第23話 決戦、仲間の祈り
翌日、先輩の部屋で目を覚ました俺は、先輩を伴って女子寮の敷地を歩いていた。ここまで物事がスムーズに動いていて、油断していた結果と言えよう。俺達は後方を歩いていたらしいアイシャ達3人に発見されてしまった。
「なんでエルが女子寮にいるの?」
「いや、そのー」
なんて言い訳をしようか悩んでいると、クロエ先輩がとんでもない爆弾発言を投下した。
「昨日私の部屋で寝たのよ」
「なっ!」
「ひゃー」
「やるぅ」
右からアイシャ、サーシャ、イオナ先輩の反応。詰んでいる。針のむしろ、あるいは四面楚歌とはこのことをいうのだろう。どうあがいても言い訳ができない。
「……一生懸命特訓してるのかと思ったら、まさかそんなことをしてたなんて!」
「違う! お前が思っているようなことはなかった! ね? 先輩!」
「どうかしら」
なんでそんな勝ち誇ったような顔をしているんだ。ここは一緒に焦りながら事情を説明するパートだろう!
「エェルゥ!」
ああ。逃れられない。久しぶりに幼馴染の渾身の右ストレートを受けることになってしまった。
敷地内を無様に転げ回った俺の側に来たイオナ先輩は、とても楽しそうに気絶しかけている俺の身体をツンツンしている。なんて先輩だ。優しさの欠片もない。
「暴力は関心しないわね。安心なさい。貴方が思っているようなことはなかったわ。ただ料理を振る舞って、マッサージをしただけよ。疲れを残さないためにね」
どこかの先輩と違ってクロエ先輩は優しく俺の身体を起こして殴られた頬をさすってくれた。優しさの塊だ。
「それならそうと早く言ってください!」
「その、アイシャさんもその辺で……」
「もう知らない!」
アイシャは肩を怒らせながら去って行った。
「マズイわね。こんなことで貴方達に仲違いされても困るのだけれど。まあ、私のせいなのだけれど。失敗したわ」
「アイシャさんすごい怒ってましたねえ」
「まーなんてーの? 君の身から出たサビだよ。アイシャちゃんには私達から上手く言っておくから」
「最悪だ……」
なんていう一幕を終えて一夜経った今日、いよいよ約束の期日を迎えていた。決戦の地にはどこから噂を聞きつけてきたのか、大量の野次馬がいた。ウィズさんやマイアーさんはわかるが、野次馬の中にフスコまでいた。
気がかりといえば、結局アイシャと仲直りをできずに今日を迎えてしまったことだ。そのせいで、昨日保険で買ったスキルについての打ち合わせができなかった。一発逆転を狙うなら、このスキルのことは絶対に知っていてもらわないと困るのに、何度連絡をしてもその度に拒否されてしまった。
最悪この場にも来てくれないパターンを想定していたが、そこはきちんと自身の役割は果たすとばかりに来てくれた。
「なんで返事してくれなかったんだよ」
「自分の胸に聞いてみれば?」
「だから何度も言ってるだろ。先輩とは何もなかったって。そもそもなんでそんなに怒ってるんだよ」
「そういうところだよ!」
「なんだい、戦う前から喧嘩かい?」
悪いことは重なるもので、人の山を割って現れたのはまさかの人物だった。ただでさえ勝ち目の薄い戦いだというのにまさかタッグ戦でこの人が出てくるとは思わなかった。ワイルドバンチリーダー、ロベッタ・パーカー。
「ただのスキンシップですよ。ご心配なく」
内心の恐怖を打ち消すように、強気な言葉で返す。
「ちゃんと単位を用意できたんだろうな?」
ロベッタの後ろから現れた仇敵グレイがこちらに近づいて言った。自然と、メンチを切る形になった。
「もちろん。そうじゃなきゃここにいませんよ」
「いいだろう。戦ってやる。ベッド単位は100。ルールはノックアウトかギブアップだ。異論は認めんぞ」
「望むところだ。勝てば先輩のペンダントは返してもらいますよ」
「そうなればいいな」
