第35話ですわ!


 そんなわけで八時になりましたわ!

 あ、これは現実のプレイヤーさんたちの時間帯ですわね。

 とはいえ、一応わたくしたちの世界は本日ハイル様とヒロインのデートイベントがありましたので連動して現在夜です。

 普段はエリアごとで朝昼夜が設定してありますのよ。


「よーし、頑張って探すぞー……って、思ったけど……」

「さすが、兵士の数がすごいね。これなら三十分もかからないな」


 ハイル様が連れて来たのは百人の一般兵と二百人の上位兵。

 そして三百人の警備兵ですわ。


「賞金首は警備兵に一撃でも入れればその瞬間に『国家指名手配』になる。奴らにはこの国から早々に退去願おう」

「わあ! イケメン王子ってば意外とワッルーい」

「…………」


 ほ、本当ですわ。

 ハイル様ったら……もうそれは確信犯ではありませんか。

 捕まろうが抵抗しようがこの国には二度と入国禁止。

 まあ、彼らはそれだけの事をしてしまったので、自業自得なのですけれど。


「とはいえオレは男爵の爵位が欲しいし、頑張らせてもらうよ」

「はい! キャリーたんのご褒美があれば私も頑張るー」

「エルミーさんはすでに子爵家の娘という地位をお持ちなのですからそれで我慢なさればよろしいのでは?」

「え~~~。ヤダヤダ、キャリーたんにもっと冷たい目で見下されながら『この豚野郎』とか罵られたい~~」

「そ、そのような悪い言葉は使いませんわ」

「っ……!」

「…………な、なんですか」


 なぜそこで目を見開きますの?

 こ、こわ……怖いですけど……え?

 な、なんなのですか?


「キャ、キャリーたんに……そんなキャリーたんに汚い言葉で罵られたい……はぁはぁ……いや、けど、丁寧なお嬢様言葉で一生懸命悪い言葉で罵られるのも……は、はぁ、はぁ……!」

「ひ、ひぃ……っ!」

「…………先に行くね?」

「い、行くぞキャリー。暗いから足下に気を付けて。ちゃんと付いてくるんだ」

「は、はい、ハイル様!」


 目が!

 目が怖いです!

 ……ハイル様とはあのお茶の時間から少し変な空気だったのですが、松明を片手にわたくしに手を差し出して来られます。

 迷わぬように。

 はぐれないように。

 わたくしは、この手に甘えて良いのでしょうか?

 わたくしたちは……。


「大丈夫ですわ。ちゃんと付いていきますから。モンスターも出るのですから、ハイル様はいつでも剣を抜けるようにしておいてくださいませ」

「…………そうか」


 周りは兵士NPCが駆け回っていますし、エイラン様やエルミー様もいますから大丈夫。

 ちゃんと付いていきますわ。

 だから、どうか振り返る事なく進んでくださいませ。

 わたくしはずっとハイル様の背中を見ておりますから。


「…………」


 なぜかとても懐かしい気持ちになる。

 いえ、それも当たり前なのかもしれませんわね。

 きっとわたくしとハイル様は、リリース日からずっとプレイヤーさんをこの世界で最初におもてなししてきたはず。

 …………?

 じゃあ、わたくしは…………っ、頭が……。



 ——『ちゃんと向き合ってくれ』


 ——『今その話ししてなかったよ?』



 お二人の言葉を思い出すと、少しだけ痛みが引いて頭がスッキリ致しますわ。

 わたくしはこれまでも、何人ものプレイヤーさんをお迎えして、そして殺されてきた。

 これからも——……。

 エルミーさんだけが特別では、ない。

 わたくしは、繰り返す。


 また……。



「…………っ!」


 頭が……痛い……締め付けるように、じんわりと……。

 ……………………ああ、そうか。

 全て無駄だったのですね。

 わたくしはハイル様をわたくしから自由にさせたかったですが……わたくしはただ、ストーリーをなぞるだけ。

 それならばまだ、ハイル様の方が……ストーリーに抗っておられるのかもしれません。

 でも今更……え? そんな事、なにを今更、わたくしは知って……いえ、知らなくて?

 あ、あぁ、頭がぼんやりとしてきました。


 気が付けば、ハイル様の後ろを離れていました。

 立ち止まって、ハイル様の背中を見送っている。

 いえ、これは…………いつもの光景なのですわ。

 わたくしはいつもハイル様の背中が小さくなっていくのをこうして貴方という光の遠のく夜道から見送っているのです。

 これは、いつもと同じ。

 これまでと同じ。

 わたくしが貴方様にできる事など……きっと、始めからなに一つ……なかったのですわね。

 ごめんなさいハイル様。

 わたくしはきっとまた、また……貴方を——……。

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