第24話 エピローグ
激闘から一夜明けた今日、俺は自室で自身の無力さに打ちひしがれていた。
ロベッタ相手に手も足も出なかった。この事実が俺の中でどうしても消化しきれずにいた。お見舞いに来てくれた皆は勝利ムードいっぱいで喜んでいたけれど、俺は素直に喜ぶことができなかった。
たしかに、クロエ先輩の形見のペンダントを取り戻すという最大の目的は達成できた。だけど、それは結局あの場面でロベッタがギブアップを宣言したからに過ぎない。俺は実力で取り戻すことはできなかったんだ。
こんなことではロードオブカナンで優勝するなんてのは夢のまた夢だ。
俺は、もっと強くならなくちゃいけない。
「まだ悩んでるのか?」
フレッドはこんな時意外にも鋭かった。皆が喜んでいる中、俺だけはこの勝利に納得していないのをいち早く見抜いてきた。そして、喜ぶ皆に対して浮かない顔をしている俺に、小声で他の人に聞こえないように「今はとりあえず笑っとけ」と言ってきた。
「やっぱり、まだ納得できないよ。今回の勝利は言っちゃえばおこぼれみたいなもんだ。俺達の実力で勝ち取った勝利じゃない」
「なーんでお前はそう難しく考えるかね。あのワイルドバンチクランリーダーに認められた。その証として形見を取り戻せた。それでいいじゃねえか」
「だけど――」
「お前がカナン戦で優勝しないといけないっていう気持ちはわかるよ。だけどよ、焦ったってしょうがねえだろ。今すぐ強くなれるわけじゃねえんだ。入学早々上級生、それもワイルドバンチの幹部を倒せたんだ。大金星だぜ?」
「たしかにそうだけど……」
「こういうのは日々の積み重ねだ。本当は内緒にしろって言われてんだけど、お前が動けるようになったら祝勝会やるんだとよ。そこでそんなシケた面晒すなよ? そういうのは男の前だけにしとけ。少なくともクロエ先輩にとっちゃお前はヒーローなんだ」
「ヒーロー、ねえ」
そんな柄じゃないんだけどな。でも、フレッドの言う通りなのかもしれない。この気持ちは俺の胸の中にしまっておいて、皆の前では笑顔でいよう。
「わかったらもう寝るぞ。傷を治すには寝るのが一番!」
そんな会話をしてから2日経った今日、俺達はショコラに集まっていた。
フレッドが言っていたように、今回の勝利を祝って祝勝会をするのだ。この流れだと、何か大きな出来事があるたびにここでお祝いをする形になりそうだった。
皆笑顔だった。俺も上手く笑えているだろうか?
結局あの日の思いを消化しきることはできなかったけど、それでも勝ちは勝ちだということで俺は強引に自分を納得させた。まだ引っかかるものはあるけど少なくとも今は、そんなことは忘れてこの会を楽しむことだけ考えよう。
「えー僭越ながらこの私、フレッドが今回の勝利を祝って乾杯の音頭をとらせていただきます。このたびはエル、アイシャ両名の頑張りにより無事クロエ先輩のペンダントを取り返すことができました。本日はそれを祝いまして――」
「フレッド君長い! 長いよ! その調子じゃせっかくの料理が冷めちゃうよ!」
「あたしもうお腹空いたよー。早く食べたーい!」
たしかにここに至るまでにすでにフレッドは料理が揃うまで待てだとか、座る席順はこうだとかいろいろと指示をしていた。そういうのをめんどくさがりそうな二人の不満が出るのはまあ、しょうがないことだろう。かくいう俺も腹が減った。
「人がせっかく祝いの挨拶を考えてきたというのにあんたらは……ええいまあいい! そんじゃかんぱーい!」
「かんぱーい!」
各々が手にしたドリンクを飲み、テーブルいっぱいに並んだ料理を小皿によそって食べ始めた。みんな心からの笑顔を見せているから、料理が普段の二割増しで美味しく感じた。
「いやーしっかしあの瞬間はシビレたな! エルダウンからのあわや敗北かと思われたその時! 仲間からの声援で死力を振り絞って立ち上がったエルのとっておき発言!」
「なんだっけ? たしか『よう、先輩。とっておきってのは最後までとっておくもんなんだぜ』だっけ? いやーどこのヒーローだよって感じだよねー。あたしの中の名言集にランクインだねー」
「俺的にはその後の『バン』がキタね。言う必要もないのにわざわざ発射音を口に出す辺りこだわりを感じた」
「それからの『やっぱりね。エルはこんなところで倒れるような人じゃないもん』だからな、いやーお互いの信頼関係が垣間見えた瞬間だったな」
