第19話 みんなともだち

 ショコラへと移動した俺は、先輩にこれまでの経緯を詳しく説明した。その間先輩は優雅に紅茶を飲みながら時折相槌を打って静かに俺の話を聞いてくれた。


「なるほど。それで今朝のグレイに繋がるわけね」

「グレイに何か言われたんですか?」

「グレイ先輩、ね。一応先輩なのだから、そう呼びなさい」

 ものすごく嫌だったがそんなところで反発していたら話が進まないので適当に頷いておいた。


「一回生に兄の形見を返せと言われたぞ、ってね。元々もう関係は切るつもりだったけれど、貴方達が決めた期日まで単位の取り立ては休止するとも言われたわ」

「あいつらしい言い方ですね。ところで、気になってたんですけど先輩の奪われたお兄さんの形見ってなんなんですか?」

「ペンダントよ。魔法石の付いたね」

「なんでそんなものを欲しがるんですか? 俺にはいまいちわからないです」


「まだ講義でやっていないでしょうからわからなくて当然よ。召喚魔法については知ってる?」

「ぜんぜん」

「そう。まずはそこからね。召喚魔法とは事前に存在するものを喚び出す魔法なのだけれど、それには触媒が必要なの。貴方、どうせこの間の戦いを見ていたのでしょう? その時に召喚したレガルはこれに入っているの」


 そう言って先輩はエメラルドがはめ込まれた指輪を見せてきた。


「プレートを経由してこの石に魔力を送ることで、石に格納されていたレガルが召喚される。本当はもっと複雑だけれど、今はこんな認識でいいわ。ここからが重要だから。触媒といっても石に限らずいろいろなものがあるのだけれど、その触媒ごとに格納できるスペースに限界があるの。レガルのように強力なものであればその分触媒もそれ相応のものを求められる」

「ってことは、お兄さんのペンダントに埋め込まれた魔法石は貴重なものってことですか?」

「貴重も貴重よ。あれほどのものはそうそう存在しないわ。だから狙われたの」


「なんで取られちゃったんですか?」

「兄を侮辱されたから。想像がつくと思うけど、私の家は貴族なのよ。そこそこ大きなね。兄は本来であれば当主を継ぐはずだったのだけれど、私が幼い頃に召喚事故で亡くなってしまったの。どうしてそんなことを知っているのかはわからないけれど、グレイは兄の死に難癖をつけてきた。当然、決闘の運びになったわ。だけど、残念ながら結果はおわかりの通り。私は大切な形見も奪われ、兄の死にすら泥を塗った」

「その……そうだったんですね。すいません、なんか、何も考えないで首を突っ込んで」

「いいのよ。かえって元気が出たわ。貴方のバカさ加減にね。私もそろそろ兄離れをする時期だったのかもしれない」


「お兄さんのこと、好きだったんですね」

「兄はなんでもできたわ。初代当主が召喚魔法の権威だったのだけれど、それに次ぐ実力を期待される次期当主だったの。周囲からのプレッシャーもすごかったでしょうに、兄はいつも私に微笑みかけてくれた。それに比べて私は落ちこぼれでね、周囲からまったく期待されていなかった。周囲から冷遇される私に、兄はいつも優しかった」


 あれだけすごい召喚魔法を行使できる先輩が落ちこぼれだなんて、お兄さんは一体どれだけすごかったんだ。


「貴族っていうのは、それだけでしがらみが多いものなの。優秀な兄が死んでからというもの、手のひらを返すように周囲は兄に向けていた期待を私に向けてきた。やれお前の兄はこうだった。なんでお前はできないんだ。ついでに、事故で死んでしまった兄のことをバカにしながらね」


