第9話 模擬戦
今日でアルドヴィクトワール学園に入学して二週間が経った。真面目に講義を受けて、魔法学の基礎がある程度身についた今日、いよいよ講義で演習を行うらしい。
一回生合同で行う今日の講義は、演習場に一回生全員が集められた。そして、教員が何かを説明するよりも先に、いきなり剣と銃型の魔導具が全員に配られた。
一見どこにでも売ってそうなロングソードだが、ガードの部分に何かを入れるスペースがあった。それは銃の方も同じで、いわゆるよく見るハンドガンの形状だが、マガジンの部分を確認すると弾ではなくカード状の何かを入れるスペースになっていた。おそらく、プレートを差し込むんだろう。
この事前になんの説明もない感じにいい加減慣れなければいけないと思いつつも、説明くらいはしっかりしてほしいと思うのは俺だけだろうか。
「さて、本日は皆さんお待ちかねの模擬戦を行います」
演習場にリーゼ教員の声が響く。特設壇上に複数の教員がいるが、説明をするのは基礎魔法学のリーゼ教員が担当らしい。今日も変わらず、ともすれば学生に見える容姿だったが、立派に教鞭をとっている。
「入学から二週間が経ちましたので、皆さんもそろそろお友達ができたと思います。そこで、本日行われる模擬戦はチーム戦といたします。一対一の単位争奪戦が最初じゃないかーっていうツッコミがあるかと思いますが、今年の一回生はどうやらすでに多くの方が単位争奪戦を経験しているらしいです。なので、チーム戦を行います。これは学園側の決定ですのであしからず」
俺達以外にもこの時点で単位争奪戦を経験している一回生がたくさんいるのか。この間勝ったことで浮かれていたが、これはうかうかしていられないな。
「例年この模擬戦の講義を受ける前に退学になってしまう学生がたくさんいるんですが、今年の一回生は優秀ですねえ。教え甲斐があるというものです」
サラッと言ったけどたった二週間で例年そんな退学者がいたのか。絶対新入生狩りに問題があると思うんだけど、なんで学園は対策をとらないんだ。
「今回の模擬戦では2チームに別れて戦ってもらいます。それ以外のルールはありません。チームのメンバーが全滅してしまった段階で、そのチームの敗北が決定します。模擬戦ですので、負けてしまっても単位を失うことはありませんが、勝利チームには学園から単位の進呈がありますので頑張ってくださいね。それじゃあチームを組んでください」
先生が言い終わると同時に、各々がチームを組み始めた。
「エル、もちろん俺と組むよな」
「おう。頼むぜフレッド」
「私達も混ぜて」
フレッド、アイシャ、サーシャ、俺の4人チームができあがった。
「あ、そうそう。言い忘れてましたが、人数の上限は5人ですが、ご自分の実力に自信がある方はお一人で挑んでも構いませんからね」
「そんな奴いるのか?」
「いるみたいだぜ。見ろよ」
フレッドが指した先には金髪を後ろでくくった一人の男子学生がいた。一見するとあぶれてしまった人にも見えかねないが、何度か声をかけられても全部断っているようだった。
「あれどこかのお坊ちゃまだろ。変わってるねえ」
「まあ、気にしても仕方ないさ。俺達は自分のことを考えようぜ」
「今日皆さんにお配りした魔導具ですが、初めて触るという方も多いでしょうから使用は強制しません。各自戦いやすいように戦ってください」
魔導具っていっても基礎魔法学でサラッと説明されただけだから使い方もなにもわからない。今回は無用の長物だろう。
「では、プレートに指示を送りますのでそれに従って移動してください。今回はプレートからの開始宣言ではなく、教員が開始を宣言しますので各教員の指示に従うように」
プレートの指示によると俺達はこのまま第1演習場にいればいいみたいだな。他のチームを見てみると、隣の演習場に行ったり移動が大変そうだからラッキーだ。
