第8話 祝勝会

「そんじゃ、あらためてカンパーイ!」

 フレッドの音頭に各々が手にしたグラスを掲げる。

「皆さん、あらためて、ありがとうございます。こんな私のために頑張っていただいて、本当にありがとうございます。皆さんがいなかったら、今頃私は村に戻るために荷物をまとめているところでした」

 佇まいを正したサーシャは、俺達に向かって深々と礼をした。


「水臭いこと言うなよ。俺達もう友達だろ? だったら、一言ありがとうでいいんだよ」

「そうそう。エルの言う通りだぜ」

「でも、どうして出会ったばかりの私を助けてくれたんですか? 人助けがお好きなんですかあ?」

「俺はサーシャだから助けたんだよ」 


 俺の言葉を聞いた三人の反応はそれぞれ異なっていた。サーシャは頬を赤らめて、フレッドは「言うねぇ」と言い、アイシャは頭を抱えていた。


「ひゃわ~恥ずかしいですぅ」

「エルお前、そんなクサイセリフ言う奴だったんだな」

「別にクサくないだろ。当たり前のことだよ。誰でも助けるわけじゃない。皆を助けようとしても、どうしたって手のひらからこぼれていくからな。それに、サーシャは完全な被害者だ。助けるのは当たり前のことだよ」

「あ、そういうことだったんですね……」

「あーやだやだ。こんなのが幼馴染だなんて」

「なんだよお前ら、寄ってたかって人を攻撃してくるなあ」

 俺としては至極当たり前のことを言っただけのつもりなんだが……。


「まま、いつまでもエルをいじめててもしょうがないし、今日は普通に騒ごうぜ」

 釈然としないものを感じつつも、空気の読める俺は場のノリに乗ることにした。

 テーブルに置かれたケーキやステーキは、どれも華やかで、食欲をそそるものだった。

 こうして見ると、ショコラはカフェというよりも、なんでも屋みたいだな。学生達のたまり場となる日もそう遠くないだろう。


「あ、サーシャちゃんケーキ一口ちょーだい」

「いいですよ。アイシャさんのも一口ください」

「もちろん。はい、あーん」

「あーん」

 女性陣二人がケーキを食べさせ合っているのを見てフレッドは鼻息を荒くしていた。


「いやー女の子が百合百合しているのはいいですなあ」

「お前ほんと女好きなのな」

「そらそうよ。実は女好きが高じて本書いてたりして」

「どうせエロ本だろ」

「バカ野郎! エロ本じゃねえよ! 芸術だ!」

「あーたしか芸術研究会とかいう部活があったような。そこに入部してみれば?」

「あそこはダメだ。芸術がなんたるかをまったく理解していない。俺の芸術性を認めてくれる部を探してるんだが、なかなかなくてな。お前知らない?」

「俺が知るかっての。そもそもまだ部活入るか決めてないからそんな詳しく調べてないし」

「ダメだぜ~バラ色の学園生活を送るには部活は外せない要素だ」

「灰色の青春の間違いだろ」


 グイグイと身体を寄せてくるフレッドを肩で押し返しながら喋っていると、サーシャがコトり、とグラスをテーブルに置いた。別段大きな音でもなかったけど、なぜか全員の視線がサーシャに向かった。


「私、この学園に来て初めて楽しいって思いました。それもぜんぶ、皆さんのおかげです」

「なんだよ突然、あらたまって」

 フレッドの疑問はもっともだ。いい感じの雰囲気になっていたところに、面と向かって礼を言われると照れくさいものがある。


「私には魔法の才能がありません。この学園に入学できたのだって、村でたまたま一番魔力の扱いが上手かったから、みんなにおだてられて、勉強を一生懸命やって、その結果たまたま入学できただけです。他の皆さんは一回生なのにすごい魔法が使えたりして、やっぱり私はダメなんだなって思ってました」

「そんなことないよ。この学園に入学するのは並大抵の努力じゃ叶わないんだから、サーシャちゃん頑張ったんでしょ?」


 アイシャの言う通り、この学園の入学試験は通常の学園のものに比べて幅広い知識が求められる。俺はたまたまアイシャの家の蔵書を読み込んでいたおかげで滑り込めたが、田舎出身のサーシャにはそんな機会がなかったはずだ。だからきっと相当努力したはずだ。

 しかし、俺のそんな思惑とは別に、サーシャは首を横に振った。


「アイシャさんはお勉強ができますし、エルさんだって機転がきいて、今日みたいに上級生の方をやっつけちゃいました。フレッドさんも…………」

 そこまで言ってサーシャは止まってしまった。なんともいえない空気が周囲に漂ったが、何かを言おうとするフレッドに「まあまあ」と言い、話しの続きを促した。


「それに比べて私は、お勉強もあまりできませんし、単位争奪戦だって怖くて一人じゃできません。だめだめです」一瞬俯いたサーシャだったが、再び顔を上げた時には、その瞳には力強い何かがあった。「だけど、そんな私とは今日でおさらばです! 私も皆さんを見習って、この学園でなにかを成し遂げます!」


 サーシャの決意表明に一瞬場が空白に包まれたが、それも本当に一瞬だった。すぐにフレッドが、ついで俺とアイシャが拍手と歓声でサーシャの決意を受け止めた。


「いよっしゃあああ! サーシャちゃんいいこと言う! 俺っちも見習わないとな!」

「いよ! 私も応援してるよー!」

「そうだな! サーシャの言う通りだ。俺もなんだかやる気に満ちあふれてきた!」

 俺もサーシャを見習ってアイリのためにという決意をより強固なものにするぞ。お兄ちゃんは頑張るぞ!

