第八話 急すぎる最後の日。
「あしたはこないことをおすすめする」
「え?」
珍しい。どころか、初めてだ。彼女が僕が来るのを拒むのは。
「あしたはうみがおおあれだ。たいふうがくる」
「そうなのか」
「おかげできょうもあめがふっているだろう」
「うん、降ってた」
「かさをさしたまえよ、少年。ばしょんべちょりじゃないか」
「僕は雨が好きなんだ。雨に濡れるのもね」
「そうか。………しかし、かぜをひかないようにな。私がしんぱいするからな。まぁ、そんなことはどうでもいい」
「どうでもいいのかよ」
「あしたのたいふうで、このとうは、ばすていは、きえる」
「え、は、え?」
「そして、私も」
少女は、にっこり笑って、螺旋階段を上り始めた。僕もそれを追って、階段を上る。
僕は彼女に言われた通り、毎日このバス停に来ていたけれど、彼女は僕が来る時には、必ずすでにここにいた。さらに僕らはいつも塔の中で話していたわけだけれど、螺旋階段を使ったことはなかった。だから、僕はこの階段を上りきった先に何があるのか知らない。
さて、その階段なのだが。
「ちょ、待て、よ!」
「なんだ少年、もうつかれたのか?」
なぜか少女に追いつかない。僕は走っているけれど、彼女はゆっくりと歩いているのだ。塔の不思議な力だろうか。
息切れをしながら必死に上り、いつの間にか、そこが平になっていることに気づいた。つまり、僕はいつの間にか上りきっていたのだ(この部分は少し急すぎる気がするが、僕の醜態を晒す訳にもいかないので、ご了承ください)。
そこは、大きなホールのように広がるただの白い空間(部屋)だった。ここにも、なにもなかったのだ。いや、正確には、一つだけあった、窓が、一つだけの、ステンドグラスのはまっていない、透明な窓が。
少女は窓ガラスに手をあて、僕を見つめていた。
「おい、どういう、ことか、説明、しろよ」
「ふっ、少年、あれくらいでつかれているのか?うんどうぶそくにもほどがあるぞ」
「僕のことはいいから!説明し、」
「『ながく呼べどもかへらず
幸福のかげをもとめ
沖に向かつて眺望する。』
萩原朔太郎の『沖を眺望する』だ。私もずっとそうだった。ここでずっと、海を眺めながら、幸福だけを求めていた」
「…………幸福なんて、来るわけないだろ」
「私はしっている。…………ああ、面倒だね、この話し方はやめにしようか」
「は、お前、漢字………」
「私は知っている。例えば、君の親友が自殺したこと。君が自分が殺したのだと思ったこと。君が自分の生に価値がないと思っていること。君が死にたいと思っていること。君がバスを求めてここに来たこと」
「なんで……」
「そして、私が、そのバスを動かせる唯一の者であること」
「え、そうなの?」
バスじゃなくて?動かす方?
「バスはこれ」
きょこんと、彼女は窓ガラスを叩いた。って、え、それ?え、ほんとに?窓ガラスだけれど?
「これに私が力を込めるとバスになるんだ」
へー、そうですか、なんか、拍子抜け、した、な。
「さぁ、それで?君はまだこのバスに乗ろうとしているのかな?」
「え?」
「だから、私がこのバスを動かせる唯一の者なんだ。君がもし、まだそう思っているなら、私と一緒に来てもらう。それだけだ」
「え、僕、は」
乗りたい。ここじゃない、どこかに、行きたい。けれど。
少女を見ると、そんなこと、言えなくなってしまうのだ。彼女に教えてもらった詩が、内容なんて覚えていないのに、僕を引き止めるのだ。寄り添う詩が、悟ったような詩が、前を向く詩が。
「もしよければ、私と来てくれるかい?」
「え?」
「………一人は寂しいんだ。君の生に意味が無いなら君の死にも意味が無い、君の友達の死にも意味が無い。それを証明してみせよう、私と来てくれたらね」
「……………………でき、ない」
「もう一度いう。いや、何度でもいう。私ときてくれないか。君の死にこそ意味が無いって証明してみせるよ、その代わり、君はこの世界から消滅するけれど」
「……………できない、よ」
「ふっ、ふふふ、はは、あはは、」
「え」
「···ばーか、嘘だよ。君は私と来ちゃいけないよ。というより…ついてくんな」
いきなり口が悪くなった。君、なんか今回、キャラがブレッブレじゃない?