『単位争奪戦の同意が得られました。これより単位争奪戦を開始します』
プレートが機械音声を発した。俺達は互いに背を向け距離を取る。
「頼むぞ。アイシャ」
俺の声に、しかしアイシャは返事をすることはなかった。
『ベッド単位数は100単位。勝利条件はチーム全員のノックアウトかギブアップが認められた場合となります。開始まで10秒、9、8』
イオナ先輩が作ってくれた魔導具にプレートを差し込む。肉厚のブレードを持つそれは、見た目通りの重量があり、身体能力を強化しなければ満足に振るうことすらできない。だがその分強度は抜群だと言っていた。先輩を信じる。
アイシャも先輩お手製の魔導具にプレートを装入した。準備は万全だ。
『開始』
プレートの宣言と同時にアイシャが思い切り後方に下がった。俺はアイシャが真後ろになる位置に移動し、この日のために購入したスキル、筋力増強スキルとスピード上昇スキル、そして身体硬質化のスキルを発動させる。限界まで身体能力を高めた。これで迎え撃つ体制は整えたぞ。
「手助けは無用だ」
「元からアタシは見てるだけのつもりさ。好きにヤリな」
どういうつもりかロベッタは仕掛けてくる様子はない。頭の上で手を組んですっかりと観戦気分らしい。だが、こちらとしては好都合だ。グレイ一人でも手に余るのに、その上ロベッタまで参戦されてしまってはいよいよ終わりだ。この機を逃す手はない。
「少し揉んでやろう」
グレイは以前見たように、剣に炎をまとわせた。そして、身体強化魔法も使わずにこちらに向かってきた。
振り下ろされる剣に対し、俺は軽く触れる程度に留め競り合う真似はしない。あくまで俺の役割は時間稼ぎだ。
上下左右縦横無尽に迫りくる炎剣を時には躱し、時にはいなし、時には受け止める。
「やる気がないのか?」
「アンタこそ、バカの一つ覚えみたいに剣振ってて楽しいか?」
「……ブースト」
余計なことを言った。こいつ意外と沸点が低いのかもしれない。俺が挑発するのと同時に身体強化魔法を使いやがった。さっきよりも純粋にスピードもパワーも上がったから、いなすのが難しくなった。
「その魔導具。なかなか面白いな。魔法を消滅させるのか」
「そりゃどうも。こっちもアンタのためにいろいろ用意したんでね」
イオナ先輩謹製のこの剣はただの分厚い剣じゃない。使用する際に剣そのものに魔力を通す必要があるけど、属性魔法を対消滅させる機能がついている。それに加えて魔力コーティングも成されるので、単純な強度もそんじょそこらの物には負けない造りになっている。
「そうでなければ!」
凶暴な笑みを浮かべたグレイは剣を壊すことに思考がシフトしたのか、自身の剣に強化魔法を付与してガンガンと乱暴に振り下ろしてきた。
だが、流石にそこは上級生。俺が防戦一方なのに対して、剣を壊すことを主目的にしつつも、グレイは隙きを見つけるたびに俺の身体を斬りつけてきていた。
気がつけば、俺の制服はボロボロで、至るところから出血があった。
「傷だらけだな」
「男らしくて格好いいだろ? アンタも今にこうなる」
「減らず口を!」
グレイは思い切り踏み込んだ。そして、力に任せて思い切り横薙ぎに剣を振った。
「まず――」
いなすことも避けることもできない。受けるしかない。少しでも衝撃を逃がすために、軽く宙に飛んで剣の腹で受け止める。
「きゃあ!」
逃しきれなかった衝撃に遥か後方へ吹き飛んだ俺は、プレートに魔力を送り続けるアイシャに激突してしまった。
「すまん! 大丈夫か?」
「私は大丈夫。エルは――」
そこまで言ってアイシャは目を見開いた。
「酷い傷。大丈夫なの?」
「俺のことは気にするな。お前はただ魔力をチャージすることだけを考えてろ」
「……エル」
「なんだ?」
「ごめんね。私、勝手に勘違いして勝手に怒っちゃって」
「気にするな。あれは俺も悪かった」
「絶対勝とうね!」
