第36話ですわ!



 ……そもそも、ハイル様をわたくしから自由にする、というのはどういう事なのでしょうか。

 改めて自問自答すると、答えがブレますわね。

 わたくしは最初、この世界の事を思い出した時『悪女になろう』と思いましたわ。

 わたくしたちのストーリーは、新たなプレイヤーを迎える度に繰り返す。

 それをはっきりと思い出した今、わたくしの考えていた理想はなんとも儚く崩れ去りましたわね。

 ハイル様は何度でもヒロインに恋をする。

 そして、わたくしを殺したヒロインは国から出ていくのです。

 ハイル様は幸せになれない。

 ハイル様は、愛する人と幸せになる事が……、ないのですわ。

 なんて事。

 わたくし、ずっとその事が分からなかったのですね。

 わたくしから自由にして差し上げたいなんて、なんて馬鹿だったのでしょう。

 そうですわね、ハイル様のお立場からすれば、ストーリーに抗いたいと思う方が自然です。

 だったらもっと最初に、ハイル様に相談すれば良かったですわ。

 そうすればもっと早い段階でわたくしはハイル様と婚約破棄して、ハイル様はヒロインとなるプレイヤーさんと幸せになれたのに。

 きっと気を遣われたのでしょう、お優しい方ですから。


「わたくし、本当に馬鹿みたいですわ……」


 なぜ、もっと早く……。


「…………わたくしが死ねば…………」


 そうですわ。

 思い出した頃に思い付いていた事ではありませんの!

 わたくしが死ねば良いのですわ!

 本当ならもっと早い段階で処刑されていると良かったのですが……。

 ええまあ、わたくしが処刑されたり自殺したところでハイル様はエルミーさんとどうこうなりたいとは思わなさそうではありますけれど……。


「そうですわね。次回、そう致しましょう……」

「次回と言わず、今殺してやるよ」

「へ? きゃっ!」


 なに!?

 暗闇の中から突然刃のようなものが……っ!

 とっさに後退り、腕にかすり傷ができた程度で済みましたが……気が付けばわたくし、森の最初の小道で一人だけになってますわ。

 兵たちはもう奥の方でしょう。

 ハイル様や、エイラン様たちも……。

 そして、その闇の中から現れたのはあの四人のプレイヤーたち。

 呼吸が緊張で浅くなっていきます。

 ダメですわ、気をしっかり持つのですわ、わたくし。

 彼らに問いたださねばならない事があったでしょう!


「っ……あ、貴方たち! ちょうど良かったですわ! なぜわたくしのお友達を殺しましたの!?」


 ここで『壊した』とは言いません。

 わたくしはNPC。

 この世界の住人。

 そんなわたくしがプレイヤーの前で友人を『壊した』とは言えないですわ。

 きちんとこの世界の住人らしくしなければいけません。

 ……わたくしのNPCとしての矜持です。


「へへ……」

「前も思ったけど、お前他のNPCとは違うなぁ?」

「?」


 あら、これってお答え頂けない感じでしょうか……。

 それならそれでわたくしの『NPCとしての権限』で警備兵を呼んで早々に『国家指名手配』にしてしまえば良いのですけれど。

 それにしても、暗がりでも分かりますわ。

 なんて下卑た笑み。

 気持ちが、悪い。


「このゲームは基本クソゲーだけどよ、一つ気に入ってるところがあってなぁ?」

「ああ、女のNPCの作り込みが他のゲームより丁寧なんだよ。くくくくくっ」

「…………」


 一歩、また一歩、近付いてくる彼らから後退って距離を保ちます。

 けれど、相手は四人。

 もう取り囲まれるのも時間の問題。


『警備兵、召集』


 ……これで通報完了ですわ。

 でも、ハイル様の命令が最優先されているはずですから、もしかしたら来るのに時間がかかるかもしれません。

 時間を稼いでいた方が良いですわね。


「そん中でも特にお前は生きた人間の女みたいで、壊しがいありそうだよなぁ……!」

「へへへへへ!」

「リアルな女に手ぇ出すと前科持ちになるけどよぉ、ゲームの中の女をいくら殴ろうが蹴ろうがだーれも俺たちを捕まえに来ねーしな」

「そんな事はありませんわよ。わたくしには警備兵への通報権限があります。他のNPCと一緒にしないで頂きましょうか」

「気が強ぇなぁ? じゃあ、この間殺したNPCより乱暴に扱っても大丈夫かぁ?」

「なぁ、お前には付いてんのか? いや、あんのか? 穴」

「ギャハハハハハ!」

「こないだ殺した女にはなかったんだよな〜、穴! さすがにソッチのお楽しみはナシってか〜」

「…………」


 ……気持ち悪い!

 それに、この方々……彼女に……そんな事を……。

 許せません。

 もう、このゲームのアカウント停止、VRIDからのアクセス禁止をマスターにして頂くしかありませんわ!


「まあ、上の口はあるからな」

「つーか俺らにアレが付いてねーしなぁ」

「ア、そーだった!」

「ギャハハハハハ!」

「じゃあやっぱ、痛い目に遭ってもらうしかねーよなぁ〜」

「ごめんなー、ねーちゃん。恨むならリアルな女を恨んでくれ」

「そうそう。リアルな女が俺たちを相手してくれないのが悪いんだよ〜。ヒヒヒ!」

「…………っ」

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