第3話 ガイダンスの続き


 不幸中の幸いか、クロエ先輩に騙された俺だったが、どうやら先輩が騙したのは単位争奪戦についてだけだったようで、大講堂への行き方は正しいものを教えてくれた。おかげで、途中からとはいえ再びガイダンスに参加することができそうだった。


 大講堂に入室し直して、アイシャがいる場所に戻る道すがら、なぜかやたらと青い顔をした人間がたくさんいるのが見えた。


 そうした人間達の中でも特に目立ったのは、ゆるふわ系のえらい可愛い子だ。


 美人ではなく可愛らしい。内向きにカールした茶髪と、おっとりとした瞳に小柄な身長も相まって、彼女の周囲だけマイナスイオンが発せられているように錯覚する。

そんな子が、青い顔をしながらぷるぷると震えていた。ただでさえ可愛いから目立つのに震えているから尚目立っていた。


 まさか俺みたいに急な腹痛に襲われた人間がこんなに大勢いるのだろうか。であれば、すぐにでも教員に言ってトイレに行けばいいのに。なんてことを思いながら、俺はアイシャの隣に腰を下ろした。


「ずいぶん遅かったじゃん」


「ちょっとトラブルに巻き込まれてた。後で話すよ」


「ふうん。結構大事なこと話されたから後で説明するよ。今はプレートに関しての説明してる。プレートを出して、ステータスって念じてみて」


「悪いな」


 あまり長いことコソコソと話していて入学早々目をつけられても困るので、言われた通りプレートを出してステータスと念じる。すると、先程も見た表記が空中に浮かび上がった。唯一違うのは、所持単位数のところが8単位から1単位へと変わっているところだけだ。


「プレートに、入学試験の成績を参照した単位とスキルが書いているはずです。一回生はこれをスタートラインとし、学業に励んでいただくことになります」


 1単位って割とヤバい状況なのでは? 明らかに周囲よりスタートライン後ろじゃん。そんな俺の心配をよそに、教員の説明は続く。


「当学園での生活にあたって必要なものは主に2つです。学業や後述の単位争奪戦によって獲得する単位、そしてもう一つがアルドコインの存在です。プレートに1万アルドコインと書かれているものがそれです。まずは、説明の簡単なコインから説明します」


 後悔してもしょうがない。まずはしっかり説明を聞こう。


「こちらは、簡単に言ってしまうと学内でのみ使用できる通貨です。全寮制のこの学園では、学食も用意されていますが、生協で食材等の購入も行えるようになっています。もちろん、生活必需品も。毎月、生活する上で最低限必要な分のアルドコインを支給しますが、生活を豊かにしようと思うとそれでは足りません」


「他にコインを得る方法はあるんですか?」


 気の早い生徒が、教員が説明を終えるより先に質問した。


「はい。アルドコインは、毎月支給されるものの他に、学園に貢献した者にその貢献度に応じたコインを支給する他、労働の対価として支給されます」


「具体的にはどういうものですか?」


「主な手段としては、学園が斡旋している各種労働に対する対価、つまりアルバイトです。それが一つと、学園が発行しているクエストをこなすことで学園に貢献したと認定され、貢献に応じたコインを支給します。他にも手段はありますが、それらは部活など、実績を残した者に都度与えられるものになるためここではあえて説明はしません」


 育ち盛りの身としては最低限と言わずに毎日好きな物を好きなだけ食べたいし、せっかく特殊な学園に来たんだからいろいろと楽しみたい。学業を第一とはしつつも、ほどほどに付き合って教員の言うように生活を豊かにできるように頑張ろう。


「学生間のコインの譲渡はできるんですか?」


「学園側としてはあまり推奨はしていませんが、可能です」


 大量にコインを稼いで金貸し業を営む奴とか出てきそうだな……。


「私にコイン貸してとか言わないでよ?」


「いざって時はアイシャ様の寛大なお心でなんとか」


「もう」


 ぷくーとわざとらしく頬を膨らませて怒ってみせるアイシャに俺はいい笑顔で答えた。


「次がもっとも重要です。進級、卒業するためには一定数以上の単位が必要です。その単位を得る方法としては第一に講義の存在です。座学や魔法実技を履修し、担当教員の認可を得て単位を獲得するのが地道な方法ですが、魔法実技をパスするためにはもちろんスキルが必要です。ですが、スキルを購入するのにも単位が必要です」


