第16話 万事休す

 決意の一夜から、今日でもう一週間になる。その間、フレッドは日夜空いている時間を見つけて一生懸命情報を集めてくれているようだった。寮に帰るのも、俺が眠った後で、朝も俺が起きた時にはすでにいなくなっていた。俺の方も情報収集を試みているが、結果は芳しくなかった。


 そんな日々を過ごしていたが、今日、講義中にフレッドから情報を掴んだ旨の連絡がきた。すぐさま講義終了後にショコラに集まる約束をした。

そして、ようやく今日の講義が終わった。この瞬間を今か今かと待ちわびていた俺は、すぐにフレッドが待つであろうショコラへと向かった。


 急ぎ足でショコラへと向かい、指定されていた席に座ったがフレッドの姿はなかった。どうやら早く着きすぎたらしい。

 逸る気持ちを抑えながらアイスティーを飲んでいると、手をひらひらとさせたフレッドがやってきた。


「よう大将。首尾はどうよ?」

 俺は肩をすくめることでフレッドの問いに答えた。

「そうか、代わりに俺がいろいろ聞いてきたから気を落とすな」

「別に落としてはいないさ。それで、なんだって?」

「やっぱりワイルドバンチだった。理由はわからんが、そこの幹部と決闘することになったクロエ先輩は、負けちまって大事な何かを奪われたらしい」

「それがたぶん、兄の形見なんだろう。クロエ先輩、なんでそんな大事なものを賭けてしまったんだ?」


「クロエ先輩、貴族らしいからな、何か譲れないものでもあったんでねーの? 平民の俺らにはわかんねーけど、ノブレルオブレルだっけ?」

「ノブレス・オブリージュな。まあ、いずれにしても奪われたクロエ先輩はそれを取り返すために言いなりになってるってわけだ。概ね予想通りだな」

「問題はどうやって取り戻すかだ。とてもじゃないが、今の俺らじゃ逆立ちしたってあの男には勝てねーぞ。あれだけスゲー機巧人形を召喚してたクロエ先輩が負ける相手だ」


 派手さはないが、確実に相手の弱点を突くタイプの人間だった。何かに秀でているというよりも、全体的な能力が高いという一番逆転の目がないタイプだ。戦うという選択肢はないだろう。


「現実的なところでいけば潜入して盗むとかかな。卑怯くさくてなんかヤだけど」

「あの様子だとハニートラップも効かなそうだしな」

「やるっきゃないか。フレッドが頑張ってくれたし、次は俺の番だな」

「ワイルドバンチの連中が根城にしてる場所もわかったし、後は頼むぜ、エル」

「任せろ」

 ゴツン、と拳を突き合わせる。気合は十分。後は俺が頑張るだけだ。

「じゃ、行ってくる。朗報を期待しててくれ」


 緊張を抱きながら、フレッドに教えてもらったワイルドバンチの根城の近くまできた。そこで灰を被り、シンデレラを使い適当な女学生に変身した。

 水に触れてしまうと変身が解けてしまうから、それだけは絶対に避けなければいけない。


 設定はワイルドバンチへの入会を希望する女学生。生徒会主催の勧誘会にいなかったのに、強いクランとして有名なので気になりましたって感じで潜入する。

 ワイルドバンチへの入会には会員の紹介が必要らしいが、その紹介員もフレッドが用意してくれた。事前に話して、入会を希望している人間がいるので紹介してくれと言ったらしい。

 その紹介員との待ち合わせ場所に立って早10分。いい加減焦れてきた頃になってようやくそれらしき人物がやってきた。


「お前が入会希望者か?」

『はい、そうです』

「ん? なんで喋らない?」

『喉を痛めてて声が出ないんです。ごめんなさい』

 本当は喋ってしまうとモロに俺の声が出るというシンデレラの欠点を隠すためだ。怪しいことこの上ないけどごまかし通すしかない。

「そうか。まあいい、行くぞ」

 よかった。特に気にした様子がない。安心から声が出ないよう気をつけながら男の後をついていく。


「わかっていると思うが、入会には単位が必要だ。所持単位の1割を残してすべてクランに預けてもらうことになるからな」

『はい』

「わかっているならそれでいい。そこを理解しないで入会を希望して、門前払いになる一回生がいるからな。それから、幹部の言うことは絶対だ。逆らえば預けた単位は戻ってこないものと思え。それさえ理解していれば、特にルールはないクランだから快適だぞ」

