第11話 ともだち1/2

 悪運が強かったとしか思えない。暗く深い谷底には地下水が流れていた。おかげで、度重なる戦闘で限界に近かったプレートの絶対防御でも、俺達の命を守ることができた。


 これがただの地面だったらと思うとゾッとする。あちこち傷だらけだが、命が無事なだけ感謝だ。おまけに、すぐそばに身体を落ち着けるだけのくぼみもあった。だから、今後どうするか考えるだけの余裕もある。


「しかし参ったな……」

 俺達の命を守ってくれた代わりにプレートの絶対防御が破損してしまった。それに伴って同一の紋章にインストールされている通話機能なんかも軒並みおしゃかだ。


「っくちゅん」

 可愛いくしゃみが聞こえた。見ると、リッカが三角座りをしながら身体を抱いていた。落ちた時に服がびしょ濡れになってしまったから身体が冷えたんだろう。


「ちょっと待ってろ」

 クロエ先輩の言うことは正しかった。何もかも魔法で解決できると思っていたけど、こんな事態に陥ってしまったら俺達はただの学生だ。だからこそ、リュックに詰めていた薪や着火剤が役に立つ。イオナ先輩のアドバイス通り、防水処置をしていたから水に落ちても乾いたままだ。先輩達に感謝だ。


「あ、しまったな……」

 薪をひし形に整えて焚き火の準備をしたはいいが、肝心のライターを落としてしまったようだ。これでは着火剤の意味がない。

 しょうがない。木を削って摩擦熱で火を起こすか。そう思ったが、リッカが木を削ろうとする俺の手を握った。


「炎系のスキルは所持しているか……?」

「持ってるけど、プレート壊れちゃったし使えないだろ」

「絶対防御の紋章とそれ以外の紋章は別だ。プレートそのものが破損していなければ使えるはずだ。試してみろ……」

 言われた通りに灯火を使ってみると、本当に使えた。

「なんで使えるってわかったんだ?」

「真面目に講義を受けて質問していればわかることだ……」


 質問か。そういえば、俺は講義で質問をしたことがなかったな。ただ教えられることを覚えようとしているだけだった。リッカはきっとそこから発展して応用法などを質問していたんだろう。こういう時に役立つってわかったから、今度からはもっと真面目に講義を受けて質問しよう。


「さて、と。無事火もついたことだし、服、脱げよ」

「なっ……! どさくさにまぎれて何をしようと言うんだ!」

「……なんか勘違いしてないか? いつまでも服濡れたままだと風邪を引いちゃうだろ。火を挟んで背中向けたら見えないだろうし」

「だからと言って……!」


 俺もいい加減身体が冷えてきたので早速服を脱いだ。余った薪で簡易的な物干しを作ってそれに服をかける。

 リッカはしばらく逡巡していたようだったが、やがて後ろから衣擦れの音が聞こえた。


 リッカが制服を干し終わった頃合いを見計らって、俺は火に薪をくべる作業に移った。視界の端にリッカの綺麗な背中があるが、見ないように心がける。

 パチパチと火が燃える音が聞こえる。身体を温める間、俺達は無言だった。その静寂を破ったのはリッカだった。


「……責めないのか」

「ん?」

「私のせいで貴方は集中講義から脱落してしまった」

 リッカはとうとうと語り始めた。


「せっかく貴方が止めてくれたのに、私はつまらない意地を張って勝てもしない相手に挑んでいってこのざまだ。貴方が助けてくれなければ今頃どうなっていたかわからない。魚をくれた時だって、私は素直に受け取れなかった。あの時だってそうだ。貴方を犯人と決めつけて、私は貴方を責め続けた。笑ってくれてもいいんだぞ? 私は馬鹿な女だ」


「……そういえばさ。俺達、ちゃんと自己紹介ってしたことなかったよな。なのにお互い名前だけは知ってる不思議だな。俺はエル・グリント」

「今はそんなことをしてる場合じゃ――」

「名前、教えてくれよ。な?」

「……ヤマシロ・リッカだ」


「ヤマシロっていうのか。知らなかった。じゃあ、これからはヤマシロって呼べばいいのか?」

「東国では上の名前がファミリーネームなんだ。だから、私の名前はリッカだ」

「そっか。じゃあ変わらずリッカで」

「好きにしろ……」


「リッカはどうして学園に入学したんだ?」

「私は……周りを見返してやりたかったんだ。東国は男尊女卑が酷くてな。女は男を立てることをよしとする文化が未だに根強い。だから、私みたいに剣を握る女は常に批判の的だったんだ……。私はそれがずっと嫌だった」

