case.11 A Flea's Counter

『リスクは “ゼロ” ではない。そして、世界の存亡にまつわる危機的な状況においては、それは到底無視できるものではない』


「待ってくれ、本気で言っているのか!」


 切原が、もはや敬語という体裁をかなぐり捨てて叫んだ。そういう態度を取らざるを得ないほど、彼にとっては今のアランの発言が重大だということだ。もっとも私には、それが何なのかはさっぱりわからないのだが。

 こういう時、いくつかの取り得る態度が存在する。一つは、我関せずという風にそっぽを向いて突っ立っていることだ。状況は私には分からない。分からないのだから、専門家たちに任せておくという態度だ。対してもう一つは、積極的に事態へと絡んでいく、あるいはそうできるように知識を蓄えることだ。さてそれでは、この状況で私が取るべき態度はどちらだろうか。

 まあ、考えるまでもなく、後者だろう。

 前者ももちろん、悪くない選択だ。私が口を挟んで事態が好転するとは限らない。また、そういう振る舞いは、自分を賢く見せることもできるかもしれない。このお偉いさん方が集まっている状況で、そうしたことに意味がないとも言い切れない。しかし、これは繰り返し私にとっては不可解で、そして不愉快ですらあるのだが、どうやら彼らが話している訳の分からない話は、私にも関わることであるらしいのだ。そうなると私としては、他者の余計な干渉を避けるために、事態を把握せずにはいられない。


「験体って?」


 そういったわけで私は、会議の進行を妨げないよう、とりわけ、切原の威勢に巻き込まれないように気を払って、息を潜めて米内に尋ねた。切原ほどではないが、表情にわずかに険しい色を浮かべていた米内も、ほとんど口を動かさずに小声で応じる。


「彼ら中枢の、召喚した異世界人の呼び方さ。要は君ってことだ」


「なるほどね、大量召喚っていうのは?」


 米内は、今度はすぐには答えなかった。わからないわけでも、無視しようとしているのでもない。適切な言葉を選び出そうとしているのだ。そのことは、まだ総計して一時間弱しか米内と関わっていない私にすら、この男の科学者然とした振る舞いが、ある種の見せかけであるということを窺わせた。この男もまた、相手の受け取り方に注意を払うことができる人間なのだ。


「…異世界人は本来、一人居れば十分だ。しかし、当初中枢ではリスク管理のために複数の験体を同時召喚しようという計画を立てていた。験体ロストのための転ばぬ先の杖、つまりは、その、」


「万が一私が死んだときのための、保険」


「…そうだ」


 彼は苦々しく頷いた。なるほど、考えてみれば当然の話だ。世界を修正するために私を連れてきた、と切原は言った。そして、それをよく思わない奴らがいるとも。現に私は、ここに逃げ込むまでの間に幾度か命の危険に晒されている。もし私じゃない誰かでも世界の修正に役立てるというのであれば、複数の異世界人を同時に連れてきて敵の的を分散させた方が安全だ。

 だが、当初、と米内は言った。ということは、彼らはその選択肢を知りながらあえて取らなかったのだ。それはなぜだろうか。私には不承にも、その理由がなんとなくわかった気がした。それは知識を要求される答えではなく、もっと彼らの気質に関わる話だ。つまり、


「召喚された者たちの安全はどうなる!」


 切原はほとんど糾弾するかのような勢いで叫んだ。七柱の椅子の内に、しかし、その声に応じる者は居ない。

 つまりは、「人道的な」配慮だ。予備を大量に召喚するということは、翻って、そもそも験体の安全が保障できないということを意味する。もちろん予備が増えれば験体「全体」が失われるリスクは減るが、その管理・警護は難しくなる。よってそれは、一人当たりの死の危険を高めることになるだろう。

 切原たちはきっとその状況を嫌うだろう。自分たちの都合で危険に巻き込まれることになる異世界人。そんな彼らの身の安全が自分たちで管理できないという状況を。

 もちろんそれは、筋の通った一つの考え方だ。しかも、かなり共感の得られる種の意見かもしれない。しかし、世界の危機という状況を前にして、全員がそのように考えるとまでは言えない。

 切原の訴えを取り下げて、アランは厳かに言った。


『そのための予備だ。私たちは彼らを強制的に連れてきた。それはこの世界が危機的状況にあり、そうしない方が損失が大きいと判断したからだ。たとえ千人の異世界人が犠牲になったとしても、世界は救わねばならない』


「この世界のことなんて、彼らにはそもそも関係ないことだ!」


『しかし、この世界を救えるのは彼らだけだ。もし私に適性があれば私が犠牲になった、それだけのことだ』


 アランは極めて冷静だった。彼の言っていることは、もしかしたら随分と身勝手に聞こえるかもしれない。しかし、もし私が異世界人でなければ、そして切原の後ろという位置で会議に参加していなかったならば、どうだろう。やはり、少なからずアランにも理があると判断するかもしれない。問題は立場だ、そう言って言明を避けるのかもしれなかった。

 どちらの意見が正しいか、ということは私にはどうでもよいことだった。それでも、現実に私は切原の後ろに立っていた。そして、異世界から連れてこられ、安全が保証されない、いわゆる験体の立場に置かれていた。問題が立場ならば、私にはその立場が与えられてしまっているのだ。


「これって、私にはよくない状況よね?」


「まあ…そうだね。験体が大量に増えれば、君一人の警備は削減される。数週間を、その、験体の物量作戦で押し切ることになるかもしれない」


「そう、ありがとう」


 米内から意見を得た私は、身の処し方を定めた。もはや知識は蓄えられた。ならば次は、嫌々ながらでも事態へと絡んでいかなくてはならない。自分の身は自分で守れ、というわけだ。たとえここが自分の権利外の世界だとしても。

 私は制服のポケットを探って、指に当たった固い感触のそれを握り締める。そして、それを真っ直ぐに切原へと突き出して言った。


「動かないで。動いたら…撃つわ」


 私の手には、研究所にて切原に渡された一丁の拳銃が握られていた。

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