第二幕 幽霊掛け軸

 噺家の落語で始まった「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」今宵の特集は「幽霊画」である。


 いかにもはかなげで悲しい表情をした美しい女、

 子どもの亡骸を抱えて悲しい狂気にさまよう母、

 嫉妬に狂い鬼女と化した恋の妄執、

 血しぶき舞う残虐図絵、

 目がつぶれ唇を失い歯の欠けた歯茎を剥き出したもはや妖怪、

 九尾を持つ狐の変じた美女、

 なんだかよく分からない達磨、


 見るも恐ろしい物からなんとなく笑える物まで、まつわるいわく因縁と共に次々、それこそ丸山応挙の有名な二態の幽霊画から本邦初?となる珍品まで、バラエティーに富んで紹介されていった。

 恐ろしい幽霊画の数々であるけれど、スタジオはいつもとは大分違ってリラックスした雰囲気で楽しんでVTRを見ていた。出演者もひな壇のお客さんも全員浴衣を着て手にうちわを持っている。すっかり「日本の夏」という感じだ。


 しかしそれだけで終わらないのが悪趣味なこの番組。後半では「本当に危ない、呪われた幽霊画」が紹介された。

 T県S市、安仁寺という寺に保管されている幽霊画は、

「それを見ると、見た者やその関係者に必ず悪いことが起きる」

 という言い伝えで、決して誰も見てはならぬと巻いた軸絵に封印の紙帯が貼り付けてあった。


 テレビ本編の内容を紹介する前に撮影舞台裏の苦労話を披露しよう。


 見てはならぬと言われれば見たくなるのがこの番組の困ったディレクターで、見せてくれるよう、まだ跡を継いで間もない若い住職に頼み込んだ。

 いやいやこれはいけません、と断っていた住職だが、ひつこくじゃあせめて中身を開かないまでも現物を、と頼まれて、まあ中の絵を見ないなら、と全国放送のテレビカメラを前に三十代まだ独身の住職は厳かな顔で頷いた。まあたいへん失礼ながら、田舎町にある小さな丘の墓所の傍らに立つごく小さなお寺である。町おこしのお役に立てるならと自分の色気はさておき考えるたいへん良いお坊さんである。

 封印をなされたのは箱書きによれば昭和の初めである。絵は明治時代の物という。作者は菊水とある。お酒の名前みたいだ。

 さて、箱のふたを持ち上げて、

「これでございます」

 と手を差し入れ、軸の両端をそうっと持ち上げた住職は、カメラの前でもったいぶりすぎたのか、「あっ」と声を上げてコロコロ軸を転がし落とし、トンと畳に着いた拍子に、「ぶちっ」とすっかり茶色く薄くなった紙帯とすっかり紫が色あせた巻緒=結び紐とが同時に切れて、コロコロコロと、巻きが開いていった。

「うわああっ」

 住職は袂を翻して絵に覆い被さった。

 ハアハアと必死の様子で引きつった顔を上げ、

「見た?」

 と訊いた。しっかりカメラが構えられ、そのとなりに神妙に座って見守っていたディレクターは、

「はあ、ちょこっと」

 と答えた。

 住職は着物の下でくるくると軸を巻き取り、体を起こすと「コホン」と咳払いしてディレクターと向き合った。

 表でセミがジージーとうるさく鳴いている。

 平静を装う住職であるが、頬を赤く染めている。

「あの」

 とディレクターが問いかけた。

「見せてくれません?絵」

「駄目です」

「いいじゃないですか?」

「駄目ったら駄目です」

「そうは言ってもなー、ちらっと見えちゃったし」

 住職はああ蝉がうるさいなあと表を向いたが、じいいっと見つめるディレクターを嫌あ〜な横目で見て、ふうと鼻から息を吐いた。

「困るんですよおー、寺の秘宝なんですからあー」

「地元のお年寄りしか知らない秘宝じゃしょうがないでしょう? ここは一つぱあっとご開帳して」

「でもなあ〜〜」

 若い住職は煮え切らない顔でいじいじ言った。

「本当に祟るって言うんだもんなあ〜。俺……じゃない、わたしも子どもの頃は先代の住職にそう言って怖がらされたものです」

 先代住職である祖父が亡くなって急遽この孫が寺を継いだのだ。父親はサラリーマンで、この息子は頭を五分刈りにしているが額の生え際の両端がやけに鋭角に毛がないから、若い頃はヤンキーだったに違いない。寺を継いだのも勤めていた会社をリストラされたからだ。

 ディレクターは悪魔の誘いを囁いた。

「全国からマニアが押し掛けますよ? 拝観料取って公開したらどうです?」

「ううむ」

 大いに心動かされる住職であったが、最後の踏ん切りがつかない。ぼそっと言う。

「俺…、祟られたくないもんなー……」

「それじゃあ」

 ディレクターは膝を乗り出して言う。

「番組で検証させてくださいよ? 誰かに見てもらって、それでなんともなかったら、大丈夫、公開したらいいでしょう?」

「そうだなー…」

 住職は嬉しそうに皮算用する。いや待てよ、と思う。

「祟りがなかったら、偽物ってことになっちゃうじゃん?」

 めんどくさい住職だ。

「じゃあ取りあえず誰か…タレントに見せるだけ見せて、感想言わせて、さて祟りが起きるか起きないか……は後日の検討として適当にお茶を濁して誤魔化して、まあ取りあえず大丈夫そうだとなったら、見るのはよいですが当寺では何が起こっても責任持ちかねますよー?と裏返しの絵を自分でめくって見てもらうって形にしたらどうですか?」

 住職はおお!なるほど!とこの悪賢い大人の意見にポンと手を打った。嬉しそうに、

「誰に見てもらうんです? 可愛い女の子のタレントがいいなあー。俺、グラビアアイドルの村上幹恵のファンなんですよー?」

 とおねだりするようにデレデレ言った。

 ディレクターは、


(祟られろエロ坊主)


 と内心思いつつ素知らぬ顔で、

「それはこちらにお任せください。祟られたって平気で跳ね返すような人を連れてきますから」

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