「だから、言葉使いも?」

「ああ……嫁にしてやると言い寄ってくる男達を追い払う過程で、その方がいいと気づいたんだ。誰だって男女を嫁にしたいとは思わないだろう?」

「まあ、その辺に関してはなんとも」


 そういうのが逆にいいという人も中にはいるからな。特にリッカみたいに美人さんだとそのギャップがいいという人がいても不思議ではない。


「私は男よりも強くならなければいけない。そうしなければ、私は私自身に負けてしまった気になるんだ……」


 少しだけ、リッカが融通が利かない性格をしている理由がわかった気がする。男に負けまい負けまいと意地を張ってしまうから、柔軟に周りを見ることができないんだ。


「そういう貴方はどうして学園に?」

「俺か? 俺はロードオブカナンで優勝するために入った。難病の妹がいてさ、治すのにはちょっとやそっとのお金じゃ足りないんだ。だから、優勝して国にお願いする」

「……私は、貴方のことを誤解していたのかもしれない。私は、流れてくる風説に惑わされて、貴方の本質を見ようとしなかった。すまない、許してくれ」

「俺、どんな噂流されてるんだ?」


「卑怯な手を使って上級生を倒しただとか」

 間違いなくその噂を流したのはフスコだな。

「裏金を使って上級生を倒したフリをしただとか」

 グレイ戦のことを言っているのだろうか。

「あの手この手で女をたらしこんでハーレムを作ろうとしているだとか」

「おい待て。どこからそんな噂が流れているんだ」

「……違うのか? 事実貴方の周りには女性ばかりがいるだろう」

「ぐっ……!」


 それを言われてしまうとぐうの音も出ない。たしかに俺の周りにはフレッドを除いて女性しかいない。だが、たらしこんだ覚えはない。


「ほら見ろ。事実なんだろう……?」

「違う! 困ってる奴を助けていったらたまたまそうなってしまっただけだ!」

「そうなのか……? まあ、どっちでもいいさ。私は貴方が羨ましいよ。私の周りにはいつも誰もいない。一人ぼっちだ……」


 その声からは常の迫力は微塵も感じられなかった。あるのはただ、等身大の一人の女の子だった。


「友達、いないのか?」

「できる性格だと思うか?」

「……まあ、難儀しそうな性格だとは思うけど……」


「私には今まで友と呼べるような存在はいなかった。いるのは私の容姿に寄ってくる男共、後はそれをやっかむ女だけだ。皆私を見てくれようとはしない。この学園に来てもそれは同じだ。男共は相変わらずイヤらしい顔でつきまとってくるし、女はそれを見て離れていく」


 リッカの性格を理解してくれる人はたしかに少ないのかもしれない。それに加えてこの容姿だ。本人も言う通り、今までろくな男が寄ってこなかったんだろう。後はもう芋づる式に僻んだ女子が現れるだけだ。


 一度そういう対象になってしまった人間と仲良くしようと思う人間は少ない。俺も以前は勉強ばかりして浮いてしまった時期があったが、あの時を思い出すと辛い。俺にはアイシャがいてくれたからよかったが、リッカにはそういう存在がいない。リッカの気持ちは痛いほどわかった。なら、やることは一つ。


「俺と友達になろう」

 俺は居ても立っても居られなくなり、立ち上がりそう言った。

「は?」

 思いがけない言葉を聞いたリッカもこちらを振り返ってしまった。そう、振り返ってしまったのだ。お互いに下着一枚である。


「きゃあ!」

「わ、悪い!」

 慌てて背を向ける。リッカらしからぬ可愛らしい悲鳴にドギマギしつつも、俺は改めて俺の思いを告げる。


「俺と友達になろうぜ。そうすれば、一人ぼっちは卒業さ」

「何をどう考えればそんな言葉がでるんだ……」

「だって寂しいんだろ? なら友達をつくるのが一番さ」

「……私はつまらない女だぞ?」

「つまらないか面白いかは俺が決めるさ」

「女らしい趣味の一つもないぞ?」

「趣味なんてこれから見つけていけばいい」

「私は生徒会だから貴方のことを取り締まるかもしれない」

「俺が悪いことをしなけりゃいい話さ」

「私と一緒にいたらもう男友達できないかも……」

「そ、それは困るが、俺の努力しだいさ」


 リッカの男性人気は馬鹿にできない。下手をすると俺がいじめの対象になりかねないが、もとよりそんなことをする連中と友達になる気なんてない。


「あとは、えーと、えーと……」

「まだなんかあるか? 全部受け止めてやるよ」

「うぅ……その……」

「難しく考えるなよ。リッカが俺と友達になりたいかなりたくないか、それでいいんだよ」

「あぅあぅ……」


 リッカの目がぐるぐると渦巻いているのが見ないでもわかる。案外、責められるのには慣れていないのかもしれない。


「さあ、答えを聞かせてもらおうか」

「じゃあ、その……よろしくお願いします……?」

「よろしく。これで俺とリッカは友達だ。困った時は助け合うのが友達だぜ」

「ともだち……ともだち……いいものだな、友達とは」


 噛みしめるようにそう言うリッカの言葉を聞くと、俺も友達になったかいがあるというものだ。と、ここで「くぅ」という可愛らしい音がなった。どうやら安心したリッカのお腹が鳴ったらしい。


「ははっ。腹、減ったよな」

 暗くてぜんぜん時間の感覚がないけれど、腹具合を思うと今はもう夜ご飯の時間のはずだ。俺も連戦に次ぐ連戦で腹が減った。


「うぅ……なんだか貴方には恥ずかしいところばかり見られている気がする」

「気にすんなって。えーと、たしか缶詰が残ってたはず」

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