「おや、私の担当はエル君達でしたか」
しばらくすると、リーゼ教員が俺達の前に現れた。まったく知らない教員ってわけじゃないからやりやすそうだ。
「ってか先生、俺の名前覚えててくれたんですね」
「はい。入学3日目でチーム戦とはいえ二回生に勝った有望株ですからね。講義も真面目に聞いてくれてますし、しっかりチェックしてますよ」
「はーやっぱりエルさんはすごいですねえ」
「サーシャさんですよね。あなたの名前もしっかり覚えてますよー。エル君と一緒に戦ったと記録されてましたからね」
「先生! 俺は?」
フレッドが割り込んでくるも、リーゼ教員は「?」というはてな顔をするだけに留まった。
「はいはい、フレッド君はその辺にしておきなさい」
「ところで先生、俺達の相手は?」
「もういますよ」
先生が指した先には、先程の金髪が一人立っていた。
「アベル君です。彼も一回生なのにもう上級生を倒しちゃってますからねえ、エル君達も頑張らないと」
「よろしくお願いする」
彼は、先程全員に配られたはずの魔導具を持っていなかった。代わりにレイピアを持っていた。それもやはり、ガードの部分にプレートが差し込めそうだった。たぶん、あれも魔導具の一種なのだろう。
「おいおい1対4かよ。勝負になるのかよ?」
フレッドの疑問はもっともだ。一回生のこの時点でそこまでの実力差はないように思うから、単純に数の多いこちらの方が有利だと思うのだが……。
「大丈夫ですよ。対戦相手のバランスは学園側がしっかりと調整していますから。では、ルールの確認をしますね。いずれかのチーム全員が戦闘不能と判断された時点で戦闘終了です。戦闘不能の判断はプレートが行います。普段の単位争奪戦とは違い、講義ですのでそれぞれにヒットポイントが割り振られています。それがなくなれば戦闘不能です」
根性で逆転という展開は起こらないわけか。あくまで講義ってわけだ。
「それでは準備はいいですかー? 始め!」
開始と同時にアベルは手にしたレイピアのガード部分にプレートを挿した。すると、刀身が青白く発光した。
それが合図だった。
「ブースト」
速い。以前サーシャが俺にブーストをかけた時とは比べ物にならない圧倒的俊敏さで体制の整っていないこちらに駆けてきた。そして、フレッドに狙いを定めると、あっという間にフレッドの身体にレイピアを突き刺した。
「ぐはあ!」
『フレッド・デューイ、戦闘不能』
「うっそだろおい! マズイ、全員散れ! アッシュ!」
フレッドが速攻で倒されてしまった。焦った俺はそこかしこにアッシュのスキルをかけて地面の土を灰に変えて、足でかき混ぜて即席の煙幕にした。他の二人がこれで上手いこと逃げられていればいいが……。
これが、完全近接戦闘系の人間の速さか。最適化された動きにバフがかかると、こうまで速くなるものなのか。
「きゃあああああ!」
今の声はサーシャだ。まさか。
『サーシャ・ブレッド、戦闘不能』
最悪だ。始まって5分と経っていないのにもう俺とアイシャしかいない。
相手が近接戦闘系で、しかも身体強化のバフ持ちだと俺のスキルじゃとてもじゃないが勝てない。頼みの綱はアイシャの攻撃系スキルだけだ。
「アイシャ、聞こえるか?」
プレートの通話機能を使い、小声でアイシャに話しかける。
「聞こえるよ。どうしよう、もう私達しか残ってないよ?」
こうして話している間も、手当り次第地面を灰に変えて目くらましにしているが、それもいつまで持つか。
「お前の攻撃系魔法に賭ける。なんとかして俺が隙きをつくるから、俺ごとアベルに撃て」
「わかった。私の魔法、チャージ時間が長ければ威力が上がるみたいだから、頑張って!」
「よっし行くぞ! アベル、俺はここだああああ!」