「皆さん、ありがとう、ございます……」

 どこかいいしれぬ不安を抱いていたんだろう。サーシャの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。

「おいおい泣くなよー! 今日はめでたい日なんだからさ! もっと騒ごうぜ!」

「フレッド君にしてはいいこと言うじゃーん!」


 皆の姿を見ていると、俺も心が温まる思いだった。俺自身、競争の激しいこの学園で友達ができるのだろうかという不安があったのかもしれない。だけどそんなものは杞憂だった。いいヤツってのはどこにでもいるものだ。


「あ、そうだ! そういや俺らってまだ連絡先交換してないよな?」

 言われてみればそうだった。せっかくプレートに通話やメールができる機能があるのだから、活用しなければもったいない。

「そういえばそうだったね。いい機会だし交換しよっか」

 皆でプレートを出して連絡先を交換しあった。アドレス帳に連絡先が追加されると、なんとなくプレートを使いこなしている感がでた。


 こうしてワイワイ楽しく進んだ祝勝会だったが、宴も終わりに近づくと、今後の予定というものに話題が切り替わっていった。


「アルバイトどうします問題だ」

 そう題された議題だが、実際問題頭を悩ませる問題だった。三日目にしてそこそこ散財してしまっている今、この問題は早急に解決しなければいけない。飢えて死ぬことはないが生活水準が著しく下がってしまう。


「あ、それなら女性限定ですけどいいアルバイトがありますよ」

「どれどれ?」

 サーシャが差し出したチラシを全員で見る。内容は……。


『初心者歓迎! 一時間3万アルドコイン! 個室でお客様に接客してもらう簡単なお仕事です。当店支給の可愛い制服(下着含む)であなたの魅力を発揮しましょう! 尚お客様とのトラブルについては当店は一切の責任を負いません』


「これってふうぞ――ぐぼ!」

 言いかけたフレッドの口をアイシャの右ストレートがふさいだ。

「いや、これはダメだろ」

「どうしてですか? 私、接客なら自信ありますよ!」


 そんなに胸を張って言われても困る……。たしかに君の大きなお胸なら引く手数多だろうけど……。

 どうしよう。こんなキラキラした目の純真な子に真実を教えるなんて俺にはできない。ていうかなんで学園に風俗が存在してるんだよ。常識的に考えてアウトだろ。学園側はなにをやってるんだ。


「と、とにかく! サーシャちゃんはこんなバイトしちゃダメ! 私ショコラで働こうと思ってるから、一緒にやろ?」

「あ、それいいですね! 私も可愛い制服着てみたかったんですよ~」

「俺らはどうするよ?」

 フレッドに問いかけると、彼は懐から一枚のチラシを取り出した。


「なになに、体力に自信あるヤツ求む! 鍛え上げた肉体で一緒に学内を修復しよう? なんだこれ」

「よーはガテン系だな。ほら、うちの学園ってそこかしこで単位争奪戦やるじゃん? そうすると建物がまー毎日どっかしら壊れるわけよ。それを直す仕事」

 言われてみればたしかに。今日行われた単位争奪戦ですら、フスコが使ったアースゴーレムのせいで地面がえぐれてたしな。考えてみればそれを直す人は必要だよな。


「仕事中だけ学園側が修復系のスキル入ったプレートを貸し出してくれるから、魔法使う練習にもなるし、日払いだから好きな時に行ってコイン貰って帰るってことができるわけよ。毎日ボコスカ壊すもんだから万年人手不足だから歓迎されるぜえ」

「いいな、そのバイト。俺もやるよ」


「よし決まり! このバイト時給もいいからなー。その分キツイらしいけど、まあエルと二人なら大丈夫だろ!」

「ま、お互い頑張るか。そういえば、ってわけじゃないけど、学生街では単位争奪戦やってる奴いないよな。なんでだ?」

「知らないのか? 学生街での単位争奪戦はご法度なんだぜ。壊れちまったら営業できないからな。一応学園の規則上はやってもいいらしいけど、始めたら速攻で自治会なり生徒会なりがすっ飛んできてお縄だ」


「へー。やっぱり、生徒会とか自治会に入る人って強いのかな」

「そりゃそうだ。取り締まる側が相手よりも弱かったら話しにならんからな。特に現生徒会長は学内最強って噂だ。一対一の単位争奪戦では一度も負けたことがないらしい」

「ロードオブカナン優勝筆頭候補か」

「んや、てわけでもないらしい。一人でなんでも完結しちゃってるから、カナン戦みたいなチームの結束力が試される系の勝負だと最強とは限らないっぽいぜ」

「チームか。俺達も、学年1のチームになれるようにならないとな」

「相変わらず目標が高いこって」

「こらこら、いつまでも男同士で話してなーいの。今日は祝勝会なんだから、皆で楽しまないと!」

 アイシャの言葉に「だな」と返して再び和やかな雰囲気に浸かった。

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