 なんという二律背反なんだ。どちらか一方に集中していては両方から振られてしまうというジレンマの中で俺達は単位獲得を目指さなければいけないのか。


 というか、これ卒業までに何年かかるんだよ。単位を取るために単位を消費して単位を取ってたんじゃいつまで経っても単位が増えないじゃないか。


 俺が覚えた疑問はやはり当然のことだったらしく、いち早く教員に近い位置に座った学生が質問をしていた。


「そうですね。講義だけで卒業を目指すとなると、学園のシステム上絶対に3年では卒業できません。そこで登場するのが単位争奪戦の存在です。当学園独自のシステムであり、もっとも重要な部分です。単位争奪戦とは、お互いが単位をベッドし、お互いの同意を得た上で行われる争奪戦です。勝者はベッドされた単位を獲得できる、というシステムです」


 そういうことだったのか。クロエ先輩には騙されたとはいえ、あの人の言っていることはほとんど本当のことだったのか。


 そうして食い合っていった結果強くて優秀な者だけが先に卒業していくという仕組みか。


 この仕組みのおかげで、アルドヴィクトワール学園の卒業者は皆優秀だという太鼓判が社会から押されるってわけだ。なかなか面白い仕組みじゃないか。


 待てよ。面白いとか言ってる場合じゃないだろ。俺もうすでに単位奪われてるじゃねえか。やべえじゃん。いや待て待て今は冷静に教員の話しを聞くべきだ。落ち着こう。


「単位争奪戦のルールですが、ここでは重要となる部分のみ説明します。単位争奪戦は大きく分けて二つあります。一つは個人戦、もう一つは人数制限無しの複数人で行われるチーム戦です。個人戦は、お互いでルールを決め合い、ベッド単位を決め行われるものです。チーム戦も、大枠のルールは変わりませんが、合計人数が10人以上の場合は事前に学園側に申請し、演習場を借りるなどの措置が必要です。制限として、個人戦は一日に一回のみ。チーム戦は一度行うと一週間行うことはできません」


 すでに一回クロエ先輩と個人戦を行っている俺は、今日はもう個人戦の単位争奪戦を行うことができないということか。


「いずれのルールにおいても、プレートが勝利宣言をした者が勝者となります。そして、単位争奪戦によって行われたバトルの内容等々によって、学園側からインセンティブとして単位ないしアルドコインの進呈がなされます。その他細かいルールはプレートの単位争奪戦の欄に記載されていますので、各自なるべく早い段階で目を通しておいてください」


 なるほど、そこで単位争奪戦が行える回数制限が活きてくるのか。何度でも行えたら戦いまくってインセンティブ単位で稼いで二人でそれを分け合って卒業、なんて方法も考えられるけど、それができない仕組みになっているわけだ。


「日を重ねる毎に、皆さんが使用するスキルもより強力なものになっていきます。そうなった際に致命傷、あるいは死亡という最悪の展開を避けるために、プレートには常に皆さんの魔力を循環させ、ある種のシールドを張る機能があります。怪我をしないとは言いませんが、プレートを所持さえしていれば少なくとも死ぬことはないでしょう。そうした意味もあるので、皆さん決してプレートを喪失するような事態にはならないよう気をつけてください」


 文字通り命がかかっているから命がけでプレートを守らなければいけないな。これがなければ学園で飯を食うこともできないし、本当に何もできなくなってしまう。


「尚、賭ける単位がない場合でも、相手の同意が得られれば退学を賭けて単位争奪戦を行うことはできます。その際の学園からのインセンティブについてはここでは説明しません」


 この制度を利用すれば困っている友人を助けることとかもできそうだな。最後にサラッと言ったことがなんか引っかかるけど、まあそんな日が来ないことを祈ろう。


「さて、全体の説明はここまでとなります。この後は自由時間です。学生個々人が必要と思われる行動を取ってください。なにかわからないことがあれば学生事務室などに聞きにいくように。それではご苦労様でした」


 つかつかと教室を退室していった教員を見送った学生達は、ぞろぞろと思い思いの行動を取り始めた。


「私達も行こうか」


「そうだな。自由時間みたいだからどっか落ち着ける場所に行って話しをしよう。今の説明聞いてて相談したいこともできたし」


「そうだね。エルがいなかった時の話とかもしたいし。学内にカフェとかあるみたいだからそこに行ってみようか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る