「そうだな。それじゃ、行ってくる!」
「茶番は終わったか?」
仲直りするのを律儀に待ってくれていたらしいグレイが退屈そうに言った。
「待たせてすいませんね。おかげで勝てそうですよ」
俺達の絆で越えられない壁はない。俺はアイシャを信じてるし、アイシャも俺を信じてくれてる。
「ふん。行くぞ」
駆け出したグレイは先程までのような直線的な動きではなくなっていた。ジグザグに動いてみたり、俺の背後を狙う素振りをしながら足元を狙ったりと、トリッキーな動きをとってきた。だが、
「負けるわけにはいかないんだよ!」
人体の構造を無視した動きで襲いかかってくる相手は、クロエ先輩との特訓で学んでいる。だから、対処できないことはない。
「甘いな」
ここにきてグレイは直線的に一際強く剣を振り下ろした。これまでの変則的な動きはこのための布石だとでも言わんばかりのタイミングで襲いかかったそれは、到底躱すことはできなかった。諦めるしかなかった。剣を横に構えて正面から受け止める。
上から押す人間と下から押し返す人間。どちらの負担が大きいかなど一目瞭然だ。俺の足が地面にめり込む。だが、こうしている間にもアイシャは魔力をチャージしてくれているはずだ。俺の根性が尽きるのが先か、アイシャのチャージが終わるのが先か勝負だ。
「頑丈だな。なら、これはどうだ?」
鍔迫り合いを続ける俺達の均衡を破ったのはグレイだった。グレイの刀身から雷の軌跡が迸ったかと思うと、次の瞬間、俺の身体にとんでもない衝撃が襲った。
「ぐああああああああ!」
グレイが雷系の魔法を使ったようだった。それをゼロ距離で食らってしまった。
魔法の放出が終わった頃には、俺の身体から黒煙が上がっていた。
身体の力が抜けるのがわかった。最初に手から剣がこぼれ落ちた。そして、俺は膝から崩れ落ちてしまった。
「終わりだな」
グレイがアイシャに目標を定めたのがわかった。止めなければいけないのはわかっているが、目を開けているのすら辛かった。
「エルさん!」
サーシャの声が聞こえた。落ちかけた俺の意識が浮上した。
「頑張れー! エルくん!」
イオナ先輩の声が聞こえた。この人の声を聞くと、不思議と腹の底から元気が湧いてきた。
「諦めるんじゃねえ! お前はこんなところでやられる奴じゃねえだろ!」
相変わらずデカイ声だなフレッド。わかってるっつーの。今起き上がるよ。
「お願い……立って! エル!」
クロエ先輩の声が最後の1ピースだった。皆の声援で完全に意識を取り戻した俺はフラフラの身体に活を入れて立ち上がった。そして、プレートを剣から銃に差し替えて、油断しきったグレイの背中に「とっておき」の狙いを定める。
「よう、先輩。とっておきってのは最後までとっておくもんなんだぜ」
「お前、まだやられてなか――」
「バン!」
この瞬間のためだけに買っておいたスキル「パラライズ」が銃のライフリングに乗って放出された。
グレイの背中に直撃したそれは、直接的な殺傷能力はないが、一定時間相手の動きを止める魔法だ。
「……やっぱりね。エルはこんなところで倒れるような人じゃないもん。いっけええええええええええええ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
フルチャージされたアイシャのファイヤブレイクがグレイに直撃した。
凄まじい威力と衝撃だった。駒のように飛んでいったグレイは野次馬をも吹き飛ばして尚勢いが止まらず、校舎の壁に激突してようやくその動きを止めた。
『グレイ・マルクーゼ。戦闘不能』
「よっっしゃああああああ!」
俺の雄叫びと共に観衆も叫んだ。野次馬の中には一回生も多くいたから、下級生が上級生を倒すという快挙に沸き立った。
「やったなエル!」
「やりましたー!」
「イエーイ!」
「ふう、ヒヤヒヤしたわ」
