第1話③


『えー、大阪から来ました、本間雄大といいます。よろしくお願いします』


 『はい、ありがとう。ではでは、えー、以上が、4月から中原化学遺伝学研究室の一員になるメンバーです。はい、みんな拍手』


 会議室に集められた十数名の研究員から、まばらに拍手が起こる。初出勤のこの日、4月から働く所員の歓迎会が行われた。中原先生の所員紹介が終わると、先生の乾杯の音頭の後に研究員同士の歓談が始まった。

 

 研究室は30代から40代の若手が中心で、大学の研究室では最年長25才の俺も、この研究室の中では最年少だった。若い子が入ってきてうれしいのか、俺はすぐさま古株のパートタイマーのおばちゃんスタッフと俺の指導係に任命された30代男性研究員の高橋さんに挟まれ、彼女はいるか?趣味は何か?研究テーマは何か?など、あれやこれや聞かれた。



 『ほんま、彼女おらんの。ごめんな、ここおばちゃんばっかやろ、アハハハ』


 『いえいえ、そんなことは…』


(関西弁だな、大阪のおばちゃんか、この人)


 『で、どこら辺に住んでんの?この近く?』


 『あー、えっと、ここから電車で1時間くらいですかね』


 『一時間!?』


 『えっ、はい、そうです』


 『なんで、そんなに遠いん?もっと近くに住めばええのに。私は5分で着くで』


 『いやぁ、この辺は家賃が高くて…。その家は家賃が安かったので』


 『へー、なんぼなん?待って当てるわ、3万5000円』


 『それが、2万5千円なんですよ。しかも無料Wifi付き。他の条件もよくて、それで多少遠くてもいいかなって。』


 『えーっ、2万5千円!安いな、それ。ここら辺やったら5万はするからな、めっちゃええやん』


 すると、黙っていた先輩研究員の高橋さんがボソッとつぶやいた。


 『いやでも、安すぎだなぁ、それ。もしかして事故物件だったりして』


 『事故物件?』


 その可能性については考えていなかった。俺の不安な表情を見て、高橋さんが、しまった、といった様子でフォローに入ってくれた。


 『いやいや、そういうのは代理店が入居前に説明してくれるはずだから、多分大丈夫だよ、本間くん』


 『まあ、なんかあったら、指導役の高橋くんを頼りーや、なっ、高橋くん!』


 高橋さんの肩を思いっきり叩く大阪のおばちゃん。


 『いたいっすよ、木根さん』


 『アハハ、よろしくお願いします』




 木根さんっていうのか、このおばはん。

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