「っ!」
一瞬で居場所を察知して接近してきたアベルの一太刀を間一髪のところで避けれた。狙いがまっすぐだから、アベルの視線に集中すれば避けれないことはない。
「うおおおおお」
「甘い!」
だが俺のそんな考えを否定するように、地に足をつけたアベルは高速で突きを放ってきた。とてもじゃないがこれは避けられない。幸い速さに集中した攻撃だから、一発二発くらった程度では戦闘不能判定にはならないらしい。
もうこうなったら被弾覚悟で相手の背後を取るしかない。
「死なばもろともだ!」
腕で致命傷判定になりそうな部分だけ守って根性で羽交い締めすることに成功した。
「今だ! 撃てアイシャ!」
「うん! ファイヤブレイク!」
しかし、アイシャのスキルが発動する寸前にアベルは俺の拘束を逃れてしまった。
やはり、バフのかかった近接戦闘系に素で挑むのは無謀だったのだ。
アベルに当たるはずだったアイシャの魔法は、代わりに俺が全身で受け止める形になってしまった。凄まじい熱波と衝撃に俺の身体が跳ねる。
なんつー威力だ。模擬戦じゃなくても普通に戦闘不能判定になっててもおかしくない。もっとチャージすればこれよりも威力が上がるなんて、信じられない。
『エル・グリント、戦闘不能』
「くっそう!」
こうなってしまっては、魔法の発動にチャージが必要なアイシャ一人では勝ち目があるはずもなく、その後すぐに、俺達のチームの敗北がリーゼ教員の口から宣言された。
「惜しかったですねえ。あそこでアイシャさんの魔法がアベル君に当たっていれば、エル君達のチームの勝ちでした。実にいい勝負でした。ですが、勝負は勝負です。勝者であるアベル君には学園より6単位が進呈されます。これからも頑張ってくださいね。では、今日の講義はここで終了です。解散して結構ですよ」
先生は惜しかったと言ったが、圧倒的な実力差というものを感じさせられた。それは、他のメンバーも同じなようで、皆沈んだ表情をしていた。そんな中フレッドだけは明るい表情を崩さなかった。
「なんだよなんだよ、一回負けたくらいでさ! 模擬戦なんだし、単位を失ったわけでもなし、退学が決まったわけでもないんだから、明るくいこうぜ!」
「そうは言ってもなあ。やっぱり、クルものがあるぜ」
「ぜんぜんだめでしたね……」
「そうだな、このままじゃダメだ」
「でもどうすればいいんだろう」
やはり、皆の表情は暗いままだった。
アベルは今日いきなり配られたはずの魔導具を完璧に使いこなしていた。というよりも、そもそも学園支給のものじゃなかったから、事前に研鑽を積んでいたんだろう。
アベルに限らず、他の勝利チームもスキルを購入していたらしい。冷静に考えて初期スキルだけで勝ちにいこうというのは無謀だった。
完全に、常日頃の努力の差が出た結果だった。
「しょーがねえ奴らだなあ。じゃあこうしようぜ! ちょうど明日生徒会主催のイベントがあるんだよ。部活とクランを紹介するやつだ。それに行って、上級生に相談してみようぜ!」
「部活はともかく、クラン?」
「んー、簡単に説明するとチームみたいなもんだよ。このメンバーで卒業まで頑張りましょうみたいなさ。その辺も明日詳しく説明してくれるさ」
「そっか。じゃあ、明日絶対行かなきゃだね」
「そうですね。明日それに参加して相談してみましょう」
「決まりだな! じゃあ明日は全員で生徒会主催のイベントに行くってことで、よろしく!」
「それじゃあ、私達はこっちなので」
「ああ、また明日な」
考えることが山程あるが、むしろその方がいいのかもしれない。悩むからこそ、人は成長する。だからきっと、これも成長の過程で必要なことなんだろう。
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