第72話

「ねえお母さん。玄関に靴が多かったけど誰か来てるの?」


 玄関を開ける音とともにそんな大きな声が聞こえてきた。


「はいはい。帰ってきたらただいまでしょう」

「あ、ごめんなさい。それで誰か来てるの?」

「ええ、寧々が会ったら喜ぶ人が来てるわよ」

「私が会って喜ぶ人?」


 玄関からこの部屋は近いため会話が筒抜けになっていた。会話が終わるとこちらへと歩いてくる足音が聞こえてきた。


「誰だろう? …………。結衣さん! とお兄ちゃん! なんでここに⁉︎」


 俺たちを見つけると寧々は大声で叫んでいた。そして持っていた荷物も落として固まった。


「戻るって連絡したはずなんだけど……」

「え? そんなこと聞いてないよ?」

「私が言ってなかったのよ」


 二人で顔を見合わせて話していると、その会話を遮るように母さんが言葉を挟んだ。


「なんで?」

「だって、そっちの方が面白いじゃない?」


 そう言って母さんはふふっ、と笑っていた。

 出たよ母さんのダメなところ。こうやってたまに変な悪巧みをするんだよな。


「もう! お母さんったら!」


 怒ったように母さんをペチペチと叩いていた。


「ごめんなさいね。でも良いサプライズになったでしょう?」

「うう……。それはそうだけど」


 寧々はいつの間にか返す言葉が無くなり下を俯いていた。

 しかし立ち直って、綺麗な黒髪を翻してこちらを向いてきた。


「久しぶりー!」


 そう言ってこちらへと向かってくる。立ち直りが早いものだな、そう思いながら俺が笑いかけようとすると、そんな調子の兄を無視して結衣の方へと向かっていた。


「ひさしぶりだね! 寧々ちゃん!」

「はい! 久しぶりですねー!」


 ど、どうしてだ? 結衣の方へ行くのは分かるけど、先にこっちへ来てくれてもいいと思うんのは俺だけか?

 そんな俺をよそに二人は会話を続けていた。


「昔みたいにタメ口でいいのに」

「いやいや、もう結衣さんが雰囲気変わりすぎて」

「そんなことないと思うけど」

「そんなことありますって」

「あっ! でも敬語はやっぱりもどかしいからタメ口でお願い!」

「う、うん! 分かったよ! 改めて久しぶり結衣ちゃん」

「うん! 久しぶり」


 延々とそうやって会話を続けていた。それから女子トークが始まって俺の入るスペースが完璧になくなっていた。

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