第14話 計測しよっか

 アイシャの指示により部室を追い出された俺達は、バケツ片手に水を汲みに行っているわけだが、そこでフレッドがこんなことをきいてきた。

「イオナ先輩の胸、どうだったよ?」

 ものすごい真剣な顔をして言うものだからどんな質問かと身構えた俺がバカだった。フレッドはいつもどおりだった。


「まあ、うん、柔らかかったよ」

 おまけにいい匂いしたし。機械油の匂いに混ざって爽やかな石鹸の匂いがした。不思議と落ち着く香りだった。おかげで、あの密着状態でヤバい状態にならなかった。


「ちくしょー! エルばっかりずるいぞ! 俺にもラブでコメな展開をくれ!」

「そんなこと言われても」

「だいたいよー、お前幼馴染にアイシャちゃんがいるってだけでもずるいんだよ。そうかと思ったらサーシャちゃんにも粉かけるしよ。お次はイオナ先輩か?」

「失礼なこと言うな。別に粉なんてかけてない」

「嘘をつけ嘘を。実際お前、今のとこ誰が気になってるよ? 幼馴染で世話焼きっぽいアイシャちゃんだろー、ぽわぽわした癒やし系のサーシャちゃん。多少中身に問題はあるようだが、見た目はバッチリ快活機械系のイオナ先輩。よりどりみどりだ」

「俺はその手の質問には答えないことにしているんだ」

 誰を選んでもろくなことにならないのが目に見えている。


「ケッ。つまんねーの。痴話喧嘩が発生しておこぼれが俺にくるかと思ったのに」

「待て、その前提はおかしい。全員俺のこと好きじゃないと成立しないだろ」

「お前マジで言ってんのか? アイシャちゃんは当然としてサーシャちゃんも少なからずお前に好意をもってるぞ?」

「ウソだろ?」

「鈍感野郎は嫌になるぜ。その内刺されても俺は知らんからな。あーあ俺にも春がこねえかなあ。俺も可愛子ちゃんと青春したいぜ」


 グチグチ言うフレッドを伴って、バケツに水を汲んで部室に戻ってくると、見違えるほど綺麗になっていた。足の踏み場があるというだけでこんなにも違うのか。


「あ、やっと戻ってきた。水汲むだけなのになんでそんな時間かかるのさ」

「お花を摘んでました」

 こういう時サラっとそれっぽい嘘が出るフレッドを尊敬する。俺なら素直にだべってたと言ってしまうところだ。

「いやー二人のおかげでずいぶんキレイになったよ! さあ計測をしよう!」

「まだ雑巾がけが残ってますよ」

「後でいーじゃーん」

「ダメです」

 アイシャに言われてシュンとするイオナ先輩を見て、俺達がいない間に形成されたパワーバランスを垣間見た気がした。


 その後も、アイシャとサーシャ指示の元掃除を敢行し、1時間もした頃にはずいぶん部屋がすっきりとしていた。


「これ以上はきりがないから今日はここで切り上げよっか」

 アイシャの言葉に目を輝かせたイオナ先輩が「終わったー!」と言って、さも仕事した感を醸し出しているけどやったことといえば片付けた側から物を広げることくらいだ。つまり、完全な足手まとい。いや、それどころか仕事を増やすお邪魔虫だ。それにもかかわらず、なぜそんないい笑顔を振りまくことができるのか理解に苦しむ。

