第21話 私の部屋で寝なさい

 受付の人間に「また来たのか」という嫌な顔をされつつ待合室で待つ。待ち時間を潰す俺達の話題はといえばやはり先程の強烈な人物だった。


「すごい人だったね。ぜんぜん会話に入っていけなかった」

「ずーっとおしゃべりしてましたねえ」

「あたしも噂にはその存在を知っていたけど、まさかあそこまで強烈な人物だと思わなかったよー」

「三会連合のリーダーがあんなちんちくりんだとは思わなかったぜ」


「ウィズはいつもああなのよ。だから彼女と話すと疲れるのよね」

「たしかに疲れますね。でも、なんで俺のことを知ってたんですかね」

「簡単な理由よ。彼女は学内で面白そうなことがあればだいたい首を突っ込むのよ。今の貴方は彼女にしてみれば格好の的。商会に用があったなんて真っ赤な嘘。目的は貴方だったのよ」

「変わった人っすね」


「まさに変人よ。だけど、実力だけは本物よ。伊達に三会連合のクランリーダーじゃないわ。彼女は学内のすべての情報を収集している。どうでもいいことから大事なことまでね。だから、彼女と戦う相手は自分の手の内が予めバレていると思って戦わないといけない」

「そういう強さもあるんですね」

 一口に強いといってもいろいろな意味があるんだな。勉強になった。俺も強くなるために見習わないといけない。


「あ、呼ばれましたよ」

 先程と同じ窓口に案内された俺達を待っていたのは、うんざりした表情の事務員だった。俺達のように諦めきれずに何度も訪れる人がいるのだろう。この人には悪いと思うけど、俺達にも譲れない理由がある。

「何度来ても同じですよ」

「いえ、さっきウィズさんにこれを渡されたんです」


 ウィズの名を聞いた事務員は一瞬怪訝な表情をしたが、次に渡した封蝋がなされた便箋を見て目の色を変えた。


「少々お待ち下さい」

 しばらく待っていると、先程の事務員とは違う明らかに上の役職らしき人物が現れた。青髪短髪でメガネだと、俺の勝手なイメージだけど苦労人っぽく見える。

「マイアー。まさか貴方が出てくるとはね」

「こんなものを持ってこられたら出てこないわけにはいきませんよ」

 クロエ先輩にマイアーと呼ばれた男は面倒そうに事務員が座っていた席に座ると、先程俺が渡した便箋を乱暴に机の上に置いた。


「で、どっちがエルですか?」

「俺です」

「君も厄介なのに目をつけられたね。同情するよ」

「はあ。よくわかんないっすけど、どうも」

「なんで君達が審査に落ちたのか教えましょう。理由は単純だ。貸したところで返ってくる保証がないからです。君達はワイルドバンチと戦うために単位を借りようとしているんでしょう? 君達ではまず勝てないと我々は判断したんです」


「やってみないとわかりません」

「やらずともわかります。客観的事実に基づいて、一回生がワイルドバンチの幹部に勝つなど万に一つも可能性がありません。ですから、当クランとしては貸すわけにはいかない。というのが結論だったんですけどね……。ここで余計な存在が割り込んできた」

 マイアーさんは便箋に目をやった。


「俺達内容知らないんですけど、なんて書いてあったんですか?」

 マイアーさんは何も答えずにただ便箋を渡してきた。内容を見てみると、

『面白い一回生が現れたぞ。単位が必要らしいから貸してやれ。ボクが保証人になる』

 丸っこい女の子らしい字でただ一行そう書かれていた。


「こ、個性的な手紙ですね」

「……ウィズが保証人になるのであれば取りっぱぐれはないですからね。これで、君達に単位を貸すにあたって障害になっている審査項目の内一つはクリアされたわけです」

「じゃあ――」

「だからと言って、はいどうぞとはいきません。これでも僕もこのクランのリーダーなのでね。100単位も貸すんですから、それ相応の理由がないと納得できません」

「だから、ワイルドバンチと戦うために――」

「それは対外的な理由でしょう。僕が聞きたいのは君の覚悟です」


 ただクロエ先輩を助けたいって理由だけじゃ覚悟にはならないのかもしれない。この人が聞きたいのは、もっと根本の、俺の本質的な覚悟だ。


「俺には、妹がいるんです。アイリっていって、目に入れても痛くない可愛い妹なんです。だけど、セラフィムっていう、だんだん身体の自由がきかなくなる病気に罹ってるんです。いつ身体の自由が完全にきかなくなるかわからない恐怖の中、今も俺がロードオブカナンで優勝する日を待ってるはずです。優勝したら、アイリにちゃんとした治療を受けさせてやれるから」