勝利のムード中、駆け寄ろうとする皆を一つの声が止めた。
「やれやれ。まさか本当に一回生に負けるとはね」
完全に観衆の一員とかしていたから忘れていた。これはタッグ戦だった。つまり、俺達はまだ勝っていなかったのだ。
「いい勝負するじゃないのさ、一回生。見てるだけのつもりだったけど、ちょっと血が騒いじまった」
ロベッタが軽くストレッチをしながらこちらへ近づいてきた。戦闘姿勢からは程遠いはずなのにとんでもない圧を感じる。
「冗談キツイぜ……」
「いくよ!」
「ぐあ!」
魔導具も何も使っていないのに、グレイとは比べ物にならない速さで俺に接近したロベッタは、裏拳一発で俺の身体を吹き飛ばした。
意識が刈り取られなかったのは運がよかったとしか言いようがない。たまたま俺の姿勢が受け身を取りやすい格好だったからだ。
「くっそ……!」
なんとか気合で立ち上がった時には全てが終わっていた。
『アイシャ・ティアーヌ戦闘不能』
「嘘だろ……?」
「なんだい。こっちはそうでもなかったか。アンタはどうだい? ちょっとは期待してもいいのかい?」
洒落にならん。魔導具も使ってない上に魔法を使った形跡すらない。にも関わらず俺が立ち上がるまでの一瞬の間にアイシャを戦闘不能にしてたってか。どうすればいい? まずはプレートだ。どこにある? 周囲を見渡すも、姿が見当たらなかった。
「これをお探しかい?」
ロベッタはプラプラと俺のプレートが入った銃を掲げて見せた。いつの間に回収していたんだ。
「アタシが思うに……」
ロベッタはプレート入りの銃を遥か後方に投げ捨てるとこう続けた。
「戦いってのは最後は根性だ。特に相手が強い場合はね。つまり、今のアンタとアタシの状況だ。そんな中この子は根性がなかったわけだが、アンタはどうだい?」
「根性見せてやるよ!」
とっくの昔に身体は限界を迎えていたが、文字通り根性だけでファイティングポーズをとり戦いに備える。
「そうこないと!」
こうなりゃ魔法もクソもあったもんじゃない。純粋な肉弾戦で俺の根性が尽きるまで頑張るだけだ。
「いくよ!」
目に追えないスピードっで繰り出されるロベッタの拳を、精一杯腕でガードする。時折俺も蹴りを入れてみたりするが、その全てがしっかりと避けられる。
「その程度かい?」
「まだだ!」
蹴りじゃダメだ。ボロボロの身体じゃどうしてもスピードが出ない。ダメージ覚悟で拳で一発いいのを入れるしかない。
「クソッたれ!」
ガードを捨てたことで顔面やら腹やら至るところに気絶しかねない一撃が次々と当たった。だが、だからこそ生まれる奇跡のタイミングがあった。
攻撃と攻撃の合間、僅かな瞬間。我ながら完璧なタイミングだった。ロベッタの顎に吸い込まれると思われたそれはしかし、寸でのところで手のひらで受け止められてしまった。
「惜しかったねえ」
「ちくしょう!」
「だけど、いい根性見せてもらったよ。アンタ、名前は」
「エル。エル・グリントだ……!」
「エルか。可愛い名前をしてるねえ。覚えたよ、エル。今回はアンタ達の勝ちだ。ギブアップだ」
『ギブアップが確認されました。勝者、エル・グリント、アイシャ・ティアーヌ。勝者には200単位及び学園からのインセンティブとして30単位、1万アルドコインが分割された後、移乗されます』
プレートの勝利宣言を聞いた瞬間、ガクリと身体が倒れてしまった。
「エル!」
クロエ先輩を先頭に皆が駆け寄ってくるのが見えた。やられたはずのアイシャもフレッドが背負ってくれている。
そうして、いち早く駆けつけたクロエ先輩が優しく俺を抱き起こした。
「先輩……俺、勝ちましたよ」
「エル、ありがとう……本当に、ありがとう……」
先輩の涙を頬に受けながら、俺はついに意識を手放した。
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