第13話 だいじょぶですか? イオナせんぱい
翌日、今日も今日とて俺達は真面目に講義を受けていた。
今日の講義内容は、創作系の魔法についてらしい。演習場に集められた俺達は、リーゼ教員が生み出した大型のアースゴーレムを前にしていた。
「見ての通り、私は今アースゴーレムを生み出しました。このプロセスを簡単に説明すると、プレートにプログラムされた紋章に魔力を送り、土という材料を用いてアースゴーレムという形を作った、ということになります」
リーゼ教員の作ったアースゴーレムは、以前フスコが作成したものとは比べ物にならないほどに巨大で、いかにも強そうだった。
「しかし、このままではアースゴーレムはただの大きな人形です。これを動かすには、別のスキルが必要になります。操作系というスキルですね。それを行使して初めて創作系の魔法で生み出された創作物は動き出します」
先生が例としてアースゴーレムの右腕を頭上に掲げさせた。その際、アースゴーレムに付着していたプレートを剥がし、操作系のスキルを新たに発動させていた。
「今、私は魔導具を使用していないのでこの程度のものしか作れませんが、適正のある者が魔導具を使用すると、もっと精緻なものが作成できます。スキルによっては絵本に出てくるお城とかも作れますよ。しかし、創作系魔法で作られた創作物は、あくまでも魔力によってその形を保っています。なので、溜め込んだ魔力が尽きると元の材料の姿に戻ってしまいます。こんな風に」
先生が作り出したアースゴーレムがドシャリと土塊に戻ってしまった。
「創作系魔法で生み出したものを使役する際は、貯蔵魔力に注意しましょう。魔力が尽きてしまうと、戦っている最中でも問答無用で元に戻ってしまいますからね。では、今日の講義はここまでです。解散して結構ですよ。質問のある方は個別で受け付けます」
一日5コマある講義の最後が終わった。講義から開放された学生達が、口々に今日はどこに行くだとかを話しながら教室を離れていく。俺達も、その例に漏れず雑談しながら教室を後にした。
「1コマ1時間半って長すぎだよな。全部の講義が終わるのが5時半ってのはちょいキツイぜ。詰め込むこと多いし」
通常の学園と違って魔法学を学ぶ場なのでそれはしょうがない。実践だとかの時間も考えると、1コマ1時間半でも教員側からしたら足りないくらいだろう。
「まあその分自由に講義入れれるわけだから、優秀な奴は空き時間つくるのも上手いんだろうさ」
「社会の縮図って感じがしてなんかやだなあ。そういえば、今日はどうするの? 早速部室行ってみる?」
「そうだな。特にやることもないし、入部届書きに行くか」
「そうしましょうか。私、部活って初めてなのでわくわくします!」
「おろ? サーシャちゃん部活初めてなん?」
「はい。私の住んでいた村は小さなところだったので、お勉強できるところといっても、あまり設備が整っていなかったんです」
「初めての部活が魔導具研究会かあ。スポーツ系の部活も見てみればよかったかもね。すごいよー、男子が汗を垂らしてやる青春ーって感じでさ」
「私知ってます! 熱血スポ根ってやつですよね。本で読んでいいなーって思ってたんですよお。でもでも、イオナ先輩も一生懸命部活してるみたいですから、これもスポ根?」
「いやスポ根ってスポーツ根性の略だから!」
「ほえ? でも熱血ってついてますよ?」
「いやうん、なんかもうそれでいいや……」
「すげーなサーシャちゃん。たった一言でアイシャちゃんを黙らせたぞ」
「まあ、愛されて育った証だろう……」
「んー?」
小首をかしげて、何をツッコまれているのかわかっていない相変わらずのサーシャに皆が謎の疲れを感じた頃には部室に着いていた。
扉の前に立ってノックをすると、「はーい」という昨日も聞いた元気な返事が返ってきた。
「こんちゃっす」
「おー! 皆早速来てくれたんだ! ちょっと狭いけど適当なところに座って座って!」
「……ちょっと?」