「怖い先輩を睨みながら名前を言うところもかっこよかったですよ~」
「や、やめろお前ら……恥ずかしいじゃないか」
「ホントやめて……あの時はどうかしてたんだよ」
あの時はなんかもういろいろな条件が揃いすぎて、お互い普段なら絶対に言わないだろうことをたくさん言ってしまった。それをシラフな状態で掘り起こされると背筋の辺りがむず痒くてしょうがない。
「それだけ皆固唾を呑んで貴方達の戦いを見ていたのよ。改めて、二人にはお礼を言わせてもらうわ。本当に、ありがとうございました」
先輩は佇まいを直して、とても美しい所作で下級生である俺とアイシャに頭を下げた。
「そんな、頭を上げてください先輩」
「そうですよ。私達にそんな改まって言うことないですよ」
「いいえ、貴方達には感謝してもし足りないくらいだわ。もちろん、皆にもね。おかげで兄の形見も返ってきた。特にアイシャ、貴方には悪いこともしたしね」
「私なんかされましたっけ?」
「ほら、女子寮での」
「あー。あれは勝手に勘違いした私がいけないんですよ。結局何もなかったんですよね?」
「言った以上のことはなかったわよ。貴方達がずいぶんとお互いを信頼しているようだったから、少し嫉妬してしまったの。ごめんなさいね」
「いーんですってば。これからは女子同士、仲良くしましょ!」
「ええ。でも、忘れないでね。私達は友達だけど、ライバルでもあるってことを」
「うー。先輩がライバルなんて考えたくない~」
「え、二人ってなんかライバルになるようなことあったっけ?」
「お前マジか」
「それはちょっと……」
「エルくんも罪な男だねー」
「はあ……アイシャも大変ね。こんなのにずっと付き合ってたなんて」
「そうなんです……苦労がわかってくれる人が増えて嬉しいやら悲しいやら」
「え、え。なんだよ皆して」
「まあ、こいつがこういう奴だっていうのはわかってたことか。今更だ。皆、もっと飲んで食って騒ごうぜ」
「さんせーい」
アイシャを筆頭に口々とフレッドに賛同した皆は俺の蚊帳の外に楽しみ始めた。
「なんだって俺はこう毎回攻撃されるんだ……」
「それはな、お前がはっきりしないからだぞ? 実際お前誰が好きなんだよ?」
ピタっと時が止まった。一瞬の後何事もなかったかのように談笑を始める女性陣だったが、その耳の矛先がこちらに向いているのが丸わかりだった。フレッドも「あ、やべ」とか言ったが何事もなかったようにこう続けた。
「ご存知信頼抜群幼馴染のアイシャちゃんだろー、おっぱいふかふか天然系のサーシャちゃん、あっけらかんとしてて話してると元気が貰えるイオナ先輩、正統派美人でどこか母親的な甘えを感じさせるクロエ先輩。誰よ?」
俺の野生の本能が警鐘を鳴らしている。これは誰を選んでも戦争が発生すると。
どうしてだろう。グレイと戦っていた時よりも頭が全力で状況を打破する術を考えているのがわかる。
「俺はその手の質問には答えないことにしているんだ」
「答えなさい」
「答えないとダメ」
「答えてもらえると嬉しいです」
「答えた方が面白いことになると思うなー」
なんでこんな時だけ女性陣は一致団結するんだ。フレッドに助けを求めるもあいつも「諦めろ」という顔をするだけだった。
「あー、えーと、皆可愛いじゃ、ダメ……か?」
「最悪の答えね」
「一番求めてない答えだよね」
「残念です」
「一番つまんないよー! あたしが好きですって言ってみ? ほらほら面白いことになるよー? おねーさんの色気にやられましたーって」
グイグイ来るイオナ先輩の口に肉を放り込むことで押し返しつつ、縮こまった俺はこれ以上何か言われないようにと隅でおとなしくすることにした。
「ったくよー。普通ありえねーぜ。こんだけ美人に囲まれててそりゃねーよ。枯れてんのかお前」
「失礼なことを言うな。俺にだって色恋の一つや二つに憧れはあるさ。ただまだ今はその時じゃないってだけで。アイリが元気にならない内にそんなことにうつつを抜かしてるような暇はない」
「へいへい。これだからシスコンは」
「んだとお前! アイリがどれだけ可愛いか知らないくせになんてこと言うんだ!」
「げっ! トラの尻尾を踏んじまった」
「あーあ。エルにアイリちゃんのこと語らせたら長いよ」
「いいか、アイリはな――」