『わかりました』


 一見すると、親切に思えないこともないけど、やってることはマフィアすれすれの行為だ。典型的なトップダウンなんだろう。幹部と呼ばれる上の連中に単位を集中させて強くして、下っ端はそのおこぼれを貰う。まさにマフィアだ。

 富む者はより富んで、貧者はより貧しくなる。そんなところに所属して卒業を目指すなんて、なんのためにこの学園に入ったのかわからない連中ばかりだ。


「着いたぞ」

 紹介員はある扉の前に立つとそう言った。

「中に審査員がいるから、その人達に認められれば晴れてお前もワイルドバンチの一員だ。頑張れよ」

 ポンと肩を叩いた紹介員を尻目に入室した。


「君が入会希望者か」

 長テーブルの向かい側に2人の男女がいた。どうやら彼らが審査員らしい。まずはこの2人を上手く騙して入会までこぎつけないと。

『申し訳ないのですが、喉を痛めてて声が出せないので筆談で失礼します』

「それは災難だな。どれ、飴をあげよう。はちみつが入っているから喉に優しいよ」

 わかめのように髪が縮れた男子学生が手渡してきた飴を舐める。飴はありがたいが 今はそんなことよりも早く審査を開始してほしい。いつシンデレラが解けてしまうかわからない現状、物事をスムーズに進めなければならない。


「さて、審査を開始するよ。と言っても、そこまで固くなる必要はない。簡単な質問に答えてもらうだけでいいからね。君はどうしてワイルドバンチに入ろうと思ったんだい?」

 この質問の答えは事前に用意しておいた。

『以前、グレイ・マルクーゼさんが戦っているのを見たんです。その姿に感動して、いろいろ調べたらワイルドバンチに所属していることがわかったので、入ろうと思いました』

 グレイに惚れた女学生を演じるために少々恥ずかしそうに告白したのが功を奏したのか、女学生がくすくすと笑っていた。

「あの丸坊主に惚れたの? 君も物好きだね」

 あの男丸坊主だったのか。暗くてよく見えなかった。まあそんなことはどうでもいい。


『どうやったらあの人に会えますか?』

 和やかな雰囲気に包まれている今がチャンスだ。恋する女学生を演じて目的の人物の居場所を探る。

「残念だけど、あの人は幹部だからめったなことでは会えないよ」

『どうしても会いたいんです!』

 俺のお願いを2人は談笑混じりに考えてくれているようだった。これを逃す手はない。

『一度だけでいいんです。会って渡したいものがあるんです!』


 フレッド渾身のお手紙だ。ハニートラップが効くような感じはしないが、やって無駄ということはない。少しでも油断してくれれば御の字だ。


「恋する乙女は強いねえ。どれ、私連絡先知ってるから聞くだけ聞いてあげるよ」

 そう言って女学生の方が部屋の隅に行ってプレートで通話を始めた。

「まさか入会希望の理由がグレイさんだったとはね。まあ下手に単位目当てだとかの理由よりよっぽど信用に足る」

 ということは、

「合格だ。本当はこの後クラン入会に関する諸々の手続きをやってもらうんだけど、待ちきれないだろう? 口頭で大事なことだけ説明するから今日はそれだけでいいよ」

『ありがとうございます!』


「まず、ウチのクランのトップはロベッタ・パーカーって人だ。この人は強さ至上主義だから、今現在君が弱くても、定期的に開催されるクラン内トーナメントで強さを証明できればすぐにでも幹部になれるよ。つまり、君の頑張り次第でどうにでもなるんだ」


