第18話 正直な心

「で? 一体全体なにを隠してるわけ? 洗いざらい話してもらうよ」

 こうなってしまっては下手に誤魔化すことはできない。観念した俺とフレッドは一からすべてを話した。


 クロエ先輩に新入生狩りに遭ったこと。先輩が何かを奪われたこと。ワイルドバンチに潜入して取り戻そうとしたこと。それに失敗して期日までに単位を集めないといけなくなったこと。そして上級生相手に勝たなきゃいけないこと。


 すべての説明を終えると、アイシャはものすごく深いため息をついた。


「呆れた。二人でそんなことしようとしてたの? しかも当の本人のクロエ先輩にはなにも話さないで」

「しょうがないだろ。やるっきゃないって決意しちゃったんだし」

「そうそう。今更後には引けないのよねん。男が決めたことに口出しは無用だぜ」


「もー。それで? どうするのさ。その、ワイルドバンチだっけ? の幹部に勝たなきゃいけないんでしょ? 勝ち目はあるの?」

「はっきり言って0に等しい。フスコみたいな落ちこぼれじゃないし、戦い方も見たんだけど、正統派に強い奴だった」

「おまけに俺らは期日までに100単位集めないと戦う権利すら得られない。いやー参った参った」


 笑うしかない状況に文字通り笑いながら言うフレッドにアイシャは「笑い事じゃないでしょ!」と言った。いやまったくその通りだった。


「ルールを変則的なものに変えたりとかできないんですか? それなら勝ち目があるんじゃ……」

「あの感じだとガチのバトルだろうな。そもそもクランの設立理念が強い奴がより強くだからな。正面から戦うことになると思う」

「私じゃお手伝いできそうにないですね。ごめんなさい……あの時のお礼がしたかったんですけど……」

「いいさ。これは俺達が始めたことだ。元から誰かの手を借りようとは思ってない。それに、友達を助けるのは当たり前のことだ。お礼なんていいって」


「とはいえ、俺とエルじゃ正面からあたっても勝ち目がないのが事実なんだよなあ。どっちも攻撃系のスキル持ってねえんだもん。どうしようもねえぜ」

「あーもう! 私がエルとタッグを組む! 私のスキルなら上級生相手でもなんとかなるでしょ?」

「やめろよ。そんなやけくそ気味に決めることじゃない。これは俺とフレッドが勝手に始めたことなんだ。アイシャを巻き込む気はない」

「でも勝ち目がないんでしょ? 私のスキルなら一矢報いることはできるかもしれないよ?」

「それは、そうだけど……」


 たしかにアイシャのスキルならチャージ時間の問題さえクリアできれば、いくらグレイといえども直撃すればただではすまないはずだ。


「なら決まりだよ。エル、カナン戦で優勝するんでしょ? ならいずれは上級生と戦う場面はでてくるんだから、それが遅いか早いかの違いだよ」

「よく考えるんだ、アイシャ。負けたらお前まで退学の危機なんだぞ? 借金がどういう条件か知らんが、負けたら50単位は確実にマイナスになるんだ」

「いいよ。どの道エルが退学になるんだったら私もやめるし」

 こうなったアイシャは意地でも意見を変えない。昔からそうだった。こうなるから話したくなかったんだ。だけど、


「わかった。そこまで言うんだったら、俺とタッグを組んでくれ」

「もちろん!」

 今はこの幼馴染の存在が心強かった。


   ○


 噂の広がりというものは恐ろしいもので、あれからたった二日しか経っていないのにヒソヒソと俺達について噂している連中がやたらと目についた。


 特に放課後の今は、友達同士で集まって談笑している姿が多く見られる。話題の一つになっているんだろう。部室へ向かう道すがら腐るほどそういう人達を見ている。

流石にじっと黙って耳を傾けるわけにもいかないので、内容まではわからなかったが、それでも時折俺達の名前が出ているのだけはわかった。


「なにがそんなに楽しいんだか」

「そらお前、一回生でワイルドバンチに喧嘩売るバカなんて俺達くらいのもんだ。噂にもなるってもんよ」

「まったく、イヤになる」

「それだけのことをやってるってことだよ。あのワイルドバンチだぜ? 今更ながら喧嘩売る相手間違った感が否めないぜ」

「でも、やるって決めただろ?」

「まあねん。んじゃ、俺はクレジット商会と渡りをつけてくるから、お前はアイシャちゃん達と部室でよろしくやってくれ」


「悪いな、お前にばかりそういう役目を押し付けて」

「気にすんな。適材適所ってやつだよ。俺に言わせれば、矢面に立つのはお前なんだ。俺こそワリィと思ってる」

「それこそ気にすんなよ」

「ま、お互い頑張ろうや」

 ポンっと俺の背中を叩いたフレッドは、手を振りながら去っていった。


 俺もさっさと部室に行かなければ。そう思ったが、後ろからツカツカとブーツの足音が近づいてくるのが聞こえた。やたらと踏み込む足に力が入っているが、怒りながら歩いているんだろうか。

