第17話 後には引けない。
「逃がすな!」
この場の連中はロベッタの命令で三者三様の動きを見せた。我関せずで魔導具を整備し続ける者もいれば、面倒くさそうにとろとろとプレートを取り出す者。様々だ。
その中でも、もっともヤバいのは先程からずっと水玉を宙に生み出していた奴だ。そいつの狙いがはっきりと俺に向いている。あの水を被ったが最後、顔までバレてしまう。
「強引にでも逃げる!」
しょせんは女の力、全力を込めれば扉も開くはず。
「ざ~んねん」
だがそんな俺の思惑とは裏腹に、眼帯の女学生はいつの間にか魔法を使用していた。扉が何かの力でガッチリとロックされてしまっている。どう力を込めてもビクともしない。
くっそ。普段女にイライラすることはないが、今だけはヘラヘラとした態度の眼帯女学生にイラついた。どうすればいい?
「とりあえずはそのムカつく変装を解いてやんな」
もうダメだった。状況を打開する手をない。俺は為す術なく迫りくる水玉を頭から被ってしまった。そうなれば、後に残るのは素顔の俺だ。
「なんだい。やっぱり男だったのかい。上手く化けたもんだねえ」
何もかもがバレてしまったが、せめてもの抵抗として睨みつけた。
「へえ。いい目をするじゃないか。アタシはそういう目をする奴が大好きだよ」
「俺は人のものを奪う奴が大っ嫌いです」
「なんのことだい? アタシはアンタから何かを奪った覚えはないよ」
「とぼけないでください。クロエ先輩から何か大事なものを奪ったはずです」
「クロエ? 知らない子だね。アンタの勘違いじゃないかい?」
「クロエのアレのことを言っているのなら俺が持っている」
俺とロベッタの会話に割り込む形でグレイが言った。
「あんたがクロエ先輩から奪ったのか」
「ああ。それが?」
「クロエ先輩に返してあげてください」
「それは無理な相談だ。あれは正当な勝負の上で俺が獲得したものだ」
「どうだか。返す条件に無理難題を突きつけているでしょう?」
「お前には関係のない話のはずだ」
「気にくわないんですよ。返してください」
「断る」
返してほしい俺と返す気のないグレイ。どこまでいっても平行線な俺達の流れを断ったのはロベッタだった。
「いいじゃないのさ。物くらい返してやんなよ。そんなに大事な物なのかい」
「あれは超高純度の魔法石だ。何も入っていないがそれだけで価値がある」
「そうかい。ならやることは一つなはずだよ」
ロベッタの発言にグレイはため息をついた。
「俺はあまり無駄な戦いはしたくない主義なのだが、上級生に歯向かおうというお前の蛮勇に免じて一度だけチャンスをやろう。期日までに100単位用意してこい。そうしたら単位争奪戦を受けてやる。もちろん、お前が勝てばアレは返してやる」
「なっ……!」
100単位だと。一回生が進級するのに必要な単位数じゃないか。どうやって集めろっていうんだ。無理に決まってる。
「それが無理なら諦めることだな」
グレイは俺の心を見透かすようにそう言った。こいつはチャンスと言いつつ最初から返す気がないんだ。
「一回生相手にそれは流石に可哀想だ。やるならチーム戦だね。2対2のタッグ戦だ。それならアンタも集める単位が半分でいい」
「……わかった」
どう考えても無理だが、この場はそう言うしかない。
「決まりだね。サリー帰してやんな」
「ホントにいいの~?」
「いいよ。わかったらとっと魔法を解きな」
「はいな~」
暗い気持ちを抱きながら、魔法が解けた扉に手をかける。
「アンタが強くなって戻ってくるのを楽しみにしてるよ」
ちくしょう。完敗だ。完全にあっちの手のひらの上で踊らされた結果だ。
どうやって期日までに100単位も集める? それに、集められたとしてもあんな化け物だらけの連中に勝てるとも思えない。
「クソ!」
トボトボとフレッドが待つショコラに向かうも、やはりその足取りは重かった。
やがてフレッドの姿が見えると、笑顔で俺を迎えかけたが、俺の顔を見てフレッドも何かを察した様子だった。
「その様子だと、失敗したみたいだな」
「すまん、フレッド。せっかく寝る間も惜しんで頑張ってくれたのに」
「気にすんな。それで? 何があったんだ?」
「グレイに会うところまでは上手くいったんだけど、その後、変装しているのがバレちまった。直接返してくれって言ったら、期日までに100単位持ってきたらチーム戦で戦ってやるってさ。一応、それで勝ったら返してもらえるみたいだけど、無理だ。あいつら化け物揃いだ。明らかに俺ら一回生とは実力が違う。いつ魔法を使ったのかわからなかった」
「そうか……。どうしたもんかねえ。でも、はっきりしてるじゃねーか。勝てばいいんだよ」
「簡単に勝てたら苦労しないよ。お前だって見ただろ? クロエ先輩とグレイの戦い。あんなのをやれって言われても今の俺達じゃ無理だ。それに、チーム戦だ。勝ち目が見えない」
「やる前から言うなよ。それに単位に関しては、まあ、なんとかならんこともない」
「なんとかって?」
「借金する方法があるんだよ。クレジット商会ってクランがあるんだけど、そこは単位の貸し借りをやってるんだ。借りることができたら問題の一つは解決できる」
「そんなクランがあるのか。もうなんでもありだな」
「そりゃあ卒業すりゃ輝かしい未来が待ってるんだから、自然とそういうクランも生まれるわな。んでも、今の俺らには好都合だ。そうは言っても、チーム戦ってことは俺とエルでやるってことだろ? どう考えても相性が悪いな。俺のスキルで炎を消すことはできるかもしれないけど、攻撃系のスキルがねえからなあ」
