第20話 単位を貸してください。

 翌日、俺達はクレジット商会を訪れていた。

 悲しいことに我が陣営は様々な要因から総所持単位数が少ない。諸経費を除いた必要な単位数を計算したところ、結局100単位足りないという結論に至った。

 従って、一人当たり約17単位借金してそれを俺とアイシャに分配するという方法をとることになった。それぐらいの単位数であれば貸してくれるのではないかという希望的観測も入っている。


 その考えのもとクラン本部の扉を開けたのだが、まず驚いたのはその広さだった。無数の受付窓口に、対応待ちの人が座るベンチ。ここがクランの施設だと知らなければ銀行か何かだと思うこと間違いなしだ。


 機械にプレートを通し、順番待ちの紙をそれぞれ発行した。この辺の設備なんて、もう完璧に銀行のそれだ。

 ベンチに座って順番を待っていると、受付の奥でクラン員達が忙しなく動いているのが見えた。


「すごいですねえ。皆さん単位の借り入れに来てる人なんでしょうか」

「そうじゃない? ここ単位以外にもコインの貸付もやってるから皆来るんだよねー。サーシャちゃんみたいな真面目な子には縁がないかもしれないけど、あたしみたいになんも考えないで使っちゃってると明日のご飯に困るわけさ」

「そうね。一回生の貴方達にはあまり馴染みがないでしょうけど、二回生以降になると利用する人も増えてくるわ。ただ、あまり学園側からは歓迎されていないクランだからほどほどにしないと目をつけられるから気をつけなさい」


「クロエっちは利用したことあるの?」

「貴方と一緒にしないでちょうだい。こんな事態でもない限り人から何かを借りようなんてしないわ」

「あら手厳しい。フレッドくんはあたし側の人間だよねー?」

「あんま認めたくないけどそうなりそうっすね。単位はともかくコインは借りちゃうかも」


「やめとけやめとけ。借金なんてこんな機会でもない限りしないに限る。一回やったら癖になるぞ」

「そうだよー。フレッド君ならずるずるいって、返せないから私達に助けてくれーって言いそうだもん」

「お前らは俺をなんだと思ってんだ!」

「あ、呼ばれたみたいですよ~」


 最初は俺のようだ。案内に従って受付窓口に向かうと相談員に要件を聞かれた。

「単位を貸してほしいんです」

「単位の貸付には審査が入ります。こちらの申し込み用紙をご記載ください。用紙の内容をもとに審査の結果を後日お知らせします」


 流石に学園でもっとも重要なものの貸し借りだ。簡単に貸してくださいと言ってはいどうぞとはならないらしい。

 事前申し込み用紙には、借り入れ希望単位数を書いたり、自分の所属するクラン、部活、現在の所持単位数、履修中の講義、連絡先など事細かに情報を求められた。


「では、審査が完了しましたらご連絡を差し上げます。お疲れ様でした」


 そうした手続きを終えて、3日経った今日、なんとかようやく事務員に取り次いでもらう段になった。

 一応建前上は個別での申し込みになっていたのだが、どういうわけか全員まとめて一つの窓口に案内された。


「皆さんのお借入希望単位はそれぞれ17単位ずつということでしたが、審査の結果クロエ様以外お貸しすることはできないという結論に至りました」

「そんな! どうしてですか?」

「審査基準に関しては当クラン独自の基準となっていますのでお答えしかねます」

 慇懃無礼な態度の事務員に何度も何度もお願いしたが、結果は変わらず、俺達は肩を落として商会を後にすることになった。


「なんでだ……やっぱり、一回生は借金できないのか」

「どうしましょう……。これじゃ戦うこともできませんね」

「ここまで審査が厳しいとは思わなかった。俺のミスだ。すまねえ」

「フレッド君は悪くないよ。何か別の案を考えよう?」

「あたしの魔導具が飛ぶように売れたらいいんだけどねー。大口の案件が入ってくるとか」

「そうなったらいいっすね」


「手当たり次第単位争奪戦挑んでみっか? 上手くいけば集められるかもしれねーぞ」

「それいいかも! 私も決戦に向けて戦闘の経験を積んでおきたいし!」

「そうだな。そうするか!」

 皆それが無理なことはわかっていたが、それでも無理に元気を出した。だが、それまで無口だったクロエ先輩が俺達に厳しい現実を突きつけた。


「無理よ。上手くいって何度も勝てたとしても、この時期の一回生相手から得られる単位なんてたかが知れているわ。とてもじゃないけど、100単位も集められない」

「やってみないとわかりません!」

「……やっぱり、無謀だったのよ。ここまで付き合ってもらってありがとう。もう終わりにしましょう」


 言い返す言葉がない俺達の間を沈黙が支配した。商会前のベンチで佇む俺達は、傍から見たらさぞ滑稽に映ることだろう。

 どうしたらこの状況を打開できるか頭を捻っていると、トコトコと小柄でボーイッシュな女学生がこちらに近づいてくるのが見えた。灰色の髪が歩く度にサラサラと揺れている。

最初は空いているベンチを目指しているのかと思ったが、明らかにこちらを目指して歩いていた。

 そして、俺の後ろにさも当然のように座ると、俺達に向かってこう喋り始めた。


「やあやあ、こんなアコギなクランの前で暗い顔をしている集団がいるから何かと思ったら君はワイルドバンチに喧嘩を売った一回生じゃないか。ボクはてっきり単位を借りられなくて途方に暮れている集団だとばかり思っていたよ。このベンチにはよく途方に暮れた学生達がちょうど今の君達みたいな顔して座っているからね。ところで実際のところ噂は本当なのかい? ワイルドバンチに喧嘩を売るなんてなかなかできることじゃないよ。あー言わなくてもわかってる。噂は本当なんだろう? ボクの耳にも入ってきてる。じゃあなんで聞いたのかって? それは聞くことに意味があるからだよ。それで? それを踏まえて聞くけどこんなところで何をしていたんだい?」