 まあ、俺には関係のない話だ。そう思い、とばっちりをくわないように道の端に移動した。すると、足音も俺の方に寄ってきた。なんだと思い振り返ろうとすると、その前に肩をガッチリと掴まれた。


「ちょっといいかしら?」


 声の主はクロエ先輩だった。気のせいか若干イラついているように見えた。俺は何か彼女を怒らせるようなことをしただろうか。心当たりはないが……。


「な、なんすか?」

 美人の怒り顔というのは迫力があるもので、ビビリながら問いかけるといやーな質問が返ってきた。

「貴方、まさかとは思うけどワイルドバンチに喧嘩を売ったの?」

「い、いやー……俺としてはそんなつもりはない、んですけど……」

「はっきりしないわね。じゃあこう聞くわ。グレイに私の物を返せと言ったかしら?」

 これは、全部バレていると思って間違いないんじゃなかろうか。


「そのー、言ったー、ような、言ってないような……」

「どっち!」

「い、言いました! はい! すいません!」

 なんで謝っているのかわからんが、とりあえず怖いから謝っておいた。


「まさかグレイの言っていた子が貴方だったなんて。どうしてそんなことしたの!」

「だって、クロエ先輩泣いてたから……」

「そんな理由で……」

「そんなって言いますけど、俺にとってはそれがすべてです」


 先輩は怒るべきなのか礼を言うべきなのかで悩んでいる様子だった。俺としては素直に喜んでほしかった。

 本当は、スマートに取り返してお礼を言われるプランだった。計画がバレてしまって少々ダサいがこうなってしまってはしょうがない。


「ワイルドバンチがどれだけ恐ろしい存在かわかっててそんなことをしたの?」

「正直、いろいろ甘く見てました。だけど、やるって決めたんです。だから、クロエ先輩は俺が無事取り返せるのを祈っててください!」

「できるわけないでしょう! まったく、何を考えてるのよ。今からでも遅くないわ。ワイルドバンチに謝って、今回の件はなかったことにしてもらいなさい!」


 先輩は俺のことを思って言ってくれているんだろう。だけど、俺の答えは決まっている。


「それはできません。やるって決めましたから」

「どうしてそこまで……。貴方が私のために危険を犯す義理なんてないでしょう? 私は貴方から単位を奪ったのよ? 普通なら恨まれて当然だわ。それを貴方は――」

「俺、クロエ先輩に惚れたんです」

「なっ……!」

 カアっと先輩の頬が朱色に染まった。


「大事なものを取り戻すために、プライドも捨ててひたむきに頑張るその姿に惚れました。トドメはやっぱり、あの夜に見た涙ですけどね」

 自分が窮地に陥っているというのに、他人の心配ができるなんて人として素直に尊敬する。俺は、こんな人が困っているのなら全力で助けたいと思う。


「何言ってるのよ、貴方。こんな時に告白? バカみたいよ……」

「あれ? そっか、なんか告白してるみたいになっちゃいましたね。ははっ」

 俺は素直な気持ちを伝えようとしただけだけど、言われてみれば愛の告白をしているみたいになってしまった。

「笑い事じゃないわよ。貴方はもうちょっと利口な子だと思ってたわ」

 そう言った先輩の口調は、先程までの詰問するようなものではなく、とても柔らかいものになっていた。


「バカですいません」

「はぁ。こんなことなら、あの時貴方を騙さなければよかったわ」

「でも、おかげでこうして繋がりが持てた。俺は逆に感謝してるくらいです」

「ほんと、特大級のバカよ、貴方」

「かもしれないです」


「それで? 勝算はあるの?」

「残念ながら現状ありません」

「バカね」

 先程までの愛のあるバカと違って今度は本当にバカにされてしまった。


「本当に何も考えないで行動を起こしたのね」

「いやー潜入するところまでは上手くいったんですけね。その後にドジ踏んじゃって」

「そんなことまでしてたの? それだもの噂にもなるわ。まったく、今に至るまでの経緯をちゃんと教えてちょうだい。ここじゃなんだからショコラへ行きましょうか」

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