 まあ、それがこの人のいいところでもあり悪いところでもあるのかもしれない。


「じゃあ早速計測をしようか」

「そうだった。掃除ですっかり忘れてたけど、もともとの目的はそれだった」

「そうだよー。ほらほら、わかったら早いとこ計測しよう!」

 気を取り直して先程の事件現場、もとい紋章が書かれた床の中心に立つ。そして、先程と同じように計測器を身体につけていく。

掃除をしたおかげで、人が余裕を持って通れるスペースができたから、滞りなく器具の取り付けが完了した。


「はいこれ。計測用のプレート。今からこれに魔力を送り込んでもらうんだけど、いろいろ指示するからそれに従ってね」

「わかりました。もう送っても大丈夫ですか?」

「いいよー。計測開始っと。まずは自分の限界いっぱいプレートに魔力を送ってみて」

 言われた通りにプレートに全力で魔力を送り込む。計測用というだけあって魔力を送り込んでもなにも起こらないから、俺にはなにがどうなっているのかわからない。


「はいオッケー。次は2分割した魔力を同時にプレートに送り込んで」

 初めてやるからよくわからないけど、こんな感じだろうか。自分の中で二つの魔力を練って、それを同時にプレートに送り込んでみる。

「どう? 3分割とかもいけそう?」

「今のやり方であってるならいけると思います」

「やってみて」

 先程の分割数を3つに増やして送り込む。すると、イオナ先輩が「もっと分割できる?」と聞いてきた。

 頷き、自分にできる最大の分割数を意識してプレートに送り込んだ。


「なるほどね。じゃあ次はこの魔導具を使うから準備して」

 先輩から渡された剣型の魔導具にプレートを差し込む。

「プレートに計測用のスキルが入ってるから、そのスキルを発動させてみて」

 スキルが何かわからないままとりあえず魔力を送り込んでみたが、何も起こらなかった。

「何も出ないですけど」

「あー大丈夫、こっちでは起こってるから。次はそのスキルの変数を変えてみて」

「変数?」

「あれ、一回生のこの頃ってまだ講義でやってなかったっけ?」


 そういえば初回の講義でやったような気がする。うっすらと記憶に残っているけど、ここは知らないフリをして教えてもらおう。


「魔法ごとに決められた数値のことさ。例えばファイヤってスキルがあって、それの数値の合計値が5だとしたら、変数を変えないまま使用すると威力が3で速度が2になるみたいな感じ。それを変数っていうんだよー」

「なるほど」

「スキルの深淵に近づくと割り振られた数値とかが見えてくるんだけど、人によってその近づき方が違うから、もしわからなかった飛ばすよ?」

「ちょっとやってみます」

 スキルの深淵って言われてもわからないけれど、俺は昔から心身の統一はやってきた。それをスキルに向ければ――。


「見えました。変数は15ですよね?」

「そうそう。すごいじゃん。一回生でそれができるだけえらいよ。それじゃ次はそれをずらしていこうか。まずは10と5に分けてみて」

 俺の意識と融合したスキルの変数を10と5に分ける。イオナ先輩の反応を見るに、どうやら成功したらしい。

「それじゃ、次はちょっと難しいよ。5、5、5で分けてみて」

 一度コツを掴んでしまうと、さして難しさは感じなかった。特に意識を集中する必要もなく分けられた。


「ずいぶん簡単にやってるみたいだけど、エルくん学園に来る前から魔法に触れてたの?」

「いや、魔法に触れたのは学園に来てからが初めてですよ。ただ、アイシャの家にあった魔法について書かれた本を読んで、自分なりにトレーニングはしてました」

「なるほどそれでか。ちなみにどれくらい細かく分けられそう?」

「たぶん全部1で分けられます」

「またまたー。やれるもんならやってみなさい」

 1という数値を15個作るイメージで数値を変動させていく。流石に先程のように簡単にはいかなかったが、それでも神経を集中させればできた。


「うっそ。ホントにできた」

「そんなに難しいことじゃないと思いますけど。俺にできたんですから集中すれば皆もできますよ」

「いやいや、ホントすごいことだよ? ここまで細かく変数を動かせる人材は珍しいよ。いやーこれは魔導具の作りがいがあるってもんだよ!」


 そこまで手放しで褒められると背筋がこそばゆい思いだった。でも、今だにこれがそんなに難しいことだとは思えない。これで他のメンバーもできたら喜んでる自分が恥ずかしいな。

 その後も細々とした計測をやって、俺の番は終了した。


「ういうい。これでエルくんは終了だね。あ、そうだ。最後に聞くことがあった。エルくんは近接戦闘系? それとも遠距離で銃を打つタイプ?」

「うーん。どっちとも言えないですね。できるなら両方に対応できるのがいいです」

「わかったよー。それじゃ次の人どうぞー。ってもうこんな時間か」

 計測される身だったから気が付かなかったが、いつの間にか結構いい時間になっていた。このペースで全員をやっていたら日をまたいでしまうことになる。


「残念だけど今日はこの辺で終わりかなー。明日また来るよね? 他の皆はその時に計測するよ」

「それまでにまた散らかしといてください、先輩!」

 俺の事故を未だに根に持っていたのかフレッドがとんでもないお願いをした。せっかく苦労して掃除したというのに、なんてことを言うんだ。

「アンタはもう黙ってなさい!」

 アイシャのツッコミは今日もキレがいいなあ。なんて思っていると、イオナ先輩が「たはは」と笑っていた。


「さすがのあたしでも一日でそんなに汚せないよー」

「汚す気満々じゃないですか! せめてキレイに使おうって意識くらい持ってください!」

「善処しまーす!」

「行けたら行く並に信じられない!」

「まあまあ。汚れちゃったらまた皆さんでお掃除しましょう」

「サーシャちゃんは可愛いなあ! あたしの専属メイドさんにならない? 私生活のあれやこれやを手伝ってよー」

「前向きに検討しておきますね」


「それこそ行けたら行くみたいな感じじゃん! もー、あたし皆よりも先輩なんだぞー? 先輩はもっと敬いなさい」

「敬われるようなことをしてから言ってください!」

 完全にパワーバランスが形成されている。先輩が先輩していないから、見る人が見ればアイシャが先輩に見えることだろう。

「はぁ。いつまでもこんなことしててもしょうがないし、もう帰ろう」

 疲れ顔のアイシャの言葉に皆が賛成した。

そうして、俺達は帰路へとついた。

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