 唐突に現れて言いたいことを言いたいだけバーっと言った彼女に面食らっていると、すでに彼女の存在を知っているらしいクロエ先輩が口を開いた。


「何をしにきたの、ウィズ。見ての通り、立て込んでいるの。用がないのなら立ち去ってくれると助かるのだけれど」

「ずいぶん邪険に扱うじゃないか、クロエ。ボクは知ってるんだよ。君が大切なものをワイルドバンチに奪われてそれを取り戻そうとやりたくもない新入生狩りをやっていたことをね。最近はやっていないようだけど、大方ここに集まっている彼らが関係しているんだろう? ボクとしてはこの件の顛末を最後まで見届けたいからね。ぜひとも仲間に加えておくれよ」


「せ、先輩。この人誰ですか?」

「やめなさい。不用意に質問すると――」

「よく聞いてくれたね。ボクの名前はウィズ・インフォ。趣味は見てわかる通りおしゃべりさ。対外的には三会連合のクランリーダーということになっているよ。三会連合というのはもともと学生スキル研究会と過去問研究会と先人の知恵研究会という3つのクランだったんだけど、ボクがひとつにまとめたんだ。君達も興味があったらぜひ来てみるといい。いろいろな情報が集まっているから対価さえしっかり渡してもらえれば面白い情報が得られるのを約束するよ」

「……こうなるのよ。貴方本当に何しに来たのかしら? 冷やかしならいなくなってちょうだい」


「いやいや冷やかしなんかじゃないよ。今まさに時の人のエルくん達がどんな様子か見にきたんだよ。いやーたまたま商会に用事があったから来たんだけど偶然偶然。君達こそどうしてこんなところにいるんだい? ここは落ちこぼれ専用席だよ。ということは君達も戦わずして落ちこぼれになってしまったということかな?」

「いけしゃあしゃあとよく言う。貴方のことだからどうせ知っているんでしょうけど、ワイルドバンチと戦うのに単位が足りないのよ」


「そんなことないよ。その情報は今初めて聞いた。君達はラッキーだよ。たまたまボクは商会のリーダーと知り合いなんだ。だから彼に紹介状を書いてあげることができる。そうすれば彼も単位をこころよく貸してくれることだろう。だけどタダで書いてあげることはしない。物事は等価交換で成り立っているからね。ボクはエルくんに聞きたいことがあるんだ」

「俺に聞きたいこと?」


「上級生に楯突くだなんてボクが一回生の頃はそんなことは考えつきもしなかった。いやー威勢がいいねえ。ボクには到底真似できないことだ。ボクはただただ3年間を無難に過ごすことしか頭にないからね。そこで、君がどんな考えをしているのか気になったのさ。君はこの学園に入学して何を成そうしているんだい?」

「俺は、ロードオブカナンで優勝します」


 俺の迷いない発言にウィズさんはそれまでの柔和な雰囲気を崩した。もともと顔で笑って目で笑ってない感じだったけど、今は顔すら笑ってない。


「へえ。ボクの前でその宣言をしたのは君で3人目だ。その内の一人は早々に脱落してしまった本物のバカだったけれど、君はどうかな? 果たしてここで脱落してしまうようなバカなのか、それとも……」

「俺はバカかもしれないけど、それでもやらなきゃいけないことに全力を尽くすだけです」

「そうか、わかったよ」


 ウィズさんは先程までの様子はどこにいったのか、再び柔和な雰囲気をまとうとこう言った。


「君は面白い存在なのかもしれないね。改めて自己紹介をしておこう。ボクは大抵の学生のことを知っているから初対面でも正式に自己紹介をするということはしないんだ。だけど、重要な出会いになりそうな人にはちゃんと自己紹介をするようにしているんだ。ボクの名前はウィズ・インフォ。三回生で、三会連合のクランリーダーだ。君の名前を教えておくれ」


 童顔で、くりくりとしているのに意思の強さを感じさせる瞳をしっかりと見据えて言う。

「エルです。エル・グリント」

 差し出された手をしっかり握ってそう答えた。


「よろしくエルくん。君が本物のバカじゃないことを期待するよ。どれ、約束通り紹介状をあげよう。これを持っていけばきっと単位を貸してくれるはずだ」

 事前に用意していたのかウィズさんは懐から封蝋がなされた便箋を手渡してきた。


「事前に用意しているなんて、貴方らしいわね。大方こうなると読んでいたんでしょう?」

「さてどうかな。少なくともここでエルくんがつまらない理由を言い出したら、ボクはこの場でこの封筒を破り捨てるつもりだったよ。その点でいえばボクは物事がどっちに転ぶか予想していなかったといえる。君がいい男を捕まえたともいえるね」


「よく言うわ。貴方ならエルがそう答えるとわかっていたでしょうに」

「なんのことかさっぱりわからないな。君はボクのことを超能力者か何かと勘違いしていないかい? いずれにせよ、君達は今求めてやまない単位を得ることができるようになったんだ。それでいいじゃないか。ボクという存在が果たす役割はそれでいい」


「ふん。相変わらず気に食わない存在ね。まあいいわ、腐っても三会連合リーダーの紹介状よ。商会も貸してくれるでしょう。これ以上話していても時間の無駄だわ。行きましょう」

「うんうん、それでいいんだよ。それじゃあね」

 ふりふりと手をふるウィズさんに見送られて俺達は再び商会の扉を開いた。

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