第2話 望むなら




さっきまであんなに頭の中でぺらぺら喋ってたのに、急に真っ白になる。


浮いてる、と言うよりかは誰かが抱えてくれているみたいな感触だ。みたいな、というのも紗季の体は依然浮いたように見えている。抱き抱えられている感触はあるのに、その姿がないのだ。


ふ、と足元から地面に下ろされ、震える膝が地面にへたりとつく。


た、た、た、た、助かった。

なんか知らないけどぶじだった。

うわめちゃめちゃ高いじゃんまともに落ちてたら多分死んでた超ヤバい怖かったマジで死ぬかと思った震えて立てないよ怖かったよかった生きてて。


ドドドと怒涛の言葉が頭に流れ込んでくる。

呆けた紗季の視界に涙を流しながら呼びかけるまなが写る。


「紗季!無事なの?!大丈夫!!?ねぇ返事して!」

「まなぁ…ごめんねぇ。ちゃんとまなが言ったこと守ってたらこんなことにならなかったのにぃ。」


階段を駆け下り、こちらを気にかけながら近付くまなに紗季は気の抜けた声しか出ないが、精一杯返事をする。

大丈夫、怪我してない?とくまなく全身を調べるまなを見て、ただただ申し訳なくうなだれる。はぁ、とまなは大きくため息をつきぐったりとうなだれる。


「んもう、無事だったらそれでいいよ。全く…冷静なんだか抜けてるんだか…。」


まなが立てる?と手を伸ばして、よろけながら立った紗季の膝についた砂埃をぽんぽんと払う。


申し訳ねぇ。面目ねぇ。

紗季は恥ずかしくて透明人間にでもなりたい…と思い、ガバッと顔を上げる。


「ねぇ!私なんで浮いてたの!!!」


まなは目をまんまるくして押し黙る。紗季はまくし立てるようにまなの肩を揺さぶる。


「超能力?!まな使えるの??!!」

「私じゃないよ!…いやわかんないけど!でも私じゃないと思うよ!?」


混乱しながら答えるまなの肩から手を離し、紗季は複雑な表情で地面を見つめる。


不思議と怖い、とは思わなかった。

どう考えてもオカルトでしかない状況なのに、紗季の中で疑問が確信に変わっていた。



あの人だ。



あの人と言っても、私だって知り合いじゃないし…"それっぽい何か"としか言いようがない。

そして、まなはそれを知らない。

不安と恐怖でパニック寸前のまなにそんなことを告げたら、脱兎の如くうちに帰りこの夏はずっと引きこもることになるだろう。

紗季は腕を組んでなるべくまなと目を合わせないように明後日の方向を向く。


「うん、きっとご先祖様が助けてくださったに違いない。私今日出かける前に手合わせてきたから。絶対そう。よし、この前まなが言ってた渋谷の映えカフェに行こう。そうしよう。」


え?そうなの?それでいいの?映えカフェには行くけど…と更に混乱するまなを強引に押し切り、二人は出口に向かい歩き出す。



「へんに手を出したのはまちがいだったな。ごめん。助けたかったんだ。」



紗季はピク、と歩みを止めてどこに向けてかぺこりと頭を下げた。













「おいし〜〜〜っ!美味しいし可愛いとか最強じゃん!サンドイッチも可愛いしパフェも可愛いしさっきの店員さんも可愛かった!超っ幸せ!」


映えグルメを前にまなの不安が消え去ったのを見て、紗季はホッと胸を撫で下ろす。

値段が高校生向けじゃないから行きたくない、と誘うまなに駄々をこねて先延ばしにしていたがまさかのここでリーサルウェポンとなるとは。心配かけてしまったのでここは奢りだよ、と言ってからのまなはさっきの出来事などまるでなかったかのようにはしゃいでいた。


