第四話 君と僕のどうにもしまらない会話たちと君の好きなものの話

「え、ちょ、なに?」

「はんしゃてきに?………あ、そうだ。君、私とはなしたいんだろう?そうなんだろう?わかっているとも。そんな君におしえてあげよう。私は詩がだいすきなんだ」

 ああ、そう。詩が好きなんだ。好きな物は特に聞いていないけれど。

 ……はっ!詩が漢字だった(確証はないが)!ということは、漢字にできるのは「君」「私」だけではないんだな…。

「『私の詩の読者にのぞむ所は、詩の表面に表はれた概念や「ことがら」ではなくして、内部の核心である感情そのものに感触してもらひたいことである。』」

「は?」

 彼女は僕の困惑を気にもせず続ける。ちなみに僕の目は彼女の両手によって覆われたままである。

「『私の心の「かなしみ」「よろこび」「さびしみ」「おそれ」その他言葉や文章では言ひ現はしがたい複雑した特種の感情を、私は自分の詩のリズムによつて表現する。併しリズムは説明ではない。リズムは以心伝心である。そのリズムを無言で感知することの出来る人とのみ、私は手をとつて語り合ふことができる。』」

「……うん」

「さぁ、少年。きみはどんな詩をうたう?」

 声高らかに、漢字をたくさん使って、彼女は何かを暗唱したようだ。僕の考えが正しければ、彼女は、私、少年、詩、以外を漢字にすることはできない。まぁ、今のところの見解だけれど。

「あの、もしよろしければ、そろそろ手を離してくれないか…」

「いやだ。私はきみのこたえをまっているんだ、はやくこたえたまえ」

 傲慢だ。理不尽だ。手が拘束されている訳でもないし、僕は別に君の手くらい取れるけれど、それを敢えて我慢してるんだからな。それを理解した上で君は言っているのかな?

「取れっていってるだろ」

「いやだね」

「………………僕は残念ながら詩を詠わない」

「ふん」

「だから君の問いかけには答えられない」

「ふんふん」

「……………君からすれば、詩は読むものじゃなくて詠うものなのか?」

「ふぅん」

「……………………………………………どっち?」

「私にとって、詩は、よむものでもあり、うたうものでもある」

「……………………なんでさっきはふんふん言ってたのか教えてもらいたいんだけれど…?」

「は?そんなのくだらなすぎて、へんじをするのがめんどうになったからにきまっているだろう」

「………………いやいやいやいやいやいやいやいや」

「おん?」

「おん?じゃねぇよ!君が聞いたんだろ!」

 理解するのに時間がかかってしまったし、思わず口が悪くなってしまった。

「いやいやいやいやいやいやいやいや、しつもんをしたのはたしかだが、私はべつに、君は詩をうたいますか?ときいたわけではない」

 いやいやいやいやいやいやいやいや。これは自分が先に言ったのだが、彼女が言うとゲシュタルト崩壊しそうだな。ひらがなだらけで嫌になりそうだ。

「…………ん?違うの?」

「だーかーらー、どんな詩をうたうのかを私はきいたのだよ!まったく、ちゃんとひとのはなしはききたまえよ」

「そっちこそ、僕の話聞いてた!?詠わないんだから、どんな、もないだろ!」

「うるさいなぁ。つまり、私は、詩を、そして、詩のなかのかんじょうを、りかいするひととしかはなさないし、はなせないってことだよ。さきほど、ちゃんとおしえてあげただろう、あ、ちなみに、あれは、萩原朔太郎のものだから、私のものではないけれどね。私は彼の詩をりかいする。ただ、りかいする、といっても、けっきょくはその詩にこめられたかんじょうなんてめいかくにわかるわけがない。私はほんにんではなく、おなじときを、おなじばしょを、おなじかんじょうですごすことなどふかのうなのだから」

「………………なるほど、それで?」

 どうやら、彼女は、文章の暗唱、人名、もしくは、人を表す言葉、詩は漢字にできるようだった。たぶんこれは当たっているはず。

「しかし、りかいしようとすることはできるし、その詩からなにかをかんじとることはできる。それがせいかいかはともかく、私は私なりにその詩をたのしみ、その詩のかんじょうをみて、ふれることができる。そうすると、その詩をうたっただれかとてをとりあい、かたりあうことができる。そういうわけだ」

「じゃあ、詩人じゃない僕とは話せないってことか」

「いや、君が詩をうたうひつようはない。なぜなら、私が詩をうたうからだ。そして、どうじに、詩をうたう私とはなしている君は、私の詩をよみ、りかいすることができる、ということだ」



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