 それは単位を定期的に没収されないで順当にスキルを購入できればの話だろうに。いいところだけを説明して但し書きの部分を説明しない辺りに嫌らしさを感じる。

 その後もとうとうと説明される内容を適当に返事しながら右から左に聞き流していると、通話が終わったらしい女学生の方が俺に近づいてきた。


「ラッキーだね。会ってくれるってさ」

 わざわざ耳元まで来て小声で言ってきた。どの程度の水分で変身が解けるのかわからない現状、吐息に含まれる水分ですら恐怖だからやめてほしかった。

『二人っきりですか?』

「ごめんね、流石にそれは無理だった。他の幹部の人達もいるみたいだけど、頑張って」


 二人きりの状況は叶わなかったが、この展開は予想以上の出来栄えだ。最悪、会うことすらできずに、長期間の潜入を余儀なくされる展開も想定していたからラッキー以外の何物でもない。

「じゃ早速行こうか」

『はい!』


「失礼します」


 女学生に案内されて訪れた部屋には、魑魅魍魎としか表現できない濃いメンツが思い思いの行動をとっていた。

 ある者はソファに寝そべって魔法で水玉を宙に生み出していたり、魔導具の手入れを一心不乱にやっている者もいれば、楽しそうに足をバタつかせながら本を読んでいる子供にしか見えない女学生もいた。


 そんな中、特に異彩を放っていたのは一番奥に座っている紅髪の女学生だった。腰まであるロングヘアに白の特攻服を羽織った彼女は、まるで隈取のように紅いアイシャドウを入れていた。たぶん、彼女がクランリーダーのロベッタだ。あの人だけ纏うオーラが違う。


「君が俺に会いたいという一回生か。要件はなんだ?」

『渡したいものがあるんです。受け取ってください!』

 異様な雰囲気に飲まれかけたが、すぐに気を取り直してグレイに手紙を差し出す。

「ふむ」

 渡した手紙の内容は要約するとこうだ。


『貴方が単位争奪戦をしている時の横顔が頭から離れません。どうか二人きりでこの想いを告白させてください』

 これをベースにフレッドが甘ったるい言葉を味付けして、あたかも一目惚れしたかのような内容になっている。


 手紙を読み終えたグレイは、「いいだろう。ついてこい」と言った。

 よし、と思ったのもつかの間「待ちな」とロベッタらしき女学生が俺の足を止めた。

「お前、なんか怪しい」

 その一言で、室内にいた人間が一斉に俺に注目した。とてつもない緊張感が俺を襲った。


「お前からは男の匂いがする。なんでだ?」

 匂いってなんだよ。野生の動物じゃあるまいし。そんなことでバレてたまるか。

『兄がいるのでそのせいじゃないですか?』

 ちょっと苦しい言い訳に思えないこともないけど、これ以外とっさに言葉が出てこなかった。


「ふーん。それで? ここに何しに来た?」

『グレイさんにお手紙を渡しに来ました』

「ならもう用は済んだろ。さっさと帰んな」

『まだお返事をもらっていないので』

「ここですればいい話だ。グレイ、とっとと返事してやりな」

「それもそうか。すまないが、君の希望には答えられない」


 それじゃ困るんだよ。なんとかしてクロエ先輩の形見の在り処を聞きださなきゃいけないんだ。どうする? なんとかこの状況を打開する一手はないか?

 こうしている間にも疑惑の目が強くなっていく。もうやけくそだ。

 俺は思い切りグレイに抱きついた。


「な、なにを」

 突拍子もない行動に流石の彼らも面食らった様子だった。この流れで押し切るしかない。

『どうしてもダメですか?』

「しょうがないねえ。グレイ、行ってやんな」

「わかった」

 やったぞ。俺が男に抱きつくという最小限の犠牲で目的を達成できそうだ。


 逃げられないようにグレイの手を引いて出口に向かったのだが、ここで信じられないアクシデントが発生した。

 出口付近で立ってお茶を飲んでいた眼帯をつけた女学生の腕にぶつかってしまったのだ。


 何もかもがスローモーションに映った。

コップからこぼれたお茶がゆっくりとそのターゲットを俺の胸へと定め、逃れられない速度で襲いかかってきた。


「なっ……!」


 女性らしい膨らみがあった俺の胸はサラサラと光の粉と共に萎んでいってしまった。

 こうなってしまえばもう逃げるしかない。急いで取っ手に手をかけるも、眼帯の女学生が足で横引の扉をロックしてしまった。

 万事休すだ……。

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