いや、それでいいんだ…

その為にここに来たんだもの…

パフェ一つ2400円だろうとまなが元気になってくれたらそれでいいんだよ…

お母さんに前借りしたお小遣い全部消えたから来月のお小遣いは自動的になくなったけど…


砂に描いた絵のように儚く微笑む紗季の口に、まなはパフェの一番上に乗っていた苺を放り込む。


「今日は楽しかったね。途中マジでヤバすぎて記憶飛びかけたけど、今こうして紗季とご飯食べられてるからオールOK。」


紗季は甘酸っぱい果汁を堪能しながら、まなの思わぬ言葉に軽くむせる。


「なんていうか、紗季って今まで嘘ついたことなかったからさ。よくわかんないけどとりあえず大丈夫ならいいのかなって。」


パフェをつんつんとつつきながらまなは視線をずらした。


ごめん。自分でも説明がつかないんだよ。

想像もつかないことが起きて、数時間経った今でも頭が全く追いついていない。考えても無駄な気がする。だってわかりようがないから。


「…また遊びに行こう。今度は私から誘うから。」

「ほんと?なんかそれ凄くプレミアムじゃん。うん、楽しみにしてる。」


出不精な私は滅多に遊びに誘わない。今度は落ちなくて、人もたくさんいる所に行こう。まなのあんな悲しい顔を見るのはもうごめんだ。



「………。」



私は視線のようなものを気づかないフリをして、まなの一口食べては弾ける笑顔をじっと眺めていた。







「ホントに大丈夫?玄関まで送るよ?」


夕焼けが差し込む住宅街で、まなは心配そうに紗季を見つめるが、紗季は笑顔でそれを拒んだ。


「ありがとう。まなには迷惑かけちゃったけど、ぶっちゃけお母さんにバレたくないし。」


はは、紗季らしいなぁとまなは困ったように笑って見せる。


「じゃあ、また来週図書館でね。課題手伝ってね。」

「いやそれは自分でやってください。」

「冷たいなぁもう。おうち帰ったら写真シェアするね!」


ばいばい、と手を振るまな。可愛い。

その姿が角を曲がり切るまで、私は手を振り続けた。



「居ますよね、そこに。」



一人になったタイミングを見計らい、虚空に話しかける。


「あのー…あの…。」


ヤバい。気の利いた言葉が見つからない。

なんとも言えない存在に、なんとも言えないとはこれ如何に。

もし誰かに見つかったら完全にヤバいヤツだと思われるな。とりあえずなんかアクションくれ。



「もしかして、ぼくにいってる?」



ビンゴ。正解のSEが頭に鳴り響く。えーと、私は赤だから青のパネルが5つ消せるな…これで大逆転勝利からのベネツィア一周旅行の獲得権が…


いやどうでもいい現実逃避してる場合じゃない。


「あの、どこに居るんですか。透明人間さんですか。」

「…とうめいにんげんさん?」

「さっきは助けてくれてありがとうございました。あなたですよね。受け止めてくれて…。」


どこに居るのかわからない。キョロキョロと辺りを見渡すが、人気などは全くない。


「なんていうか、誰ですか。何者なんですか…すみません、わからないことだらけなんでとりあえずなんでもいいんで教えていただけますか。」


「ぼくもわからない。なんなんだろうね。」


…私が質問してるんですが……?


「あなたは何がわからないんですか?名前とかありますか?」

「なまえって?」

わからないがわからない状態だこりゃ。

「あ、うーんと、私紗季っていいます。さっきの女の子はまなで、なんかそんな感じのやつです。」

「さき」


ふと声を近くに感じて、

頬に指のようなものが触れた感覚がした。


何故だろう。今心臓が跳ねたような気が。

ふいに名前を呼ばれて…一瞬世界にフィルターがかかったみたいにきらめいた。


「あ…あなたは呼び名みたいなものはありますか?」


慌てて言葉を繋ぐ。

あれ、沈黙だ。見えないのに黙られると急に放り出された気分になるな。


「わからない。ごめんね。」


今、姿が見えないのにこの人の地雷を踏んだ感覚がばっちりあった。こちらこそごめんなさい。


「すきなようにぼくのなまえを呼んでいいよ。さきが初めてだから。」

「は、初めて?」




ぼくの声を聞いてくれた

ぼくが近付いて、触れられた

ぼくを見つけてくれた




さき、君ってなにものなんだい。












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