霊能力者紅倉美姫23 笑う幽霊画
岳石祭人
第一幕 小噺「応挙の幽霊」
二代目三遊亭円楽に「応挙の幽霊」という噺がございまして。
骨董屋のところへ素人骨董好きの旦那がやってまいります。
骨董屋は一幅の掛け軸を
「これは『応挙の幽霊』なんでございますよ」
と勧めますと、勧められた旦那はえらく気に入り、「今は手持ちがないから」とそれでも相当の前金を払って、明日全額揃えて取りに来ると帰っていく。
実はこの幽霊画、応挙かどうかは分からないが、古物市で二束三文で買った物。
いやこいつあいい商売をしたもんだと、すっかり上機嫌の骨董屋は、これも幽霊さまさまでと酒とウナギを取り寄せて壁に掛けた掛け軸にお供えし、ああこれで妻が生きていたらばなあと往時を偲んで一席唄を歌ったりなんかしていると、はて?目の前の酒とウナギがちょいちょいとつまみ食いされているような。
すると一天にわかにかき曇り、生暖かい風が吹いてきたかと思えば、ジャジャンジャンジャンジャンと三味線の音と共になんと掛け軸から女幽霊が抜け出してきた!今ならテレビから出てくるところかというおふざけはよしにして、
女幽霊、「こんばんは。幽霊でございます」とていねいにお辞儀して、「久しぶりのウナギにお酒、おいしゅうございました。あの、おとなりに行って、もう一献、いただいてもよろしゅうございますか?」と、なかなかしおらしくも色っぽい。妻を亡くしてこの方女っ気とはとんと無縁のこの親父、幽霊だろうと見境なしに、「ああいいよ、いいよ、これもおまえさんが高く売れるおかげだ、さあさ、遠慮せずにやっとくれ」ととなりに招いて杯に酒をつぐ。「いただきます」と幽霊は美味しそうに酒を飲み、「さあさどんどんいっとくれ」と上機嫌の親父はついでやる。
杯を重ねた女幽霊は色っぽく親父の肩にしなだれかかり、「幽霊の絵なんてさあ、最初こそ、いい、なんて床の間に飾ってくれても、女子どもが怖いの気味悪いだの騒いで、二三んちもすりゃ丸めて戸棚の奥へ片づけられちまう。そのまま忘れられて染みが沸くし虫が食うし、まあさんざんな目に遭うのさあ。こうして表に出られて酒にウナギに供えられて、あたしゃ嬉しくてねえー」と身の上を語り、「そうかいそうかい。まあ明日はいい旦那に身請けしてもらって、たっぷり眺めてもらうがいいよ。さあさ今宵は前祝いに飲んだ飲んだ」と親父は酒を勧め、すっかり酔った幽霊、三味線弾いて都々逸なんぞ歌って楽しくやりだした。はあ〜ちょいなちょいなとすっかり親父も楽しくなって、酒を美味しく酌み交わし、二人ともへべれけに酔っぱらってしまった。
すっかり夜も更けて、女幽霊、「そいじゃあごちそうさま。ありがとう……あございました〜」と、なんだか怪しい様子で掛け軸の中に帰っていった。「はいはい、お休みなあ」と骨董屋の親父も大あくびをして手を振って、そのままぐーぐー眠ってしまった。
翌朝、チュンチュンすずめに目を覚まさせられて、そういえば昨日けったいな夢を見たなあと壁に掛けた掛け軸を見てみたならば、女幽霊、手枕に色っぽいお尻を見せて、向こうを向いてグーグーしとどに眠っていやがる。
さてさて骨董屋は腕を組んで、「旦那が来るまでに目を覚ましてくれりゃあいいがなあ」とすっかり困ってしまった。
お後がよろしいようで。
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