 そこまで言って、先輩は紅茶で口を湿らした。唇をなぞる紅い舌が、場にそぐわずなまめかしく映った。


「そんな彼らから、兄の名誉を取り戻すためにこの学園に入ったのだけれどね。流石の彼らも、この学園を主席で卒業すればうるさく言うこともなくなるでしょうから」


 様々な思いを抱いてこの学園に入学する人がいるんだろうけど、その中でもクロエ先輩は高潔な目標を持っている。俺がこの先輩に惹かれたのはこの辺に理由があるんだろう。

 相手の強さに少しだけ弱気になっていた部分が消えていくのがわかった。絶対に、負けられない。


「俺、負けません。絶対先輩のペンダントを取り返します」

「威勢がいいのは結構だけれど、勝算はないんでしょう?」

「0ってわけでもないんです。幼馴染にアイシャって奴がいるんですけど、そいつの魔法がチャージさえ完璧にできればなんとかなると思うんです」


「グレイに勝つのは簡単なことじゃないわよ。彼は伊達にワイルドバンチの幹部じゃないわ。踏んできた場数が違う。仮にその魔法が効いたとして、どうやって時間を稼ぐつもり?」

「それをなんとかするために、魔導具作ってる先輩のところに行く途中だったんですよ」

「それを先に言いなさい。期日まで余裕があるわけじゃないんだから、行動は迅速になさい」

「いや、行こうと思ってたところを先輩に捕まったわけで――」

「言い訳しない!」

「はい、すいません!」


「わかればよろしい。それじゃ、行くわよ。会計は私が持つから、貴方は道案内をなさい」

「あれ? でも、先輩コインないんじゃ?」

「それはこの前までの話よ。私の懐事情なんて気にしなくていいの。貴方は年下なのだから、おとなしく年上の言うことを聞きなさい」

「うっす」

「返事は『はい』よ」

「はい!」


「まったく、貴方は言葉使いから直していく必要があるわね……じゃないと貴族と付き合うなんて――」


 ブツブツと聞こえない声で何か言っている先輩に「え、なんですか?」と言いかけたが、以前フレッドにそういう場面では何も言わない方が面白いことになると言われたのを思い出し、何も言わなかった。


「じゃ、行くわよ」

 会計を終えたらしい先輩を伴って俺達はイオナ先輩のもとへと向かった。


   ○


「おろ? ずいぶん遅かったじゃん。忘れてるのかと思ったよー」

 とイオナ先輩が言うだけあって、約束の時間から大幅に遅刻だった。本来だったら今日俺がやるはずだった計測を代わりにアイシャがやっている。


「てかなんでクロエっちと一緒なのー? 二人って関わりあったっけ?」

「魔導具を作っている先輩って、まさか貴方だとは思わなかったわ」

「え、二人って知り合いだったんですか?」

 知り合いらしい雰囲気を出しているイオナ先輩とクロエ先輩に驚いていると、イオナ先輩が実にわかりやすく関係を説明してくれた。

「ウチのお得意様だよー。あたしの作る機巧人形を使いこなせる貴重な人」

「レガルを作ったのは彼女よ」

「意外なところで関係があったとは」

「意外なのはこっちのセリフだよ。なんでクロエっちとエルくんが一緒にいるわけ?」

「あーまあいろいろありまして」

「ふーん。まあどうでもいいや」


 と、そこで今まで蚊帳の外だったアイシャがボソリと「女の顔をしている……」と言った。

 何を言っているかわからんアイシャは置いておいて、俺は対グレイ戦に備えて考えていた案を先輩に告げる。


「上級生と戦うことになったんですけど、とにかく壊れない頑丈な剣を作ることってできますか?」

「んーどんな相手と戦うのか教えてもらわないと困るかな」

「それは私の口から説明するわ。グレイとは二回戦っているから」

「あ、私も聞きたいです。無関係じゃありませんし」

「なんか長くなりそーだね。お茶入れるから座ろっか。アイシャちゃんも一回計測中止しよっか」


 以前と比べて足の踏み場が増えた部室の長テーブルに全員が着席した。差し出されたお茶に全員が口をつけた後、最初に口を開いたのはクロエ先輩だった。


「まず、グレイは基本近接戦が主体よ。自分の身体に魔法をかけて身体能力を強化して戦う。剣に属性魔法を付与して相手にとって不利な属性で戦うわ。彼は二回生の中でも実力のある方だから、様々な魔法を取得してる。だから、相手の嫌がる戦法が得意なの」

