバンチに勝ったことで自分に力があると勘違いして、あんなところで戦闘を始めたのではないか?」
どれだけ俺が説明してもこの調子だ。凛とした佇まいを崩さずに、さっきから俺を犯人だと決めつけている。
この人のことは一回生で生徒会入りした有名人としてフレッドから聞いて知っていたけど、まさかこんな石頭だとは思わなかった。
東国出身の美人サムライだかなんだか知らないけど、話が通じないんじゃどうにもならん。東国の人は武士道だかを大事にするらしいけど石頭なのが特徴なのか?
「いい加減にしてくれ。俺は何もやってない。それに、ワイルドバンチに勝ったのだって、あれは俺の力じゃない」
「その割には周囲に俺は強いと吹聴しているみたいだな」
なんだその話は、初耳だぞ。むしろ俺自身は自分の無力さに反省しているというのに、なんで真逆の話がでるんだ。
「なにかの間違いだ! 俺はそんなことは言っていない!」
「犯人は皆そう言う」
くそう。これじゃいつまで経っても平行線だ。何か彼女を納得させる上手な言い回しがないかと視線を横にやると、部屋の隅に設置された鏡の前で、髪をイジっている男子学生が目に入った。なにをそんなにイジることがあるのか彼は一心不乱に自分の金髪を整えていた。制服もだらしなく着崩しているし、ぱっと見ではとても生徒会には見えない。
俺の目線がそちらにいっていることに気づいた彼女は、静かにこう言った。
「シャオロンさん。用がないのなら出ていっていただきたい」
「その言い方はないんじゃなーい、リッカちゃーん。俺は君の補佐なんだからここにいるのはあ・た・り・ま・え・だよん」
「補佐なら補佐らしいことをしていただきたいものですね」
「だからここにいるんじゃん?」
「なら犯人が自供するのを手伝ってください」
「でも彼は違うって言ってるよー?」
「彼が犯人です!」
どうもリッカって人は俺に対してだけ石頭なのではなく、そもそも融通がきかない性格の人間なのかもしれない。そういう人に「やってない」と言っても「やった」と言われるのはある意味当たり前のことだ。ならば、俺が「やっていない」確たる証拠をぶつければ万事解決するのではないだろうか。
ではその確たる証拠をどう突きつけようか、なんて考え始めた時にノックの音が聞こえた。
「失礼するよ」
入室してきたのは長身の男子学生だった。腕章に生徒会長と書いてあった。彼がかの有名な無敵の生徒会長か。意外と細身に見えるが、その実行動の一部一部に隙がない。
なるほど、彼が最強と呼ばれるのも納得だ。その上碧眼茶髪でイケメンって。でも、彼もロードオブカナンに出るだろうから確実に超えなきゃいけないハードルの一つだ。
「会長」
「あれえ、かいちょーじゃん。どうしたん?」
「いやなにちょうど暇だったから彼の無実を伝えにきたんだ」
「無実? そんな馬鹿な」
「君達が取調べをしている間に報告が上がってきてね。見物人等の証言から彼は単位争奪戦を挑まれたが断ったそうだ。そうだね?」
どうやら会長は俺に問いかけているらしい。当然、俺は頷いた。
「さっき挑んだ側のフスコ君を捕まえたのだが、彼も自供したよ。自分が挑み、断られたが強引にバトルに持っていった、とね」
「つまり……」
「リッカ君の早とちりだったというわけだね。彼は無実だ」
取調べ室を静寂が支配した。気まずそうな顔をしたリッカという女学生がとてもいたたまれなかった。
「……その、すまな、かった。私の早とちりで……」
「いや、わかってくれればいいんだ。じゃ、俺はもう帰ってもいいですよね?」
「もちろんだ。すまなかったね。こちらの落ち度で長時間拘束してしまった」
「いえ、それじゃ。俺は帰りますね」
とんだとばっちりだった。次にフスコに会ったら嫌味の一つくらい言いたいものだ。
外に出ると、すっかり暗くなっていた。なぜか取り調べの最中にカツ丼が出てきたから腹は減っていないけど、やはり精神的に疲れているようで寮へ向かう俺の足取りは重かった。とはいえ、幸い生徒会本部から寮は近い位置にあったからすぐに着いた。
「ただいまー」
「おう、災難だったな」
同じ当事者だったはずのフレッドはどうやら取り調べを受けなかったらしい。のんきにベッドに寝そべって本を読んでいた。
