第28話ですわ!



 そんな事のあった二日後ですわ。

 エルミーさんとハイル様のデートイベントが……そろそろ、いい加減……いえ、本気でなにかしらの進展的なものを含めてですわね……あっても良いと思いますの。

 実践訓練の時は、こう、教員NPCの強制イベント的な状況でしたが……デートはお二人が自主的に行くもののはずですから……このイベントはハイル様が起こさなければいけないと思うのです。

 ですがハイル様ったら……。


「キャリー、町に行かないか?」

「ハ、ハイル様、わたくしではなくエルミーさんを誘わなければストーリーが進みませんわよ」

「大丈夫だよ、なんとかなるって」


 お茶を優雅に口になさりながら、なんという楽観的なお言葉。

 ううう、本当になんとかなるのでしょうか……。


「大体、中身が男だと分かった今、俺がアレと仲良くできると思うのか?」

「…………それは……わたくしも正直、考えてしまっておりますけれど……」


 そうなのですわよね。

 まさかヒロインの中の人が男性だなんて思いもよりませんでしたわ。

 それでもNPCとしてはストーリー通りに進めるべきだと思いますし……。

 けれど、ハイル様が拒否反応を示しておられる。

 これではわたくし、ヒロインにハイル様をお任せして死ぬ事などできないのではなくて?


「そもそも、君は死ぬ必要がない」

「!」

「だってそうだろう? どうやら君の家には俺の敵となる元公爵も公爵もようだし」

「っ……!」


 顔を上げる。

 そして、驚いて周囲を確認してしまいます。

 ……大丈夫……ここは、三階にある生徒会役員執務室のテラス席。

 わたくしたち以外誰もいません。

 ですが……!


「ハ、ハイル様……」

「キャリー、そろそろこんな茶番はやめやう」

「……っえ……?」


 茶番?

 シナリオの事でしょうか?

 ……それとも……それとも、わたくしたちの、婚約の、事……?

 わたくしたちは政略的婚約者。

 ハイル様がわたくしとの婚約を不満に思っているのは明白。

 エルミーさんではなく、別なプレイヤーさんの事が忘れられない、とか?

 だから……茶番は終わりにしよう、と?

 そんな……!

 ハイル様はシナリオ通りにNPCとしての役割を果たすおつもりがない!?

 確かにわたくしのお祖父様やお父様に……お家でお会いした事はありませんけれど……。


「…………」


 あれ?

 …………そうです、なんでお会いした事がありませんの?

 そういえばお母様にも……。

 あのお屋敷にはたくしとフローラ以外、人の気配もありません。


「っ……」


 頭が……痛い?


「キャリー、ちゃんと向き合ってくれ」

「!」

「君の家に、公爵と元公爵、そのご夫人は……いるのか? 君は彼らに会った事が、あるか?」

「…………そ、それは……」

「ないだろう?」

「っ」


 ハイル様が、テーブルにのるわたくしの手に手を重ねてこられましたわ。

 どうして?

 どうして……。

 わたくしは、わたくしは……?


「ない、ですわ」

「そうだ。だから……俺たちは本来、シナリオ通りにする必要はないんだ。君の祖父や父君は設定の中だけの存在。現実……という言い方も少しおかしいが、この世界にはんだよ」

「…………!」


 存在、しない。

 それは、NPCとして存在が設定されていないという事?

 でも、確かに……。


「君が死ぬ理由はこの世界のどこにもという事なんだ! だからキャリー、シナリオに入れ込む必要はない。こんな茶番に付き合う必要はない。君は、君の自由に生きていいんだ!」


 お祖父様やお父様が設定の中だけで、NPCとして存在しないのであればハイル様に影響は、ないかもしれません。

 え?

 それじゃあ、わたくしのこれまでの努力は……シナリオ通りにする、意味は……。


「…………い、いいえ!」

「!?」

「ハイル様、ハイル様が、仰りたい事は分かります。そうなのでしょう。わたくしがシナリオ通りに死ぬ理由は、ないのでしょう。貴方にとっては……」

「キャリー?」

「ですが、それではNPCとしてこの世界にいる意味がありませんわ! わたくしたちNPCは、このゲームを彩りプレイヤーのサポートをして、快適に、そして楽しく遊んで頂く為の存在です! そこに誇りを持たずしてなにがNPCですか!」

「キャリー!?」

「わたくしは、わたくしの役割を全う致しますわ!」


 だから、だから貴方も……!


「っ……!」

「…………」


 ハイル様……。

 どうしてそんなお顔をされますの?

 わたくしたちはNPCです。

 だから、このゲームの為に生きていかなくてはいけないのです。

 それなのになぜ貴方はそれを拒むのですか。

 わたくしには分かりません。

 貴方の手は温かくて、優しくて……このまどろみにずっと浸っていたいけれど……自分の存在意義を曲げてまでそこに溺れるような女には、わたくしは、なれそうにないのです。


「死ぬんだぞ、このままシナリオ通りに進めば」

「はい、覚悟の上です」

「意味がない! 君の祖父も父もいない世界で、彼らのありもしない権威を削ぐ為に君が死ぬ必要がどこにあるんだ!」

「ええ、父も祖父ももはや問題ではございませんわ。わたくしにとってそこにいないからといって、シナリオを蔑ろにして良い理由は父や祖父ではないのです。わたくしは——エルミーさんというプレイヤーの為にこの運命を突き進むのですわ」

「っ!」


 そして、ハイル様の為に。

 ……貴方の仰る事はわたくしにも分かります。

 でも、わたくしはやはり貴方の為に死にたいのです。

 エルミーさんとハイル様は……まあ、きっとわたくしが考えているような関係にはならないのでしょう。

 でもNPCとしてストーリー通りにプレイヤーを導かなくてはいけない。

 その先にきっと貴方の『自由』がある……!


「……あ、あんな変態の為に……!」

「…………」

「俺は! 絶対にこのままストーリー通りには、しないからな!」

「…………ハイル、様……」


 どうして……!

 あ、いえ、まあ、それは、確かにハイル様のお立場というか……中身が男性のプレイヤーさんと恋に落ちる云々は……ハイ、まあ、そうでしょうけれど……。


「…………」

「…………えっと、では、その、失礼致します、わ」

「…………気を付けて、帰るんだぞ」

「はい」


 ううん……微妙な空気で解散になってしまいました。

 ですが、気を付けて帰れだなんて、本当にお優しいのですから……。

 だから、わたくしはハイル様の事が……大好きなんですわ。


「………………ハイル様……」




 しかし、翌日わたくしの杞憂は思わぬ形で終わる事になるのです。

 ゲームの強制力ではなく、それは本当に、誰も予想だにしない形で……。

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