「不利も何も私達に属性ってないよね? 私の魔法は炎系だけど、あれを炎っていうのはちょっと無理があるし」


「なら、属性という点は無視していい要素ね。身体能力の強化に関してはどう? 何か案はあるのかしら?」

「ガチでぶつかろうと思ってます。俺も身体能力強化系のスキルを買って、それを駆使してなんとかしようかと」

「貴方近接戦闘に自信があるの?」

「やってみないとわからないです。一応運動神経は悪い方ではないですけど、そこは魔法で補おうかなって」

「そう。グレイは近接戦闘系ではあるけどエキスパートではないわ。ひょっとしたらなんとかなるかもしれない」


「えーと、今までの話しを総合すると、あたしは属性にも負けず、物理的にも頑丈な剣を作ればオッケーってこと?」

「そうなりますね。ついでにアイシャの魔法を強化できるようなのも作れれば最高です」

「やってやれないことはないかなー。要は拡散する衝撃を一点に収束させればいいだけだから。携行できる大砲みたいなのを作ればいいわけだ。たしか試作品の中に似たようなのがあったようななかったような」


 そう言ってガサゴソと試作品の山を漁るイオナ先輩。その際にいちいち手に取った物をポイポイとあっちこっちに投げ捨てるものだから、その度に掃除をしたアイシャのこめかみがヒクヒクとしていた。


「あっ! あったあった! これだよこれ!」


 先輩が誇らしげに掲げたそれは、一本の筒に持ち手とトリガーが付いただけの到底魔導具には見えない物だった。

 全員が胡散臭いものを見る目でそれを見るわけだが、先輩は「なんだいなんだい。すごいんだよこれ!」と自信満々だ。


「私がそれを使うんですか……?」

「ん? そうだよ? なにか問題でも?」

「いや、ゴツすぎません? もうちょっと可愛いのはないんですか?」

「えー! 可愛いよーこれ! この丸っこい感じとか可愛いと思わない?」


 残念だがこの場にいる人間でそれを可愛いと形容できるのはイオナ先輩だけだ。皆口には出さなかったが、表情にそれが出ていたようで、イオナ先輩はぶーぶーと不満をたれていた。