「ホントだよ。リッカって人に取り調べ受けてたんだけど、これがまたすごい石頭でさ」
「……お前今度はリッカちゃんに粉かけてきたのか」
「はあ?」
「知らんのか。リッカちゃんは一回生で1、2を争うほど人気の女子だぜ。フレッド様調べの付き合ってみたい女学生ランキングでも常にトップ5にいる。ちなみにそのランキングには我らがアイシャちゃんとサーシャちゃんもランクインしてる」
「そんなくだらないランキングがあったのか」
「お前って奴はどうしてこう美人に縁があるのかね。そういう星の元にでも生まれたんか?」
「知らねーよ。それにあんだけ石頭だったら美人も台無しだ。あれと付き合おうと思う男の気がしれん」
「美人という認識はあるのね。メモメモ。ああ、そうだ。なんかお前に手紙が来てたぞ」
「バカ野郎! それを早く言え!」
俺は慌てて机に置かれた手紙を手に取った。思った通り、アイリからの手紙だった。そろそろ手紙が届く時期だと思っていたが、ちょうどいい。この荒んだ心をアイリに癒してもらおう。
「故郷に残してきた恋人からの手紙か~?」
「うるせ。アイリからの手紙だよ」
慎重に封を破り、中から手紙を取り出す。『お兄ちゃんへ』と題されたそれを読み始めた。
『この手紙が届く頃には入学から1ヶ月が経った頃かと思います。お兄ちゃんはいかが過ごされていますか? 楽しい学園生活を送ってくれていたら嬉しいな』
大丈夫だぞ、アイリ。お兄ちゃんは楽しい学園生活を送っている。
『お兄ちゃんが心配してるだろう病気のことですが、お兄ちゃんが家を出てから進行はしていません。相変わらず右足の感覚はありませんが、それでもなんとかやっています。なので、こちらのことは心配せずに、お兄ちゃんはいっぱい学園生活を楽しんでください』
よかった。一番心配していた病気の進行も緩やかなようだ。このペースならば、今すぐにアイリの命がどうこうということにはならないだろう。
『お友達はいっぱいできましたか? アルドヴィクトワール学園は競争が激しい学園と聞いているので心配です。でも、お兄ちゃんなら大丈夫かな? きっとたくさんのお友達と楽しく過ごしてるよね』
フレッド、アイシャ、サーシャ、クロエ先輩、イオナ先輩、皆いい仲間で、友達だ。
『でも、女の人のお友達はつくる必要はないです。アイシャさんで十分です』
……マズイな。友人5人の内男はフレッドただ一人なのだが。
『今度、時間ができた時にお家に帰ってきたらお友達を紹介してください。楽しみにしてるね。アイリ』
マズイ。非常にマズイ。なんてアイリに言い訳をしよう。俺は流れ出る汗を抑えられなかった。
「どうした? エル。何か悪いことでも書いてあったのか?」
フレッドが真剣な顔をして聞いてきた。俺は神妙に頷いた。
「アイリちゃん、よくないのか……?」
「違う」
「ん? ならどうしたんだよ」
「女友達はつくる必要がないと言われた上に、友達を紹介してくれと言われた」
「はあ? おま、ふざけんなよ! 俺の心配を返せ!」
「バカ野郎! 友達の男女比率が1対4だぞ。アイリに会わせる時になんて言い訳すればいいんだ……。アイリに嫌われちまう! これはもう金で友達を雇うしかないか……いやこの際フスコを友人枠に入れちまうか……? いやいや……」
「あーあ心配して損した。バカらし。そんなんお前の身から出た錆だ。お前でなんとかせえっちゅねん」
「頼むよフレッド。何か良い言い訳を一緒に考えてくれ。このままじゃお兄ちゃんアイリに嫌われてしまう!」
「うわ気持ち悪! なーにがお兄ちゃんだ。自分で考えろ」
「そんなこと言うなよフレッド。俺達親友だろ?」
「しゃーねえなあ。一個いい案があるぜ?」
「なに! 教えてくれ!」
「全員に告白して付き合え。お前ならイケる。そうすりゃ自然と泥沼劇場の出来上がりだ。お前が刺されてしまうという弊害はあるが、これなら後腐れなく全員と縁を断ち切れる」
「後腐れしかねえよ!」
「それが嫌なら諦めろ。正直に女の子を助けて回ってたらこうなりましたと言え」
「正論過ぎて何も言い返せない……!」
尚も食い下がる俺と、面倒そうに返すフレッド。このやり取りは眠りに落ちる直前まで続けられた。
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