俺の知っている部室の10倍は軽くあるだろう広さの室内に、至るところに魔導具の材料なのか残骸なのかわからない物品が所狭しと雑多に置かれていた。おまけに、こんなに広い部室なのに、奥半分は製作途中の機巧人形らしき存在が占拠していた。
端的に言って足の踏み場がなかった。一応、申し訳程度に置かれた長テーブルと付随する椅子があったが、それすらも謎の部品が占拠していた。
「うわーこれは予想外……」
アイシャのみならず、他のメンバーも大なり小なりこの部屋の惨状にヒいていた。
「ごめんごめん。作成途中の魔導具が溜まっててさー後でやろうと思ってたらこうなっちゃった。椅子の上に置いてるやつとかどかしていいから、ちょっと待ってて。今お茶だすから」
皆が二の足を踏んでいる中、先陣を切ったフレッドが床に転がる様々な障害を避けてなんとか椅子までたどり着いた。しかし、
「どわああああ!」
目的地にたどり着いた油断からか、椅子の下に隠されていた球体の魔導具ですっ転んでしまった。しかも、コケると同時に頭上から大量の部品が雪崩落ちてきた。まるでコントでも見ているようだった。
「あちゃー。ダメだよ、不用意に尻もちつくと上から物落ちてくるよ?」
「さ、先に言ってくださいよ……」
フレッドの犠牲を無駄にしないため、俺達は慎重に慎重に椅子へと向かいしっかりと足元を確認した後、物をよけて着席することに成功した。
「ほいおまたせー」
この部屋の一体どこに給水設備があったのか知らないが、とにかくイオナ先輩がお茶を出してくれた。
「入部届書きに来てくれたんだよね?」
「そうっすね。この部屋の惨状を見て一瞬入部やめようかと思いましたけど」
「またそういうこと言うー。住めば都っていうんだし、慣れれば快適なんだよ?」
慣れたところで不便なのは変わらないと思う。決して都にはならないだろう。
「まあ快適かどうかともかく、入部しますよ。入部届ください」
「ほいな。今皆のプレートに入部届を送ったから、それにサインして。そうしたら自動的に部員になるから」
イオナ先輩から送られてきた入部届にサインをすると、すぐに学園から承認のメールがきた。どうやらこれで、俺達も魔導具研究会の一員になったということらしい。
「うんうん。これで部員が5人になった! それじゃあ早速皆の身体計測をしようか」
「身体計測?」
「そうそう。皆がどの魔法系統に適正があるのか、魔力の算出能力がどの程度かとか。それによって作る魔導具が変わってくるんだよ」
「あの、私、補助系の魔法しか使えないんですけど、大丈夫ですか?」
「だいじょぶだいじょぶ! あたしに任せなさい! あたしにかかればどんな魔法も完璧に使いこなせるようになるから! そんじゃお隣の部室へご案内~」
「え、部室ってここだけじゃないんですか?」
サーシャのみならず、皆が驚いていた。
「いっぱいあるよ。他にも実験室とか備品庫とか」
「どこの部もそんなに部室持ってるんすか?」
フレッドの疑問は当然皆も持ち得るものだ。一つの部がそんなに、それもこんなに広い部室を何個も持っていたらいくら広大な敷地を誇るアルドヴィクトワール学園といえど、いくら敷地があっても足りない。
「まさかー。ウチの部は結構実績挙げてたからねー。そのご褒美として学園からプレゼントされたんだよ」
「なんでそんな部が廃部の危機に」
「いや、先代の部長がいた頃は、あたしも結構魔導具の作成手伝ってたんだけど、いなくなってからはあの子にかかりっきりでさ」
先輩の視線の先には、一体の作成途中の機巧人形がいた。
「あの子の作成に夢中になってたから他の子が作る魔導具の手伝いをしてなかったのさ。その後、紆余曲折あって気がついたら部員があたしを残して全員別の部に移籍しちゃったんだ」
「手伝わなくなったからって普通移籍するもんですかね」
「いやーそれがその、あたしって結構ピーキーなのばっかり作るから修繕費とかで単位没収されたりもするんだよね。そういうのに巻き込まれたくない人がやめていったというかなんというか……」
