第一章 忘れ形見

第1話 罪はないんです。

 ようやく王立アルドヴィクトワール学園の入学日がやってきた。この日をどれほど待ちわびたことか。


 辛い受験を乗り越えて、学園からの合格通知が来た時は両親も妹も自分のことのように喜んでくれた。だけど、入学はあくまで通過地点だ。俺はこの学園で成績優秀者のみが参加を許されるロードオブカナンで優勝しなければいけない。


「ようやくだね。緊張なんてしないと思ってたけど、いざ入学ってなると緊張しちゃうな」


 隣を歩く幼馴染のアイシャが言った。少し風のある今日は、彼女の綺麗な金髪が風になびいている。入学という緊張も相まって、なぜか物悲しさを覚えた。


「俺も緊張してる。ようやく掴んだチャンスだから失敗できないしな」


「そうだね。アイリちゃんのためにも頑張らなきゃ」


 そうだ。俺は頑張らなきゃいけないんだ。待ってろよ、アイリ。お兄ちゃんは必ずロードオブカナンで優勝して、お前の病気を治してみせる。


「今日はアイリお手製の料理も食べてきたからな。気合はバッチリだ」


「え!? アイリちゃんの料理食べたの?」


「ああ、相変わらずだったが、しっかりと愛情を受け取ってきた」


「……お腹大丈夫?」


「……たぶん」


 とても可愛い目に入れても痛くない俺の妹にも欠点というものは存在する。それは、料理が壊滅的に下手だということだ。本人もそれは自覚しているらしいのだが、可愛い妹が作った料理を残すなどという選択肢は俺には存在しない。しっかりと完食してきた。


「大丈夫ならそれでいいんだけど……」


「それよりも、ボヤボヤしてたらガイダンスに遅れるぞ」


「そうだね、ちょっと急ごうか」


 毎年新入生の数が千人を優に超える超マンモス学園であるアルドヴィクトワール学園では、新入生のみを対象としたガイダンスを行うにも、その際に移動する人数の桁が違う。時間に余裕を持って出てきたとはいえ、迷ってしまわないとも限らない。


 早足で開催場所の大講堂に向かう道すがら、すれ違った人達の中にはこの国の人間ではない人も多々見られた。マンモス学園ならではという感じだ。


 大講堂に着くと、すでに結構な数の人間がガイダンスの開始を待っていた。空いている席を見つけ、アイシャと隣同士で座った。それからしばらくすると、教員が教壇に立ちガイダンスの開始が宣言された。


「こんにちは。本日のガイダンスでは、当学園の設立目的、当学園独自制度である単位争奪戦についての諸々のルール、当学園で生活にするにあたっての注意事項を説明します」


 遅れて入室してくる学生が続々といるが、教員は一瞥もくれることなく粛々と説明を続ける様子だった。


 事前配布された資料に学生の自主性を重んじると書いてあったけど、自主性とは自由であり、裏返せば責任は自分でとれということなのだろう。だから、教員は通常の学園とは異なり遅刻者にも何も言わない。


「近年発見された魔法技術により、こうしている間にも社会情勢は目まぐるしく変化しています。人間の加工技術が石から金属へと変わっていったように、現在ではほぼ全ての社会生活が魔法を活かしたものとなっています。王国が擁する魔法兵団などはその最たるものです。そうした情勢を鑑み、現在の社会情勢に適した優秀な人材を世に多く排出する、を理念に当学園は国の要請を受け、設立された経緯があります。なので、国主導で作られた職業訓練校のような側面もあります」


 アルドヴィクトワール学園のウリ文句として、卒業すれば良い職につけると書いてあったのはそういうことか。なんて考えを、教員は「しかし」と遮った。


「当学園は自主性を重んじます。それは裏を返せば自由を尊重するということです。なので、その時の気分次第で講義を受ける受けないも学生の自由です。その結果、進級、卒業に単位が足りないという事態に陥っても、学園側からの救済措置はないものと思ってください」


 卒業するだけで、周りよりも有利な状況で就職先を決められるんだもんな、それくらいの厳しさはあって然るべきなのかもしれない。


「さて、皆さん気になっているでしょう当学園最大の目玉、王国主催のチーム対抗戦『ロードオブカナン』についてお話します。参加資格は、学園が成績優秀であると認めた者。そして、参加資格者が募ったチームメンバーのみです。優勝チームには、王国より爵位と任意の褒賞が与えられます」


 町医者では到底治すことのできないアイリの病気を治すためには、ロードオブカナンで優勝して王国に妹の治療をお願いするしかない。だから、この話を聞き逃すわけにはいかない。


「当初は、通称カナン戦での優勝を狙って学園での生活を送る学生が多いですが、学園で過ごす内に、各々が進むべき道というものが見えてくるはずです。先に話した当学園の理念通り、優秀な人材となりうるのであれば、学園は全力を挙げて応援します。しかし、皆さんがどのような道を通って各々の目標へと進むかは学園が示すことはありません。あくまで当学園は学生の自主性を重んじるに――」


 ぐっ! こんな大事な話をしている最中に急な腹痛が……! 最悪だ。脳裏をよぎるのは今朝食べたアイリのお手製料理。いやいや、アイリにはなんの罪もない!


「アイシャ」


「ん? どーしたの? ってすごい脂汗、大丈夫?」


「俺はトイレに行ってくる」


「やっぱり今朝食べたアイリちゃんの料理がいけなかったんじゃ……」


「そんなことはない!」


「しょうがないなあ。話は聞いておくから、行っておいで」


「すまん、ありがとう」


 席を立ち、そそくさと端の方に待機している教員にトイレの場所を伺い、大講堂を出ると同時にダッシュでトイレに駆け込んだ。



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