case.27 Lizardman the Outlaw
「何者だ、それにどこから入った?」
「そう力むなよ。傷に障るぜ?」
座り込んだまま自分を睨み付ける米内をトカゲ頭の男がからかう。彼は、今度は以前見たライダースーツではなく、茶色いジャケットに身を包んでいた。そのあまりにラフ過ぎる格好は、研究員にしろ隊員にしろ黒い服装の多いこの場においてはかえって浮いている。
「名なんてどうでもいいが、ダチは俺をリザードマンと呼んでいる。もし必要ならそう呼んでくれ。一応言っとくが、ブラックサンズの仲間ではないぜ。俺はどこの組織にも与しないアウトローを信条にしている。それよりあんたら、お困りだろう? 俺が手を貸してやってもいいぜ」
彼は忙しなく手を動かしながらそう言った。その話し方のおかげでこの男が賑やかな性格らしいというのは伝わってくるのだが、いかんせんトカゲの顔が一切表情を変えない。実際のところ何を考えているのかは全く掴めないし、どこか気味の悪い印象すら与えてくるのだ。こんな男の友人というのがどんな人たちなのかはわからないが、きっとこの男は彼らから一目置かれた存在であるに違いない、いろんな意味で。
「何が狙いだ?」
米内は警戒の眼差しを向けたまま低い声でそう問いかけた。それを聞いてトカゲ男が、何が狙い?、と不思議そうに反復する。
「金だよ、いや、それ以上の何かと言っても良い。俺はすげぇ奴になりてぇのさ。世界の命運を握る少女を仲間にすれば、きっととんでもない景色が見れる。そうだろ?」
その細長い顔が私に向けられた。ビー玉のような丸い目がじっと私を見つめている。あまり気分の良いものではないが、目を逸らすのも癪だったので半ば意地でじっとその目を見つめ続ける。世界の命運を握る少女、か。トカゲ男の発言はほとんど夢物語でしかないし、それが本気かどうかも判定しようがない。一言で言えば、こいつは何を言っているんだろうか、というのが素直な感想だった。だが、私が言うべきなのはきっとそういうことではない。
「ふざけているのか?」
「俺はいたって本気さ。どっちみち今それ以外に手は無いんじゃないのか? ずっとこうしていればブラックサンズの奴らがあんたらの存在に気が付くかもしれない。フェーザがロストした今、験体同時抹殺なんて呑気なことを言って手をこまねいてはいないだろう」
米内は何も言い返さなかった。当然だろう。端から聞いていてもトカゲ男の指摘はもっともなものなのだから。なぜだかは知らないが彼は一通りの事情には精通しているらしい。そして、その見た目のイメージに反して、しっかりと計算のできる人間でもあるようだ。彼は持っている情報をちゃんと組み合わせて、自分の提案を私たちに有意義なものに映るように効果的に提示してみせているのだ。
だから、私はこう返すしかなかった。
「わかった」
「おい、ハル君?」
「その代わり」
米内のこちらを制するような反応を続く言葉で遮る。まだ話は終わっていない。
「その代わり、対価は私が決めるわ。あなたの働きに見合ったものを後で支払う。もしそれが度を超えていると感じたら、私は少しだって譲歩はしない。もちろん、悪巧みに加担するようなことにもね。それで構わないなら、手を組まないでもない」
トカゲ男が言うことは、悲しいことに我々に確かに差し迫っている事実なのだ。米内はすぐに切原が助けにくると言った。私も、何も手が打てない内はそれを待つのもやぶさかではない。だが、こうして今、機会があるなら話は別だ。私は自分を安売りしない。ただ正当で魅力的な価値があるなら、その代価を支払うのに躊躇うことはないはずだ。
それに、公算もあった。私たちが求めている助けは非常に限定的なものなのだ。彼がどのようにして私を助ける気かはわからないが、私たちは来た道を戻れさえすればいい。その道は一本道で戻った先には切原たちも居るのだから、トカゲ男がその道中で何かを企むのは難しいだろう。もしこの男が私たちに何かをする気ならば、それは今すぐにでも出来るはずだ。ここで出来ない理由があるのだとしても、そのリスクは身動きができない私たちにとっては既に負っているに等しい。
トカゲ男はしばらく黙っていた。しかし、私がハッタリや冗談でそれを言っているのではないということを悟ると、喉の奥からクククという音を立てた。笑いを堪えているのだということが分かったのは、ついにそれが堪えきれなくなって爆発した時だった。
「ハハッ! 見合ったものを後で支払うだ? 手を組まないでもないだって? それがこの状況で出てくる言葉かよ」
彼はひとしきり腹に手を当てて笑った。見るとその黒革のグローブがはめられた手は、一般的な男性の手と同じくらいの大きさだった。顔はトカゲだが手は人間のものらしい。ようやく笑いが引いてくると、彼は私に向かってこう言った。
「よし、受けて立つ。約束は守れよ」
それはとても穏やかな声だった。私はそれを聞いて、この男はたぶんなんとなく陽気な兄貴分として振る舞いたいのだ、ということが掴めてきた。しかし、それを理解するためにはインパクト的にも表情的にもトカゲの頭が果たしている役割が大きすぎた。
彼が黒革に包まれた手をこちらに差し出してくる。契約成立のサイン代わりというわけだ。私も彼に手の平を向ける。
しかし、私の手が彼の手を取ろうとした直前で彼の手が急に引っ込められた。何事かと彼を見上げた矢先、パスン、という一発の萎むような銃声が私の耳元に届いた。そしてその弾は、トカゲ男の口の辺りを的確に捉えた。
「伏せろ!」
後方から米内が叫んだ。一瞬、彼が発砲したのかと思った。しかしそんなことはあり得ない。彼の拳銃は今、川の中だ。ということは、この発砲は米内よりもさらに後ろに居る何者かによって為されたのだ。私が彼の言う通り伏せるや否や、さっきの萎んだ音が何発も続き、雨あられのように銃弾がトカゲ男に降り注ぐ。
「ッ、邪魔が入ったか!」
しかし、トカゲ男は最初の一発で少しも怯んでいないようだった。彼は軽やかな身のこなしで後方へと距離を取ると、一気に反り返って地面に手を突き、綺麗なバク転を決めた。そのままするすると滑るような動きで、あっという間に来た穴の方へと去っていく。なおも銃弾は彼を追いかけて一斉射撃を浴びせかけ続けていたが、暗闇の中へと男が消えてしまうとその撃つ方向を無くして次第に収まっていった。
完全に発砲が止むと、銃を携えた部隊が列車前方の穴の方からやって来た。その中の先頭の男が私たちに向かってこう言った。
「米内氏と第一号験体に違いないか?」
彼らは、防弾ジャケットを身にまとっているという点では、トカゲ男よりはこの場に馴染んでいた。しかしそれでも、彼らは本部の隊員たちの中に紛れることはできなかっただろう。なぜならそのジャケットの色は黒ではなく、えんじ色だったからだ。米内はその色を見て、彼らが誰なのかを既に察したようだった。もっとも私も、確信は持てないまでもなんとなくそれが誰なのか、あるいは誰によるものなのか、発言内容から予測を立てることはできた。私に対するその距離感にはなんとなく覚えがあった。
私たちの沈黙を肯定ととったのか、先ほどの男がその予測通りの素性を明かした。
「『評議会』より、アラン様の命を受けてあなた方の救出に参った」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます