初めての食事
美優希とジャスの三人で食事をしたあの日から約1ヶ月半が経った。
入社して2ヶ月半、私は会社での交友関係を上手く築くことができず、仕事のやり取り以外の会話がない生活を送っていた。
新人でこの部署に配属されることはほぼないらしく、同じ部署内の人は一番年齢が近い人でも10歳は離れている。話はかみ合わないし、年上相手だと敬わねばならないという気持ちが強すぎて友達という関係にはなれない。
それならと同期と仲良くなることも考えたが、私の部署は会社の中でも少し変わった立ち位置にあり、他部署との関わりがほとんどない。研修も各部署で行う方針なので、私は入社してから今日まで同期と一緒に何かをしたという思い出もないし、同期がどんな仕事をしているのかもわからなかった。
会社に行って、仕事をして、家に帰って一人で食事をした後アニメを見て眠るというのが日々のルーティーン。
誰かと世間話をしたり、趣味を共有したり、会話しながら食事をしたりすることがない生活は無機質で寂しいものだった。
そんな日々を重ねていくうちに、もっと気兼ねなく話せる人、趣味が合う人、年齢が近い人に会いたいという思いが強くなっていった。
「仕事早めに終わったけど、今から会える人っていたっけ……?」
限界を感じた私は突発的に誰かを食事に誘いたくなってしまった。
しかし、美優希は以前会ったときに話していた通り、シンガポールでのインターンに参加している。
仲のいい友達はここから二時間はかかる地元か、県外で生活していて今すぐ会いたいだなんて言っても会えるわけがない。
ふと、ジャスの顔が浮かんだ。
彼の働いている場所はここから約30分程度。
時間的には会うことは可能だ。
「いや、でも、そんな、急に異性から誘われたら迷惑だろうし……。」
独り言を呟いて首をふる。
そもそも、私はジャスとそこまで仲が良い訳じゃない。
前回会ったときも当たり障りのない会話をしていただけで、いまいち何を話したのか覚えていない。
けれど、その時の私はそんなことなんてどうでもいいぐらいに同年代の友人と話したかった。
『夕御飯もう食べた?まだならごはん行かない?』
送信ボタンを押した瞬間に後悔の波が訪れる
急にこんなメールしたら困るよね。
男女でいたら恋人同士と思われるかもしれないし、そんなのジャスにとっては迷惑だよね。
どうしよう、送らなければよかった……。
そんなことばかり考えているとスマホがブブッと音を出して震えた。
チラッと画面を見ると『山崎正義から新着メッセージです。』という通知が浮かんでいた。
あぁ、返事が来てしまった。
どうせ断りのメールだろう。
そもそも当日の夜に今からごはん行こうだなんて誘ってすぐに行けるほど暇な人なんてそういない。
断られることに傷つかないように心のなかで言い訳しながらスマホのロックを解除する。
『いいよー!どこ行く?』
「・・・・・・えっ?はぁ!?え、行くの?本気?」
一人しかいない部屋で思わずそんな声が漏れた。
人と食事ができることがうれしかったが、私は同時に不安も覚えた。
私は男性と食事をしたことがほとんどない。
複数人でなら何度もあるけれど、二人きりでとなると、片手で収まるぐらいの回数しか経験がなかった。
ジャスにとって私が恋愛対象にならないということは自覚している。
けれど、それでも異性であることに変わりはない。
自分で誘っておきながら、変な緊張をしてしまう。
緊張と不安で行きたくないと思ってしまったけれど、誘ったのは私の方だから「やっぱ無しで」なんて言えるわけもない。
「とりあえず、行く場所決めなきゃ……。」
彼はただの友達だ。
異性とか考えずに、友達として食事に行くだけだ。
そう自分に言い聞かせて私は彼の住んでいる地域の飲食店を調べてみる。
「ジャスって何が好きなんだっけ……」
正直なところ、私は食にあまり興味がない。
人と食事に行くときはその人と話をするのが好きなだけで別に食べることが目的ではない。
それに、私の急な誘いに付き合ってくれるのだから彼の好きなものを食べてほしいと思った。
『ジャスは何か食べたいものある?』
そんなメッセージを送ってすぐにスマホが震えた。
『お寿司食べたい!』
『オッケー。30分後には店に着くと思う!』
そう返事を返して玄関に置いたままだった仕事用のカバンを手に取り家を出る。
荷物を入れ替えるのも着替えるのも面倒だから仕事帰りのふりしてそのまま行くことにする。
こういうずぼらなところが彼氏いない歴=年齢の原因なのだろうなと思うけれど、面倒なものは面倒なのだから仕方がない。
それに、ただの友達に会うのにそこまで気合いを入れる必要はないだろう。
車に乗って音楽をかける。
洋楽のバラードを聴きながら30分ほど車を走らせると目的地の寿司屋についた。
空いてるところがないか探しながら駐車場を見回す。
ジャスは先に来ているだろうかとついでに探そうと思ったが、彼が乗っている車を思い出すことができず断念した。
お店の入り口から少し離れた場所に車を停めたタイミングでスマホが震えた。
ロック画面にはジャスからのメッセージを知らせる通知が表示されていた。
『ごめん、上司に捕まってて今から向かう!』
ジャスの職場からここまでは車で約10分程度。
店先には並んでいる人もいることから混んでいるようなので先に席をとっておくことにした。
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