第1話②

 大阪の私大に通う大学院生である俺、本間雄大ほんまゆうだいは担当教員のコネで埼玉県にある公的研究機関で1年間、非常勤の学生研究員として働けることになった。給料も出て、プロの研究員と一緒に研究ができる。研究者を目指す俺にとって、こんなありがたい機会はない。ボスからの埼玉行きの提案を快諾し、早速、研究の合間をぬって、部屋探しを始め、例の部屋を見つけたわけだ。


 一人暮らしは生まれて初めてだった。引っ越しを手伝ってくれた両親は「大丈夫か?」と心配そうにしていたが、これは一人前の社会人として自立するための大事なステップだ。両親やボスの期待に答えて、成長した姿を皆に見せれるように頑張らなければ。



 『じゃあ、これで手続きは終わりなんで、ガス、水道などはご自分でよろしくお願いしますー』



 『あっ、はい、分かりました。ありがとうございます』


 電話契約から現場での手続きまで担当してくれた代理店の人も気さくなおばちゃんで、とても丁寧に接客してくれた。息子が俺と同い年らしく、「新生活を応援してます」と言って、入居日から月初めまでの日割り家賃をサービスで無料にしてくれた。なんだろう、なんだか心が暖かい。


 『まあ、家賃お安いんで、なんかあるかもですけど、そこはよろしくお願いします、では』


 『えっ?あっ、はい』


 温まっていた火をフっと消された。突然、捨て台詞のようにそう言うと彼女はそのまま会社へと戻っていった。


 「(どういう意味だ?)」


 この台詞は後に不具合を起こした給湯器やエアコンのことだろうと、俺はしばらくの間思っていた。


 そして、引っ越しから数日後、初出勤の日を迎えた。

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