case.3 The World of The Worlds

 目的地に着くまでに目にした街の景色について、少し語っておく必要があるかもしれない。

 市街地を進む内にまず増えてきたのは、ガラス張りの高層ビルだった。それらは道路へとせり出すようにところ狭しと立ち並んでいて、しかもそれらのビルとビルの間を、驚くべきことに行き来のできる空中の回廊がいくつも通っている。そうした建物の中にはどういう原理で支えられているかわからない球体だったり斜体だったりするものもあり、表面は窓として周囲の光を反射しながら、一部は怪しげに紫や緑に輝いていた。辺りが暗くなってきたこともあって、地上からはそういった建物から漏れる光が特別目立って見えた。とにかく人工物の密度が高く、目で追いきれないほどに視界に入るものが多かった。

 次に目を引いたのは、街中で平然と機能する自動機械の存在だった。たんなるアームから四足、あるいは人型のものまで、多くのロボットが道には溢れていた。飲み物の給仕や広告塔など特定の仕事のみをこなすものから、道路を横断し、車に乗り込むものまであった。外面からいかにもメカニックな機構を覗かせているものも居る一方で、切原に教えられて初めてそれと気付くような、人間そっくりのロボットもあった。

 私はこれらの風景を見て、この世界を近未来的という風に総括することにした。もしかしたらこの世界は、私の住んでいた世界の、少し先の世界なのかもしれない、と。


「残念ながら、ここは君の世界から見た未来ではない」


 しかしその憶測は、会議室と書かれた部屋に通されてすぐ否定されることとなった。

「君の居たところも、時間を経ればここと似たような空間を作り上げるかもしれない。しかし、ここと厳密に同じ世界にはならない」

 部屋で私を待ち構えていた男は机から半身だけをこちらへ向けて言った。会議室と名付けられてはいるが、私にはここは研究室か手術室にしか見えなかった。この建物自体が多重なセキュリティと静謐さに包まれている、というのもあったが、この部屋から、さらに大きな別の部屋が覗ける、ということがその最大の理由だった。大きな部屋の方には複雑なチューブやらスイッチやらを備えた機材が中心に置かれており、そうした装置は私に処置室を想起させた。

「あなたは?」

 顔を合わせると同時に語り出した男を一度制する。無論、名前を知りたいのではない。彼がどういう立場の、どういうタチの人間なのかを先に聞いておきたかったのだ。しかし、私の問いは相手からすると思いもよらないものであったらしい。男は目を丸くして一瞬フリーズした。背後からハハッ、と笑い声が漏れる。その笑いは切原のものだった。

「っと、そうだな、失礼した」

 男が切原を軽く睨んだ。しかしその睨みは敵がい心から来るというよりは、してやられたという風な両者の親しみを感じさせる種のものだった。

「僕は米内、ここの研究員だ。つまり、切原の同僚であり、友人、ということになるね」

 米内、と名乗った男は、友人という箇所を特に強調した。今度は切原がうるせ、と彼を睨む。切原の反応を見て、米内は満足そうに深く目尻を下げた。ふくよかな体型もあいまって、米内の笑みはとても柔和な印象があった。

 彼は自分のことを研究員と言った。ということは、やはりここは何らかの研究施設らしい。私は、切原のことを指差して言った。

「彼も研究員なの?」

「そうは見えないけどね。そして、君をここに連れてきた張本人でもある」

「…なるほど」

 今度は、切原も何も口を挟みはしなかった。その発言の内容に否定するところは一つもない、そういうことだ。米内の視線は反応をうかがうように、まっすぐに私の顔に注がれていた。ここでどういう態度を取るか、それによって私という人間を見定めようとしているみたいだった。しかし、別段それで気分が悪くなるということもなかった。なにせ、私は彼らの事情を知らない。彼らのことを何も知らないのだ。だから、私の言うべきことは一つだけだ。

「それじゃあ、聞かせて。ここはどこで、何で私はここに居るのか」

「…良いだろう。これを見てくれ」

 米内が、机の上のキーボードを弾いた。彼の視線が窓の外、眼下の装置の方へと注がれた。

 装置から、筒上のレンズが突き出てきた。そしてそのレンズが、部屋一杯に映像を照射する。そこに写し出されていたのは、丸くて大きなクリスタルのような結晶だった。私はその結晶に思わず見とれた。よく見るとその結晶には、縦と横に一本ずつ線が引かれていた。二つの線は中心でちょうど直角に交わっていた。

「これは、私たちが把握している世界の形だ。分かりやすく言えば、たくさんの世界たちの地図、と言ってもいいかもしれない」

「世界たちの、地図…?」

 およそ地図とはかけ離れた見た目に、正直な感想を漏らす。米内はその疑問にその通り、と一言だけ加えて頷いた。

「この地図を知るために、君たちに教えなくてはならないことはたぶん二つだけだ。それは、世界は単一にではなく、いくつも重なって存在しているということ、それから、それらの世界がそれぞれ座標をもっている、ということだ。」

 彼がまた、手元の機器を操作する。結晶の中心近くにある煌めきの一つが赤く光った。その抽出された赤い光は少しずつ拡大していき、中の様子をさらけ出す。非常に解像度の低い映像の中で、何やら人間らしきシルエットが複数現れては交差した。なぜだかわからないが、背筋がぞくぞくと震えるのを感じた。不思議なことだが、ここに写し出されているのは私の世界だ、ということが直観的にわかった。

「この世界は、諸世界の基準となる両軸が0の世界だ。君は、いわばプラスワン。一つ隣の世界からやって来たんだよ」


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