「なのにこんな危険な賭けをするんですか? 僕には理解に苦しみますね」


「アイリは優しい子なんです。俺がこの学園に入学した理由が自分のためだとわかった上で、自分のことよりも俺が楽しい学園生活を送ることを望んでました。だから、ってわけじゃないですけど、仮に俺がここでクロエ先輩を見捨ててロードオブカナンで優勝しても、アイリはきっと素直に喜んでくれない。それは、俺が俺らしさを捨てて得た結果だから」

 マイアーさんは俺の告白をただじっと黙って聞いてくれた。


「俺、欲張りなんです。アイリも助けたいし、自分自身学園生活を楽しみたい。そして、その楽しみの中に友達もいてほしい。俺は、病気が治って元気になったアイリに胸をはってこう言いたいんです。俺は全力で青春を楽しんだぞって。そうすればきっと、アイリも喜んでくれるから。だから、お願いです。俺に単位を貸してください! お願いします!」

「お願いします!」

 気がつけば全員でマイアーさんに頭を下げていた。


「わかった。わかりましたよ。これじゃあ僕が悪者だ。頭を上げてください」

「それじゃ!」

「貸しますよ。100単位。だけど、しっかり利子は取りますからね。そこは譲れません」

「ありがとうございます!」

「やったな、エル!」

「やったねーエルくん!」

「やりましたー!」


 フレッド、イオナ先輩、サーシャが俺の頭に手を置いたり腕を握ったり肩を揺すったり忙しかったが、その反応は気が早い。


「おいおい、喜ぶにはまだ早いって」

「そうだよ。この後に戦いが控えているんだから、喜ぶのは勝ってからだよ」

「そうね。今こんなに喜んでいたら後で困るわよ」

 とはいえ、大きな問題が一つ解決したのは事実だ。俺達は喜びのまま、商会に借金をして帰路についた。


   ○


 喜びから一夜明けた今日、俺は講義をサボって特訓に明け暮れていた。期日まで残り二日。その間に少しでも戦闘経験を積むべくクロエ先輩と戦っていた。


「遅い! グレイはもっと早く動くわよ。パペットロープの動きについてこれないんじゃ話にならないわ!」

「まだまだ! もういっちょ!」


 商会から借金した単位で購入したスキルは3つ。筋力増強スキルとスピード上昇スキル、そして身体硬質化のスキルだ。

 3つとも対グレイ戦で時間を稼ぐことにのみ注視した結果買ったスキルだ。とにかく打たれ強く、なるべく攻撃に当たらない、かち合った時に吹き飛ばされない。

 いかなグレイといえど、これだけガチガチに身体能力を強化してしまえば生半可なことでは倒せないはずだ。


 そうして稼いだ時間で、アイシャがスキルを全力でチャージする。そして、頃合いを見計らって俺がなんとか隙きをつくってアイシャのスキルをぶち当てる。

 そのためにも、俺が頑張らなければ。


「行きますよ、先輩!」

「来なさい」


 グレイと同じくらいの身長のパペットロープは、対グレイ戦を見越して氷で出来た剣を持っている。

 俊敏に動き、人形特有の人体の構造を無視した角度からの攻撃をしてくる相手に、決して勝とうとはせず、ひたすらに持久戦を持ちかける。


「っ!」

 しかし5分を超えた辺りで、俺の気に緩みが生じたのか、人形に背後を取られてしまった。訓練だから寸止めで終わっているが、実戦なら間違いなく直撃コースだった。


「甘い! 後ろからの攻撃だってあるのよ。常に意識を全方位に向けなさい」

「はい! もう一回!」

 再び人形との戦いに身を投じる。それからも特訓は続き、先輩が終わりを告げる頃にはすっかりと日が暮れていた。


「今日はここまでね。お疲れ様」

「終わったー!」


 死ぬほど疲れたが、それを口に出すような真似はしない。頑張っているのは俺だけじゃないからだ。ここにいないフレッドとサーシャは俺達の代わりに講義を一生懸命受けてくれているし、アイシャも魔導具を使いこなすために努力している。イオナ先輩も魔導具を作っている。皆それぞれできることを今やっている。だから、安易に疲れたなんて口には出せない。


「この後なにか用事はある?」

「この後ですか? 特に用事はないですけど。まだなにか特訓するんですか?」

「そうね。特訓といえば特訓ね。用事がないのであれば、このまま私の部屋に行くわよ」

「なんでですか?」

「今日は私の部屋で寝なさい」

 とんでもないお誘いだった。アイリ、お兄ちゃんはこの誘いになんて答えればいいんだ。教えてくれ。俺にはわからない。

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