第5話 最後の試練

「見事アタシの修行を乗り越えたキミに、『最後の試練』を与える」


 女神様と出会って三年。

 彼女はついにその試練を俺に言い渡した。


 その内容とは……


「この境内の中で一番高い御神木、『ユグドラシル』の頂上にあるを取ってこい。

 そしたらキミにを授けてやる」



 ………

 ……

 …



 正直、最後の試練を聞いたときは楽勝だと思ってた。ただの木登りだと思ってた。


 だが、目の前の光景を見て開いた口が塞がらない。楽勝とか思ってた自分をぶん殴りたくなった。


「おいおい……マジかよコレ」


 いくら見上げても、その木がどこまで伸びているのか全く見えない。


 天空に浮かぶこの大陸。

 雲を掴めるほどに高いこの場所でも、それがどこまで続いているのかまるで分からなかった……



 ………

 ……

 …



 『ユグドラシル』は高さだけでなく太さまでもが規格外だった。


 樹幹の周りをぐるりと一周するだけでも何時間かかるか見当がつかない。とにかく太いの一言に尽きる。


 普段は雲や霧、周囲の御神木に隠れて見えないこの大木は、近くに行けば行くほど自分が小さく見える。


 まるで人間を見上げる虫になった気分だ。


 そんな『ユグドラシル』を、俺は少しずつ登っていく。


 樹幹から無数に伸びる巨大な枝や葉っぱ、まるでささくれのように反り返った樹皮。

 これらを足場代わりに伝いながら、上へ上へと登っていく……


 そして上に行くほど、とある事実が顕著になっていく。


(苦しい……! ここには空気がほとんどない! 息ができない……!)


 まだ半分も登りきっていない。

 それでも空気はほとんどなく、呼吸をするだけで精一杯だった。


 一歩進むごとに肺から酸素が抜け、足取りが重く、のろくなっていく。


 だが、俺を苦しめるのはそれだけではなかった……


「ハルルルル……ッ」


(モンスター……ッ?! こんなところに……)


 葉っぱの影から狼のような顔を覗かせる獣人の姿が見えた。それは『迷宮ラビリンス』で見た「コボルト」に似ていたが、ガタイの良さが比ではなかった。


 そして、ヤツはその鋭利な爪を俺に向けて振りかざしてきた。


(チッ! 仕方ねぇな……!)


 俺はくるりと身を翻してその攻撃を回避。

 そして、腰元から二本の得物を抜き……


「『風の剣術:風刃ふうじん』!!」


 二つの刃を交差させるように、相手の首めがけて振り抜いた。


 すると狼のような首が刎ね飛び、獣人はバタリとその場に倒れ、「魔石」を残して霧散した。


「ふぅ……意外と大したことなかったな。けど、やっぱり戦闘はダメだ! 息が上がって呼吸できなくなる……!」


 たった一回剣を振っただけで、俺は片膝をついてしまった。


 だが、そんな俺にモンスターは容赦なく襲いかかろうとしてくる。

 物陰からさっきと比べ物にならない数の視線を感じた……


(くそっ……! 今の状況でこの数はマズい。ここは逃げるしかない!)


 そして、俺は自分の身体に鞭を打ち、その場から全力で駆け出した。


 それに合わせて追ってくる獣人たちを意に介さず、ひたすらに上へと走った……



 ………

 ……

 …



「はぁ……! はぁ……! はぁ……ッ!」


 逃げて逃げてひたすら逃げた俺は、いつの間にか結構高いところまで来ていた。


(はぁ……、はぁ……! さ、流石に、ここまで来れば……)


 振り返ると、獣人の群れは追ってきていなかった。だが、今は正直モンスターよりもこの空気の薄さの方が脅威だった。


(ダメだ……ここにはもう! 吸っても吸っても苦しいままだ……)


 今俺がいる地点には、もうほとんど酸素がない。やはり、高度が上がれば上がるほど、それが顕著になっていく。


 だが、畏怖すべきは低酸素だけではない。

 高度が上がるにつれ、だんだん気温も低くなっていく。


 今や吐く息にが混じるほどだ。

 それほどまでに凍てついた空気が、肺をどんどん凍らせてゆく……


 息を吸えば吸うほど、肺が凍って息ができなくなっていく……


(ヤバい……もう意識が……!)


 そして、完全に酸欠状態になった俺は、力なくその場に倒れ込んだ。


(ダメだ……全く力が入らない。身体を……動かせない……!)


 だが、『ユグドラシル』はそんな俺に容赦なく牙をむく。


「グオォォォ……!」


 樹皮がペリペリと剥がれ、それがやがて形を成してゆく。そして、トレントのような人型の化け物へと変貌した。


『グオォォォ……!』


 そんなトレントが何体も現れ、俺を取り囲む。すると、彼らは一斉に殴りかかってきた。


「……ぐッ!!」


 俺は全くの無抵抗のまま攻撃を食らった。

 さらに、彼らの攻撃により足場となっていた枝が折れ、そのまま地上へと真っ逆さまに落下させられた……



 ………

 ……

 …



「う……、ん?」


 目を覚ますと、薄暗い洞穴のような場所にいた。


 そして背中には巨大な葉っぱが幾層にも重なったクッションみたいなのがあった。どうやらコレが俺を守ってくれたんだろう。


 しかし……


(へへっ……これはひどいや。全身血だらけじゃないか……)


 少し首を動かすと、俺の身体からダラダラと止めどなく流血しているのが見えた。


 緑色葉っぱのクッションがどんどん赤くなっていく……


(血を流しすぎだ……骨も何本もイってる……オマケに息もできやしない。流石に、もう死んだな……こりゃ)


 意識が再び遠のいていく。

 そんな中、脳裏にティアの顔がよぎった。


(ごめんな……ティア、俺……結局助けてやれなかったよ……ごめんな、ごめんな……)


 そして、俺の目が再び閉じていく。

 だがそんなとき、


「ねぇ、お兄ちゃん。だいじょうぶ?」


 頭の中に幼い声が響いてきた。

 すると目の前には、小さい女の子がちょこんと座り、俺の顔を覗き込んでいた……

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