試練の場 〜天才の挫折〜

 胸の中に何かある。こんな経験今までにない。あーこれが嫉妬なのか。これが敗北、負けなのか。俺はこいつに勝てないのか。


 会議室でのミーティング終え、グラウンドにて午前の練習が始まった。ミーティングの話でもあった通り軽めのランニングで終わりになった。「午後練は昼飯の後、2時から開始するぞ!午後は9対9のゲーム形式の練習するから!準備しておけよー」とヘッドコーチの佐藤から話があり午前の練習が終了した。

 「おい。北川。」いつもはあまり話しかけない西野が声をかけた。北川が西野の方を見る。「なんですか?あ!西野さん俺のこと好きになっちゃいました?」とニヤニヤしながらふざけた口調で返答した。「ちげぇーよ。さっきのミーティングの時はありがとな。俺の思っていたこと全部言ってくれて。」と伝えると北川が「あーそのことっすか。俺あーいう奴らが嫌いなんですよ。プレーを見ないで見かけだけでうまい下手とかいうやつ。だから俺は1発目西野君に会ったときにボールを西野君に向かって蹴ったんだよ。その時のトラップ。俺が今までで見てきたトラップとは次元が違った。だから『サッカーの天才』って言ったんだよね。ごめんね。西野君『天才』って言葉嫌いなの知らないでそんなこと言って」と答えた。こいつ。俺のサッカーの技術を見るためにあんなことを。「そうなのか。午後のゲーム楽しみにしてるよ」と西野が言うと小さい子のような笑顔で「うん」と北川は答えた。

 午後になり、コーチからそれぞれビブスを配られた。北川は相手か。どんなプレーするんだろう。西野のワクワクは過去最高ともいえるほどのものになっていた。キックオフの笛がなり、西野は驚いた。「は?なんだよそれ」ボランチのポジションで高校生ながらゲームを組み立て正確なロングパス、的確なコーチング。サッカー選手としてのすべてのスキルがずば抜けてる選手がいた。そのプレーに西野は驚いた。いや、嫉妬した。

こんなプレー俺したことないのに俺よりもうまい選手がいるのか?『天才』と呼ばれるのが嫌だと言う西野だが自分が日本で1番うまいサッカー選手だと思っていたのは自分でも感じていたことなのだ。それなのに今自分の目の前に自分よりもうまい選手がいる。その事実に驚き、嫉妬以上に今までにないほどの挫折感を味わったのだ。「なんなんだよ。あいつ。俺よりうまいじゃんかよ。」その相手が北川和樹だったのだ。


〜練習後〜

 「西野君お疲れ様!本当に上手いね!流石だよ!」と北川が言いながらタオルを差し出してきたのだ。は?お前舐めてんのか?俺よりもいい動きして、俺よりもうまくって上手いねだ?ふざけんなよ。イラついた西野は無言でタオルを取りその場を後にした。すると、その直後肩を掴まれた。誰だよ。西野が勢いよく振り向くと西野より5つも年上の橋本がいた。「なんですか?橋本さん。」イラつきながら西野が話すと橋本から「優馬。あんまりイライラするなよ。和樹も悪気は無いと思うんだ。2人が仲良くしてくれないとこのチームはダメになるぞ?だから頼むよ!」といつものような優しい笑顔で話しかけてくれた。なんだよ。この人。すげーな。西野にとってこの日初めて尊敬する人ができたのだ。

 それから1ヶ月西野はどの練習でも北川に勝てなかったのだ。化け物だ。これが本物の『天才』なのか。西野は毎日それを思っていたのだ。だが、心の支えになったのは家族と橋本の存在だった。橋本はいつも笑顔でチームを引っ張り、プレーでは誰より必死にプレーしていた。練習後は誰よりも体をしっかりケアし、西野や北川といった若い選手には積極的にコミュニケーションをとっていた。西野はこの人がキャプテンって呼ばれるような人なんだな。と思うのだった。次の日、キャプテンが発表され想像通り、橋本がキャプテンを任されたのだ。

 そこから1ヶ月後。練習試合が組まれていた。相手はシンガポールだ。代表初の練習試合。ここで現状のベストメンバーがわかると言っても過言ではない。グラウンドの周りには記者やカメラマンが多くスタンバイしていた。監督の青木からスタメンが発表された。ボランチ2人が発表された。キャプテンの橋本ともう1人。北川だった。西野はスタメンを外されたのだ。涙が自然と出ていた。なんで俺がスタメン外されるんだよ。今までどの年代の代表でもスタメンだった俺が?ふざけるなよ。1試合目終了。結果は5対0の快勝だった。試合後西野は青木の元へ向かった。「監督。なんで俺がスタメンじゃないんですか。」正直、この1ヶ月で北川にも負けないとも言えるほどの技術までになっていた。元々『天才』と呼ばれていた西野はもちろんうまかったがそれ以上にまでなっていたのだ。

「お前はサッカー選手としては『天才』で日本で1番2番の選手だ。だが、人としては並以下だ。なんでかわかるか?橋本と北川は周りを活かすプレーをし誰よりも声を出してチームを動かしている。それに対してお前はどうだ?個人プレーばっかりじゃないか?もう1度考えろ」青木の強い言葉に青木は初めて気づいたのだ。俺はサッカー選手である前に1人の人間だったのだと。

試合を終え代表の宿舎に戻ると驚きの人物がそこにいた。「光貴?」と西野は驚いた表情を浮かべながらそう言った。「兄貴!届け物だよ!」と弟の光貴から箱を渡された。西野は箱を渡されたことや光貴が来ていたことに驚いていたのではなかった。「その手どうしたんだよ、、」指を刺した先は光貴の左腕だった。光貴の左腕は肘から先がなかったのだ。

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