「でも、もし…」
「ん?」
「もし、僕が………、違うな。ありきたりなストーリーはもう飽きた。…僕は君と死にたいんだよ」
「………………は?嫌に決まってんだろ。ふざけんなよ、お前。ありきたりってなんだよ、いつか人間は死ぬことか?僕らを理解しない大人たちに支配されることか?僕らが夢や希望を持っても、誰かにつぶされていくことか?君が散々死にたいと言いながら、結局死ぬ勇気が出ないことか?…そんなことに君が負けるって?そんなことで、君は、生きるのをやめたいって言うのか?死ぬ覚悟なんてないくせに?悪いが僕を巻き込まないでくれないか、そんなことに僕は付き合う気がないし、元から僕らはそういう関係だろ?………って、君の親友が私なら言うんじゃないのか?」
「…そうかもしれない。でも、僕はあいつの気持ちを知らないし、理解できない」
「それなら、僕は君が理解できない。僕は君じゃないから。例え同じ経験をしたって君と同じことを思えることを僕は保証できない。ほら、最初に言っただろう、詩人たちと同じさ」
少女は、僕の親友のままで話した。
「それに、僕は君が嫌いだから。君が消えることを止める権利なんてないから。だから……逝けよ。
君がそれを本当に望むなら」
嫌いって言われた。雨音が響く脳内で、嫌い、という言葉が被さるように反響した。
「生きたいんだろ?死ぬ覚悟なんてなくていいよ。もっと自分に素直になっていいんだよ。だって、君の人生だろ。好きに生きろよ。いつ死んでもいい。いつ誰かを愛したっていい。愛さなくても、違うな、愛せなくても。誰かに愛されなくても。君のままで生きてくれよ。僕の分までさ」
「分かるわけないだろ、お前に。僕の気持ちなんて」
「分かるわけないだろ。でも、理解しようとすることはできる。だから手を取り合うこともできる。詩と同じようにね」
「そんなの、正しいか分からないじゃないか」
「だからなんだ。分からなくて当然なんだぞ?それを理解しようとしてやってるだけ、まだいいと思え」
「はっ、傲慢だな」
「ああ、そうさ。傲慢なくらいでちょうどいい。理解しようともしないくせに、自分の考えを理解しろって押しつけてくるアイツらよりマシだ」
「はぁ、お前ってそういうやつだよな」
少女は、本当に、あいつそっくりで、懐かしくて、憎らしくて、ずるくて。でも、大好きだった、あいつに。
「僕のあとを追うなんて、気持ち悪いことすんなよ?ついてくんなよ、ほんとに。フリじゃないからな?……僕は君が嫌いだ。その、思ったことを口に出したり、出さなくても、どんどん溢れる君の思考とかが。…でも…………僕も大好きだよ、お前のこと……うっわ、きもちわる」
「おい、今いい所だったろ、気持ち悪いとか言うなよ」
「気持ち悪いよ、ほんとに。それでも、君が好きだったのは本心だ。……だから、どうか、そのまま生きてくれ。僕の分まで。
·····なんてね、そんな無責任なこといわないよ。でも、優しくて強い君には生きてほしいな。全部自分が悪いって、泣いて、苦しんで、死にたくて、それでも生きてきた君だから。
この世界に在るものみんな誰かの何かになれるんだよ。君も、ね。
この世に絶対のものはない。例えば、命はいつかなくなる。でも、医術が進歩して、死はなくなるかもしれない。…まぁ、ほぼありえないけれど。
だから、君は絶対死ななきゃいけないんじゃない。死んだ方がいいんじゃない。君の死は絶対じゃない。かもしれない、なんだ」
「…………………………わかったよ。それが。お前が、お前の望みなら、僕は、従うしかないじゃないか」
「それじゃあ、最後に、」
「…うん」
「『それから 朝が來た ほんとうの朝が來た
また夜が來た また あたらしい夜が來た
その部屋は からつぽに のこされたままだつた』」
「って、最後も詩かよ!」
「なんだ、私の一番好きな詩人、立原道造の『小譚詩』だぞ!」
「あ、戻った」
「どうも彼と私は似ているようでね、すごい簡単だったよ」
「そうかよ…………」
「それじゃあ、私はこれで」
「え、明日消えるんじゃなかったのかよ」
「それは塔だ。私は今日。それじゃ、」
「ちょ、え、急すぎるだろ、」
「そうか?」
「そうだよ!誰もがびっくりだよ!」
「いいだろ、ありきたりには飽きたんだろ?それじゃあな」
「えぇ……」
「はぁ……しょうがないな。私が夢みたものは、誰かに愛されること。私が願ったものは、幸せになること。それじゃあな」
「え、」
少女は本当に急に、消えた。そして、それと同時に、僕もいつのまにか家にいた。怒涛の展開すぎだろ!?あと、お前、結局、一回も詩を詠ってないだろ!?
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