第15話 男達の決意
「それじゃ私達こっちだからまた明日ねー」
女子寮と男子寮の分岐路でアイシャ達に別れを告げた俺達は、寮へと向かってプラプラと歩いていた。
「腹減ったな。なんか寮に食いもんあったっけ?」
寮の冷蔵庫の中身を思い出すと、昨日料理を作った時に材料がなくなった記憶が出てきた。
「そういえばなかったような気がする。学生街でなんか食ってくか」
この時間になると、閉まっている施設も多く、出歩く学生達の数も少ない。普段は人でごった返しているメインストリートも、堂々と真ん中を歩くことができた。
「今の時間だとどこ開いてるかな。ショコラって気分でもねーし、なんか新しいところ開拓してみるか?」
「そうだな。肉系が食いたい気分だ。なんかいいところ知ってるか?」
「情報通のフレッド様に任せなさい」
雑談をしながら、フレッドおすすめの肉料理を出すお店に向かって歩いていると、聞き覚えのある声がした。かなりの剣幕で怒鳴っていた。
「もう約束の単位は渡したはずでしょう! いつになったら返してくれるの!」
「なんだあ? 喧嘩か?」
「いや、たぶん――」
身を潜めて声のする方を覗くと、そこにはやはりクロエ先輩がいた。以前言い争っていた男もいる。
「あの女俺から単位を奪っていった奴じゃねえか。なんの話してるんだ?」
「お前もクロエ先輩に奪われたのか」
「クロエっていうのか、あの美人。なんか剣呑な雰囲気だな」
「気がかりなことがあるんだ。ちょっと覗かせてもらおう」
男二人身を寄せ合って耳を傾ける。
「お前が支払ったのは利子分だけだと何度言えばわかる。元本はまだ1単位も減っていない」
「嘘ばかり! そう言って何度も何度も私から単位を奪っていったでしょう! もう新入生の子達も警戒して争奪戦に合意してくれない。これ以上渡せないわ!」
「それはお前の都合だろう。こっちの知ったことではない。単位が渡せないのならコインなり魔導具なり幾らでも渡すものがあるはずだ」
「貴方達はそれすら私から奪い取っていった! おかげで同学年相手に戦う術がなくなったわ。全部貴方達のせい!」
「だからどうした。強い者がより強く、弱い者はより弱く。これこそが学園の理念だ。お前が奪われたのもお前自身が弱者だからだ」
「っ! うるさい!」
「痛いところを突かれて反論できないからといって感情で返すな。鬱陶しい」
「…………単位争奪戦よ」
「バカなことを」
「私と単位争奪戦をしてちょうだい。私が勝てば、兄さんの形見を返してもらう!」
「ふぅ。飼い犬の躾けも仕事の内か。いいだろう。ヒットポイント方式でやろう。ベッド単位は20。お前が負ければコインを全部貰うぞ。これ以外の条件は認めない」
「構わないわ。兄さんの形見さえ返してもらえればそれでいい」
「では、単位争奪戦をしようか」
「ええ」
『単位争奪戦の同意が得られました。これより単位争奪戦を開始します』
「わかっていると思うが、俺はお前の機巧人形を壊すぞ」
「やってみなければわからないわ」
『ベッド単位数は20単位。勝利条件は相手のヒットポイントが0になった場合となります。開始まで10秒、9、8』
男の方が剣型の魔導具にプレートを差し込んだ。
「魔導具もなしによく言う」
「奪ったのは貴方達でしょう」
『開始』
「先手は譲ってやろう」
「あら、ありがとう。パペットロープ!」
クロエ先輩がそう言うと、おびただしい数の、以前俺の身体を極めた小型の縄人形がプレートから生み出された。
「バカにしているのか? ボーンファイヤ」
なんらかのスキルを発動させたらしい男の剣に炎がまとわれた。男は次々と襲いかかる縄人形を一刀の元断ち切っていく。だが、クロエ先輩にとって縄人形達はただの時間稼ぎだったようで、プレートが新しいスキルを発動しようとしているのが見えた。
「来なさい! レガル!」
クロエ先輩の声と同時に、地面に大きな紋章が浮かび上がった。その紋章から最初は腕、次は頭、胴、次第に全貌が顕になった時には、眼前に巨大な機械仕掛けの人形が立っていた。
3メートルはあるその巨体に、しかし男の方は一切焦った素振りを見せなかった。
「まだこんなものを隠し持っていたか」
「今の私に出せる最強の機巧人形。いくら貴方でもこれは厳しいんじゃないかしら?」
男は返事せず、ただ愚直にレガルと呼ばれた機巧人形に斬りかかっていった。
「無駄よ。レガルに生半可な物理は効かない。押しつぶせ! レガル!」
組んだ両手を男に振り下ろすレガル。男はそれを間一髪で避けて間合いを取った。
「これが、上級生の戦い……」
これを見てしまうと、俺達が今までやってきた争奪戦は子供のお遊びに見える。
「少々分が悪いな」
男は剣からプレートを取り外すと、今度は銃タイプの魔導具にプレートを差し込んだ。
「系統混乱(セベラル)」
男がレガルに向かって発動させた魔法を何発も打ち込む。すると、レガルの動きが若干鈍くなったが、それも僅かな時間ですぐにレガルは動きを取り戻した。