こうして、フレッドにアイリの可愛さを語ったり、イオナ先輩の魔導具愛を聞かされたり、サーシャの村の牛さんについての豆知識だったり、クロエ先輩の母親ムーブだったりを見ていると、気がつけば料理もなくなっていた。外もすっかりと暗くなっていた。
満足した俺達は帰路につくことになった。だが、寮の分かれ道で別れてすぐに、クロエ先輩から短文が届いた。内容は、『少しだけ時間をちょうだい。分かれ道で待ってるわ』
「悪いフレッド、なんかクロエ先輩に呼ばれたから先に帰っててくれ」
「ほーん。わかった。じゃ、先に戻ってるわ。あんま遅くなんなよー」
指定された場所に行くと、先輩が一人佇んでいた。街灯に照らされ立つその姿は、それだけで一枚の絵になりそうだった。
「先輩、どうしたんですか?」
「来てくれたのね」
「そりゃ来ますよ。何か用事が?」
「伝えたいことがあったの。思えば、貴方に初めて会ったのは入学初日だったわね」
「ですね。あの時の新入生狩りが最初でしたね」
穏やかに語る先輩の口調に、必然こちらも穏やかなものになる。
「そう。それからあの夜に繋がった」
「先輩の泣いてる姿を見ちゃいましたね。だから絶対助けるって思ったんですけど」
「それからはあっという間だった。貴方は私の知らないところで行動を起こし始めた」
「結局バレちゃいましたけどね」
「当たり前よ。貴方は私が何度止めてもやめようとはしなかった」
「男の決めたことですから」
「正直、かっこよかったわ。ひたむきに私のために頑張ってくれるその姿は、私の知るどの男性とも違った。私ね、実は許嫁がいるの」
「そうなんですか?」
「家が勝手に決めたね。会ったこともない人と将来結婚させられる。だけど、貴方の姿を見て決めたわ。貴方はどんな苦境にあっても抗うことを選択した。だから、私も抗う。これは私の決意表明みたいなもの」
先輩は俺を抱きしめた。そして、柔らかいその唇を俺に押し付けた。眼前いっぱいに先輩の美しい顔が写った。同時に、あの甘い匂いが俺を包み込んだ。
「あー! 先輩! それは流石にダメです!」
草むらからアイシャの声が聞こえた。
「あーあ波乱の予感。俺っちしーらねっと」
「隠れてついてきてよかったー! 面白いものが見れたよー!」
「ひゃー大人ですう」
先輩が離れていった。寂しいと思ってしまったのは、ある種当たり前のことなのかもしれなかった。
「流石にここまですれば鈍感な貴方でもわかるでしょう? 今は返事は聞かないわ。すべてが終わった時、貴方の心に従ってちょうだい。私は貴方の選択を尊重するわ」
「先輩……ぐお!」
アイシャがタックルで無理やり俺と先輩の距離を引き離してきた。まだ傷が完璧に癒えていないのにそれはないぜ。
「これだよこれ。あたしはこーいうのを待ってたんだ!」
「大丈夫ですかー?」
「大丈夫に見えるか……?」
「いーご身分じゃのーエルくん。俺は羨ましいぜ」
結局全員集合してわちゃわちゃになってしまった。むしろ、俺達にはこの方があっているのかもしれない。
これが今回の件の後日談だったらよかったんだけど、そうは問屋が卸さないとばかりに翌日、俺達は猛烈に焦っていた。
「なんで誰も気づかなかったんだ!」
「今更そんなこと言ってもしょうがないわ。とにかく急ぐのよ」
そう、俺達は肝心の借金を返し忘れていたのだ。もともと無理な借り方をしたために、利率が通常のものよりとんでもないことになっている。勝って獲得した単位を全部ぶち込んでも足りるか怪しいところだ。
「マイアーさん!」
「おや、ようやっと来ましたか。てっきり忘れているものかと」
「返済します!」
「ふむ。君達は全部で何単位持っているんですか?」
「230単位です」
「おっと、それは危なかった。返済額は利子合わせて224単位です」
「ギリギリ足りる。よかった……!」
マイアーさんに礼を言って、無事借金返済が完了した。今度こそ、これで今回の一件は終了だ。
「でも、これでまた全員1単位からのスタートか。まったく先が思いやられるぜ」
「いいじゃん。1単位残ってるだけでも感謝しなきゃ」
「そうね。とりあえず退学がないだけ感謝しないとね」
「しばらく魔導具の材料購入は控えないとだなー」
「皆さん一緒に頑張りましょう!」
「そうだな。俺達の学園生活はこの1単位から始めよう」
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