「ピーキー?」
「使い手を選ぶのさ。魔導具の扱いが上手くない子が使うと爆発するね」
「……それって欠陥品なんじゃ」
「失礼な! ちゃんと使えればすごいんだよ! あたしの発明何回も学園に認められてるもーん! その倍くらい怒られてるけど……」
語尾が弱くなっていく先輩の言葉になるほど納得だった。きっと、部室が汚すぎるのとか、イオナ先輩に才能がありすぎて一緒にいるのが辛くなったとかそんな感じだろう。
「サーシャちゃん、私達で部室片付けよっか……」
「そうしましょう! 私お片付けは得意なんです!」
「いやー素晴らしい部員が入ってくれて感激だよ! じゃ計測室行こっか!」
隣の部室に移動したが、やはりというか当然のごとく計測室も物でごった返していた。
先程の部屋に比べると狭いが、それでも通常の部室の倍はある広さだ。そのせっかくの広さをイオナ先輩は物で埋め尽くしている。おかげで、広いはずの室内に5人も集まるとそこそこ窮屈に感じられた。
「それじゃあまずはエルくんからいくよー。そこに立ってて」
紋章が書かれた床の中心に立ち、先輩が次々と俺の身体に器具をつけていく。最後に、俺の背中に器具を取り付けようとしているのだが、思い切り密着してくるものだから先輩の胸が押し付けられている。おまけに、イオナ先輩の上はランニング一丁だから感触がダイレクトに伝わる。
「せ、先輩、胸があたってます!」
「んー? もうちょっとだから我慢して」
「いや、我慢って」
先輩には羞恥心というものがないのだろうか。恥ずかしさから思わず一歩後ろに下がると、床に転がっていた何かを踏んでバランスを崩してしまった。そうなると、後は先程のフレッドの焼き直しだ。俺はイオナ先輩を巻き込んで後ろに倒れこんでしまった。
「きゃあ!」
いろいろ付けられていたケーブル類が倒れたことで絡まってイオナ先輩と俺に完全に巻き付いてしまった。密着状態で身動きが取れない。
「す、すいません」
「だから我慢してって言ったのにー。これ一人じゃ解けないよ」
ガッツリ絡まってしまってどう動いても余計に身体が密着するだけだった。もはやお互いの吐息さえ感じられる距離だ。
「あーあーあーあー羨ましい展開! 腹立つぜ。エル俺と場所変われ!」
怒りを向けるだけで何もしないフレッドとは対照的に、女性陣は絡みついたコードを解きに来てくれた。
「はあ。今解くからじっとしてて。サーシャちゃんも手伝って」
「はーい。じっとしててくださいね~」
それから数分、アイシャとサーシャの尽力でなんとか脱出することに成功した。
「ようやく脱出できた! いやー密着してると汗かくねー」
さも運動をした後のように、爽やかな感じを醸し出しながら汗を拭うイオナ先輩だったが、俺からしたらたまったものではない。先程の感触を思い出して、変な汗が出てくる。
「なにスッキリした顔してるんですか! そもそもこんなことになったのはイオナ先輩が部屋を散らかし過ぎてるからですよ!」
ウガーと怒るアイシャにイオナ先輩はバツが悪そうに「いや、まあそうなんだけどさ」と言った。
「計測は後です! まずは部屋を掃除しましょう」
「そんなっ! 俺と先輩のラブコメは?」
切実なフレッドの叫びにアイシャはキッと鋭い目線を向けて黙らせた。
「まずは今必要なものとそうじゃないものにわけましょうか。後は紋章付近のものをよけて、ちゃんと後ろに回れるスペースをつくりましょう」
「そうだね。イオナ先輩、まず今必要なものを教えてください。それ以外のものを片付けますから」
「えー。片付けるの? 後でいーじゃん」
「だ・め・で・す!」
アイシャの剣幕にイオナ先輩はシュンとしながら「はーい」と言った。これではどちらが先輩かわからない。
「それじゃ掃除開始! 男子はバケツに水汲んできて!」
そうして、立場の逆転したアイシャとサーシャの指示に従って掃除を開始した。
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