「それは俺も同じだ。あの人は近接戦闘系だろうけど、それに対抗しうる手段が何もない」
「やっぱスキルを買うしかねえのかなあ」
「二回生に通用するスキルにたどり着くまでに一体どれだけ単位を消費することか」
「だよなあ」
尚もあーでもないこーでもないと生産性のない議論を繰り広げていると、向こうからアイシャとサーシャがやってくるのが見えた。
「いないと思ったらショコラにいたんだ。男二人集まって何やってるの?」
「いや、まあいろいろあるんだよ」
「そうよーん。男にだって男同士で話したい時があるのさ」
「どうせやらしー話しをしてたんでしょ。あーやだやだ」
これは俺とフレッドの問題だ。勝手に始めたことに二人を巻き込むわけにはいかない。
「最近お二人とも講義が終わるとすぐにいなくなってしまいますよね。なにしてるんですかあ?」
「いろいろだよ。な! エル!」
「そうだな。いろいろだ」
「なーんか怪しい」
いつの間にか届いていたアイスティーのストローをくわえながらジト目で言うアイシャに俺は心苦しいものを感じていた。
別に悪いことをしているわけではないけど、隠し事であることには違いないからなんとももどかしい。
「絶対何か隠してるでしょ!」
「何を根拠にそんな」
「顔に書いてある!」
「何も隠してないよ」
「絶対嘘」
苦しい言い訳にもならない言い逃れを繰り返していると、店に渦中の人物が入ってきたのが見えた。その人物とは他でもないクロエ先輩だ。厄介なことになりかねないので速攻でフレッドに耳打ちをする。
「まずい。クロエ先輩が店に入ってきた」
「マジかよ。タイミングの悪い。なんとかバレないようにやり過ごすしかない」
なぜ俺達が隠れなければならないのかわからないが、とりあえずバレてはいけないという意見が一致したので、俺達は顔を見られないように全力でクロエ先輩とは逆側に顔を向けた。
しかしそんなあからさまな態度にツッコミがはいらないはずもなく、よりにもよってアイシャは俺達の名前を呼んで顔をこっちに戻させた。
「なにしてるのさ、エルもフレッド君も。二人共挙動不審すぎ」
「お外になにかあったんですかあ?」
サーシャだけがぽけーっと呑気なことを言っているが、俺達は心中でとんでもない量の汗をかいていた。
戻された顔を首がねじ切れる速度で再び外へ向けたが、ツカツカとブーツの音が俺達のいる場所へ近づいてきているのが聞こえる。
「ちょうどいいところにいてくれたわ」
ああ、やっぱりバレてしまった。
「き、奇遇ですね……クロエ先輩」
「隣、いいかしら?」
「ど、どうぞ?」
クロエ先輩は優雅に俺の隣へと腰を下ろした。その際に、揺れ動いた髪から柑橘系の爽やかな匂いがして入学初日を思い出した。
「この間はごめんなさいね。見苦しいところを見せたわ」
「い、いえ。先輩こそ、大丈夫ですか? その、いろいろと」
「ええ。もう、大丈夫よ。気持ちの整理もついたわ」
嘘だ。そう言った先輩の顔には暗い影があった。
「ちょ、ちょっとエル。この美人はどちら様?」
「あー、えーと、その」
「俺が入ろうとしている部活の先輩だ! な! エル!?」
「お、おお、おうそうだ! 俺としたことがなんて紹介するか迷ってしまった」
ナイスアシストだ、フレッド。ものすごい怪しんだ表情をしているアイシャにこれ以上何かを勘付かれる前にクロエ先輩には退場していただかなければ。
俺とフレッドは再びアイコンタクトで意見の一致を確認すると、迅速にクロエ先輩を退場へと向かわせるムーブを開始しようとした。が、次の一言でそのプランは無残にも崩壊してしまった。
「貴方、ヴァイオリンに興味があったのね。最近部活に顔を出していなかったから、知らなかったわ」
終わった。これまでのフレッドの様子を見ていて、こいつがヴァイオリンを演奏している姿を想像できる人間がここにいるはずがない。ただ一人を除いて。
「わあ。フレッドさん、ヴァイオリン演奏できたんですね。今度聴かせてください!」
「お、おう。その時がきたらな……。たぶん一生こないけど……」
その一言を最後に沈黙が場を支配した。
「せ、先輩。そういえば、月が綺麗ですね。俺と一緒に月を見に行きませんか?」
「白々しい……」
そんなことはわかっている。アイシャのジト目が痛いぜ。
「私、何かまずいことでも言ったかしら?」
「いえ、先輩は悪くないんです。ただ、タイミングが悪かったというか……」
「そうなの。ごめんなさいね。そうそう、タイミングといえば」
先輩はゴソゴソとカバンの中身をあさり出した。そして、小さな紙袋を取り出した。
「これを渡そうと思っていたのだけれど、貴方の連絡先を知らないから困っていたのよ。ちょうどよかったわ」
見ようによってはハートマークに見えなくもない封蝋が施されたその紙袋は、やはりどうあっても手渡すタイミングが悪かった。より一層アイシャの視線が強くなるのを感じる。
「それじゃ、お邪魔したわね」
渡すものだけ渡して先輩は颯爽といなくなってしまった。なんでいなくなる時だけそんなに早いんだ。何か説明してからいなくなってほしかった。
再び俺達の間に沈黙が流れた。
それを破ったのは、やはりという当然というかアイシャだった。
「どう、いう、こと、か! 説明してくれるよね?」
疑問形だがものすごい迫力なので誤魔化すという選択肢はとれそうになかった。
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