第45話

 山吹聡太は、結衣の家へと向かう道を、全速力で走っていた。

 聡太の心の中にはずっと強い気持ちを秘めていた。


***


「圭人。俺を殴れ!」


 俺はそう目の前にいる圭人に向かって言った。

 圭人はいきなりの事で動揺していたが、すぐに取り戻して


「ど、どうしたんだ……。いきなり」


 と、言ってきた。


「言っただろ、お前。前に俺を説得する時に一発殴るって。だから今が一番いいと思った」

「確かに言ったけど。本当に良いのか?」

「当たり前だ。俺はもう逃げたくない。何に対しても。——だから俺は変わらなくちゃいけないんだ。お前に殴られる事はその一歩に繋がるかもしれない」


 俺は出てきた言葉を淡々と紡いで言った。変になってないかと心配したが、ちゃんと通じたようだ。圭人が「しょうがないな」と言うような顔でこちらを向いた。


「歯食いしばれ!」

「おう」


 そして圭人はちゃんと殴ってきた。

 しかし、全く痛くなかった。普通に触られたのかと思うくらいに。


「おい!」

「殴るのは後からでもできる。お前は今から有紗さんのお父さんのところに行くんだ。そんな奴が顔にあざをつけてどうする」


 俺は冷静さを失っていたみたいだ。


「…………」


 俺は圭人に諭されて、顔を下に向けた。


「お前はこの世界の誰よりも有紗さんを愛しているし、有紗さんに愛されてるんだ。その気持ちを、有紗さんのお父さんにぶつけるんだよ」

 その語りかけるような言葉に、俺は圭人に背中を押してもらっているような気持ちになった。

 俺は一度深呼吸をしてから


「圭人にそう言われる日が来るなんてな。何か良い気持ちはしねえけど一応感謝しとくよ。ありがとな」


 と、いつも通りの表情で圭人に話しかけた。

 その様子を見た圭人はクスリと笑ってから


「生意気言うな」


 と、俺の額にデコピンを喰らわしてきた。


「いてっ。俺の顔にあざつけないんじゃなかったのかよー」

「こんなんじゃつかねえよ。——じゃあ行ってこい」

「ああ、行ってくる。なんだかんだで助かったよ」


 俺が再度お礼を言うと、


「それを言うのは全部終わってからにしてくれ」


 と、返してから、俺の背中を押してきた。次は物理的に。


「じゃあな」

「ああ」


 そう別れを告げて、俺は圭人の家を後にした。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る