「そうだったな。召喚系のトップにいるお前にこの魔法は無駄か。なら、これはどうだ? 重力弾(グラン)」
スキルを切り替えた男が再びレガルに魔法を打ち込む。打ち込まれたレガルの動きが少しだけ鈍重になった。
「小細工ばかり! アイス!」
クロエ先輩の召喚したレガルの右手に氷の槍が生まれた。男の避けられないタイミングを見計らって渾身の力で突き出されたそれを、男は銃で受けるが、衝撃を殺しきれるはずもなく、吹き飛んで校舎へと叩きつけられた。
クロエ先輩が勝ったかに思えたが、プレートは未だ勝利宣言をしていない。煙が晴れたその場には、男が壊れた銃を捨て、剣にプレートを差し込んでいる姿があった。
男はプレートから表示された項目を操作している。おそらく、複数の魔法を同時に発動させたんだ。
「いくぞ」
「来なさい」
先程レガルにかけられた魔法の効果はなくなったのか、最初見た時と同じ速さになっていた。
拳、足と次々と繰り出されるレガルの攻撃を、身体強化魔法をかけたらしい男がヒラリヒラリと避けていく。その合間合間に、男はレガルの関節部分を斬りつけていく。
やがて何かを見つけたらしい男は、ある時からレガルの腰部だけを斬りつけるようになった。クロエ先輩はそれを嫌がってそこを守るように攻撃している。
気がつけば、クロエ先輩有利に思えた戦況は、いつしか男が有利になっていた。
「これを壊すのは惜しいな」
「その前に倒す!」
焦ったクロエ先輩は傍目に見ても踏み込み過ぎてしまった。その隙きを男が見逃すはずもなく、太刀筋がはっきりと見えるほど力強くレガルの腰部を斬り裂いた。
一瞬の静寂の後、地に伏したのはレガルだった。どういうわけか、クロエ先輩も苦痛に満ちた顔をしている。
「俺の勝ちだな」
顕れた時と同様の紋章が地面に浮かび上がり、吸い込まれるようにレガルが消えた。
「まだ!」
クロエ先輩は大量のパペットロープを生み出し、それを合体させることで巨大な一体のパペットロープを作り出した。
「無駄なことを」
男は再びプレートを操作して剣に炎をまとわせた。そして、パペットロープを飛び越える勢いで飛び上がると、その勢いのまま縦一直線にパペットロープを斬り裂いた。
「そんな……」
『ヒットポイント0を確認しました。勝者、グレイ・マルクーゼ。勝者には20単位、コインの全譲渡、及び学園からのインセンティブとして6単位が移乗されます』
「無謀だったな。何も持たないお前が俺に勝てるはずもない。次の集金までにしっかりと単位なり溜め込んでおけ。用意できなければ次はその機巧人形をいただく」
男は立ち去っていった。残されたクロエ先輩は茫然自失としていたが、やがて静かに泣き始めた。
「先輩、これ使ってください」
黙って見過ごせるわけもなく、ゆっくりと驚かせないようにクロエ先輩に近づいた俺は、先輩にハンカチを手渡した。
「貴方達……」
「俺のこと、覚えてます? 初日に単位持ってかれたフレッドっす」
流石のフレッドも、女の涙の前に普段の声音からは信じられないほどに優しく声をかけた。
「ええ、ちゃんと覚えているわ。ごめんなさいね、もう、貴方達に単位を返してあげられないかもしれない」
「今さら単位なんていいですよ。さっき聞いちゃったんですけど、あんな男と関わるなんて、なんか理由があるんですよね?」
「そうよ。でも、もういいの。これ以上一回生の子達を騙すのも辛いし、諦めるわ。ハンカチ、ありがとう。洗って返すわね」
そう言って去っていくクロエ先輩を引き止める言葉を俺達は持ち合わせていなかった。
しばらくクロエ先輩が歩いてく姿を黙って目で追っていた俺達だったが、やがてフレッドが口を開いた。
「どうするよ、エルっち」
「俺、久しぶりに頭にきた」
「奇遇だな、俺もだよ。女を泣かす奴は大っ嫌いだ」
「意見の一致だな。心強いよ。さっきクロエ先輩は形見を返してって言ってたよな?」
「言ってたな。返す条件に、単位を要求されてんだろうな。それさえ取り戻してやれば、クロエ先輩は晴れて自由の身になれるはずだ」
「問題はあいつが一人でやってるのかどうかってことだ。あんなに強いクロエ先輩を抑えつけるってことは裏にもっといると考えるのが自然だ」
「俺っちの予想だと、ワイルドバンチ辺りが絡んでる。新入生狩りを斡旋してるのは主にあいつらだからな。情報集めてきてやるよ。そこからはお前の仕事だ。ちょうどいいスキルがあるだろ」
「頼む。フレッドが得た情報を元に、俺がシンデレラで変身して潜入してくる」
「決まりだな。そんじゃ来たるべき決戦に備えて英気を養うか」
フレッドが差し出してきた拳に、俺の拳を突き合わせる。男同士の友情だ。
レベルの違う争奪戦を見せられてビビってる場合じゃない。俺は上級生を出し抜く!
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