「とにかく、必要なものは揃いそうね。後は単位だけれど、何か方法はあるのかしら」

「フレッドの奴がなんとかするって言って今動いてくれてます。なんでもクレジット商会に借金をお願いするだとかなんとか」

「貴方借金までするつもりだったの? 商会の取り立てはとんでもないわよ?」

「それしか方法が思い浮かばないです。現実的に今の俺達が100単位を用意するには借金するしかないです」


「負ければ終わりよ。わかっているの? 彼らは学園を抜けても取り立てに来るわ」

「それでもです。個人的にもああいう奴は大っ嫌いなんで、鼻っ柱を折ってやらないと気が済まないです」

「そうね。今更だったわ。担保には私の家財も入れましょう。そうすれば少しは審査が有利になるはず」

「すいません。結局先輩の手を借りる形になっちゃって」

「それはこちらの台詞よ。もう諦めるつもりだったのに、貴方のせいで取り返したくなってしまったわ。責任、とってくれるんでしょうね?」

「もちろん」


「ラブコメの波動を感じる~」

 ジト目でお茶をすするアイシャの圧から逃れようと視線を入り口に向けると、タイミングよくサーシャとフレッドが入ってきた。


「皆さんおそろいだったんですね」

「あら? なんでクロエ先輩がいるんだよ。まさかバレちまったんか」

「そのまさか。噂の広がりは怖いぜ」

「かっー! ダッサいなあ、俺らも。こういうのは当人が知らない内に頑張るからカッコいいってのに」

「致し方なし。こうなっちまったらクロエ先輩にも協力を仰ぐ他ない」


「ごめんなさいね。貴方にも相当な負担をかけてしまったと聞いているわ。なんてお礼を言ったらいいか」

「いーんですいーんです。美人を助けるのは男の役目ですから!」

「それを口に出すからフレッド君はモテないんだよ」

「フレッドさんモテないんですか~?」

「サーシャちゃん、ぽわぽわと人の痛いところを突くのはやめてくれ……」

 胸を抑えて苦しそうに言うフレッドはともかく、話しを元に戻さなければ。


「それで? 首尾はどうだったんだ?」

 今まで滞りなく自身の役割をこなしてきたフレッドだったが、今回に限って芳しくない表情を見せた。


「商会に渡りはつけたが、100単位ってのが問題だ。一回生で信用もなにもない俺達が100単位も借りることは厳しそうだ。全員で分割して借りるにしたってイオナ先輩を除いて5人。単純計算一人頭20単位の借金だ。それだって貸して貰えるかわからない」

「なんであたしを除くのさー。一人だけ仲間外れにするなー!」

「いや、今更ですけどイオナ先輩まで巻き込むわけにはいかないですし」

「そうね。貴方まで危険を犯す必要はないわ」

「やだやだやだー! あたしにもちゃんと説明しろー!」

「そんな子供みたいな……。さっきどうでもいいって言ってたじゃないですか」

「いーから説明しろー!」


 駄々をこねるイオナ先輩に、しょうがないので今までの経緯を簡単に説明した。すると、予想に反して先輩もノリノリで協力を宣言した。


「なんでまたそんな。俺が言うのもなんですけど、あんま関係ないですよ、先輩」

「それがあるんだなー。クロエっちが万が一にでも退学しちゃうとあたしの機巧人形を動かせる人がいなくなっちゃう。それに新入生狩りされちゃうとこっちも商売あがったりだし」

「そうすっとなんぼだ? 100単位を6人で割るから……」


「いや、争奪戦用のスキルも買わないといけないから実際はもう少し増える」

「そっか。じゃあ最終的にアイシャちゃんが50単位と、エルがそれプラススキルを買う分の単位が行き渡ればいいのか」

「そう計算するより逆算していって、必要な単位数から今私達が所持してる単位数を引けばいいんじゃないですかあ?」

「いや、それは……」


 サーシャの言うことは正しいが、それをやって万が一俺達が負けてしまったら全員仲良く退学になってしまう。


「ダメだ。ここまで付き合ってもらってなんだが、皆まで俺に付き合って退学を賭ける必要はない。そのやり方は却下だ」

「そうよ。もともとは私の責任で始まったことなのだから、それに皆が付き合う必要はないわ。冷静になりなさい」

「いえ。クロエさんはご存知ないでしょうけど、私もエルさんに救われたんです。新入生狩りに遭って、退学になりそうだったところを助けていただいたんです。今の私があるのはエルさんのおかげです。そんなエルさんがまた人を助けようとしている。なら、私にお手伝いをしないという選択肢はありません」


「んー、まあ、あたしも廃部の危機を救ってもらったしねー。皆いなくなっちゃったらまた廃部の危機だよー。だから、助けてあげる。あたしも単位に余裕ないからあんまり助けにはならないかもだけど。たはは」

「貴方、人助けが趣味なのね。それも女性ばかり」

 いい話風になっているのになぜかジト目でクロエ先輩は俺を見た。


「しつこいぜ、エル。皆乗りかかった船だ。覚悟は決まってる。素直に気持ちを受け取れって」

「なーんか面白くないけど、やるって言った以上きっちり勝つよ、エル!」


 いよいよ俺の知り合いを全員完璧に巻き込んでしまった。もう本当に負けるわけにはいかなくなった。


「ありがとう、皆。俺、絶対勝つよ」

「勝ってもらわんきゃ困るっつの」

「ほんと。やる前から負けた時のこと考えないでよ」

「大丈夫です。エルさんならきっと勝てます」

「頼むよー。ぜひ勝ってあたしの魔導具を宣伝しておくれ」

「いいお友達に恵まれたわね、貴方」


 今度こそ本当にいい雰囲気になってこの日は解散した。

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