第2話 初めての単位争奪戦

「ふぅ。危ないところだった……」


 しかしここで問題が発生した。手を洗いトイレを後にしたのはいいが、道中ダッシュで駆け抜けてしまったため、大講堂の場所がわからなくなってしまった。


 更に悪いことに、急いでいたため事前配布された学内マップが書かれた地図を置いてきてしまった。やっちまった……。


「くそう……大講堂はどこだ……」


「あら、貴方新入生?」


 学内をウロウロしていると、サラサラと揺れる艶やかな黒髪ロングの長身美女に声をかけられた。


 どことなく高貴な雰囲気を纏う彼女に現状を説明すると、ありがたいことに大講堂まで案内してくれると言ってくれた。


「ガイダンスの途中で迷ってしまうなんて貴方も災難ね」


「いやーほんと参りましたよ。危うく初っ端から躓くところでした。ところでおねーさんは上級生ですか?」


「ええ、二回生のクロエよ。貴方のお名前は?」


「エルです。エル・グリント。いきなり上級生の、それもとびきり美人のクロエさんみたいな人と知り合えて心強いっす」


「お世辞が上手いわね」


「いやいやほんと、美人ですって!」


 俺の言葉に、クロエ先輩はやはり上品に「ふふ」っと笑った。


「ところで、貴方プレートは持ってる?」


「持ってます」


 事前資料に同封されていたものだ。資料用の封筒の中にわざわざ別口で「重要」と書かれた封筒に入れられて、プレートに関する資料と共に入っていた。絶対に無くすことのないように、と書かれていたので学生服の内ポケットに入れている。


「見せてもらってもいいかしら?」


 頷き、内ポケットからトランプと同程度のサイズの長方形のプレートを取り出した。


 少し透けた銀色の特殊金属で出来たプレートには、学園の紋章が描かれているだけで、一見すると少し変わった学生証のようなものとしか思えない。


「今何単位持ってるの?」


「単位?」


「この学園は卒業するのに一定数の単位が必要なのよ。貴方にも入学試験の点数を参照した単位がすでに付与されているはず」


「どうやって見るんですか?」


「ステータス表示と念じるだけで見れるわ」


 言われた通りに念じてみると、自分の名前と8単位という所持単位数、1万アルドコイン、そして、所持スキル名「アッシュ」という文字が空中に浮かび上がった。


 クロエ先輩はそれをサラッと覗きこんできた。その際、はらりと垂れた髪から柑橘系の爽やかな匂いがしてドキッとした。顔に出ていないか少し心配だったが、クロエ先輩は「ふうん」とだけ言って離れて行ってしまった。


「ねえ、貴方さえよければ学園のシステムを他の学生よりも先に教えてあげましょうか」


「システム?」


「この学園の肝となる『単位争奪戦』よ。私が実戦形式で教えてあげるわよ?」


「マジっすか?」


「ええ。そうすれば、貴方は他の学生よりも一歩進んだ状況から始められる。どう?」


 ガイダンスにこれ以上遅れてしまうのは避けたいが、あっちはアイシャが真面目に聞いてくれているだろうし、ならば、ここで周囲よりも一歩先に進むことができる選択肢をとるべきだろう。


「ぜひお願いします」


「いい返事ね。じゃあ、今から私が言う言葉に『はい』と答えてくれればいいわ。それで単位争奪戦は始まる。そこから順を追って説明していくから。プレートを手に持って」


「わかりました」


 クロエ先輩も学生服の内ポケットからプレートを取り出した。


「ルールはどちらかのギブアップ宣言。ベッド単位は7単位。私と、『単位争奪戦』しましょう?」


「はい!」


『単位争奪戦の同意が得られました。これより単位争奪戦を開始します』


 俺が返事をすると同時に、手にしたプレートが急に機械音声を発した。


『ベッド単位数は7単位。勝利条件はどちらかのギブアップが認められた場合となります。開始まで10秒、9、8』


「貴方、身体は固い方?」


「ん? 比較的柔い方だと思いますけど」


「そう。残念だわ。少し手荒になるわよ」


『2、1、開始』


「パペットロープ! 彼の身体を極めなさい」


 クロエ先輩がそう言うと、ロープで出来た小さな人形達が無数にプレートから現れた。


「え、え、なんだよ!」


 混乱する俺を他所に、人形達は一斉に俺の身体へと群がり、俺の腕の関節を極めた。足の自由も奪われたせいで、地べたに這いつくばる形になってしまっている。


「イデデデデ! クロエ先輩、もうちょい優しく教えてください! 痛いっす!」


「貴方、まだ状況を理解していないの?」


「なんの話しっすか!」


「単位争奪戦なのだから、どちらかが単位を失うのは明白でしょう? 貴方は今、私に単位を奪われようとしているのよ。つまり、騙されたの」


「マジかよ!」


 言われてみれば確かにそうだ。争奪戦なのだからどちらかが奪われるのは明白。上級生からの「教えてあげる」という言葉から勝手に説明のようなものだと解釈していた。


 クロエ先輩は実戦形式でと言っていたのだから今の状況になるのは目に見えていた。


「さあ、痛いのは嫌でしょう? 早くギブアップを宣言なさい。そうすれば終わるわ」


 地べたに這いつくばる俺に、下着が見えないように綺麗にスカートを内に折りたたみながらしゃがみ、顔を近づけて言うクロエ先輩。


 ギブアップを宣言しようと思ったのだが、悲しいことに、その際クロエ先輩から先程もふわりと漂ってきた柑橘系の爽やかな香りがして顔が緩んでしまった。が、どうやらそれが悪い意味に取られたようで、先輩は人形達に更なる命令を加えた。


「残念だわ。せっかく手加減してあげてるのに。パペット達、もっと痛くしてあげなさい」


 クロエ先輩の命令を受けた人形達はさらなる力で俺の関節を極めにかかった。


「ギブギブギブ!」


『ギブアップが確認されました。勝者、クロエ・アイフィール。勝者には7単位、及び学園からのインセンティブとしてアルドコイン1000コインが移乗されます』


 プレートからその言葉が発せられてすぐ、クロエ先輩は俺にかけていた魔法を解いた。


 まるで最初からそこには何もなかったと言わんばかりにパッと消えた人形達。それもあってか、俺の頭は未だ事態を把握できないでいた。


「貴方の単位、頂いたわね。これから大変でしょうけど、真面目に勉学に励むことね。それから、大講堂はそこの角を右に曲がって少し行ったところよ。それじゃ」


 あっけにとられている俺を他所に、クロエ先輩はそう言い残し颯爽とこの場を去っていった。


 唯一わかるのは、ガイダンスを抜けたことで周囲よりも一歩遅れている俺が、更に一歩遅れてしまっただろうことだけだ。

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