第二話 夏休みになっても僕の心は晴れないから、この明らかに暗いストーリーが変わることもない、とは限らないはずだ、多分

 大量に出された宿題。学校に束縛されない生活。クラスメイトとの交流という避けようがない活動をする必要のない、自由な日々。夏休みを具体的にいえば、こんなものだろうか。

 みんな夏休みになると喜ぶのに、毎日学校が楽しみで登校するのは、なんでなんだろう。勉強する理由を大人に聞けば、だいたい返ってくる答えは、それが子供の仕事だから、とか、勉強するのが当たり前だから、なんて、納得しようとしてもできない答えがもらえる。そもそも、大人に聞くという行為自体、間違っているのかもしれない。大人に対して、自分が今死にたいと思っていることを伝えると、まだ若いんだから、まだなんでも出来るんだから、といわれるけれど、その「なんでも出来る」をつぶしているのは大人じゃないか。自分がしたいことができるのは、ほんの少しの人間で、残念だけれど、あなたはそこに入っていません。いつだってそう言って、僕らの夢を壊すのは大人じゃないか。僕が本当にそこに入っていないかなんて分からないのに。まぁ、自分にそんな価値がないことくらい分かっているけれど。生きていればいいことがある。そんな下らない言葉に騙されてやるほど、僕は優しくない。見えもしない自分の将来にどんな希望を持てというんだ?明日だって分からない毎日なのに。勉強したら上の学校に行けるとか、ぶっちゃけそんなのどうだっていい。上を目指せといわれるけれど、下を見ることの何が悪い。下を見なきゃ、一生懸命生きている花にすら気づかない。

 頭が痛くなるから考えることを一旦放棄しよう。

 家にいるのは退屈だ。父親も母親も仕事に出ているから、一人でいられて楽だが、「まだ中学生だから」という理由でスマホを持たない僕はかなり暇だ。高校受験が終わらないと買ってもらえないらしい。そんなことをしたって、僕が勉強するわけでもないのに。最近、担任の自己満という名目で配られた文章には、高校受験の時、スマホがなくて本当に良かった、なんていう話を見かけた。ああそうですか、としか思わなくてよく目を通していないけれど、結局、そんなことを書いて、その人は何がしたいんだろう。僕が受験生になったら分かるんだろうか。

 宿題をやる気にすらなれないので、外に出ることにした。早朝の空気が静かに僕をまわす。どこに行くあてもないから、何も考えずに歩く。気づけばいつのまにか、いつも学校に通う道をたどっていた。…普段学校以外に出かけないからだと思うが、なんだろう、この哀しい気持ち…。

 僕の住むこの町は、海に近い。さらに、僕の家は所謂オーシャンビューというやつで、登校する時は必ず海を見ながら登校しなくてはならない。

 僕は、海が好きだ。多くの生き物がいるから、とか、青が好きだから、とか、そういうのじゃない。水泳は好きじゃないから、海で泳ぐのももちろん嫌いだ。だけれど、海は、人間より綺麗だと思う。海と人間を比べるのは、ひどくナンセンスな気はする。そもそも、人間が世界の中心だ、みたいな、そういう考え自体間違っている。なんでもお前の思い通りになるわけないだろ。何様だよ。そんなツッコミをしたくなる。

 死にたいよな。ただそう思う。海に何を思っても何も返ってこない。だから、好きだ。死にたい理由?そんなの聞くまでもないだろ。それじゃ聞きますが、あなたにはあるんですか?僕は、ただ、死にたい。いじめを受けてるわけじゃないし、親に暴力をふるわれてるわけでもない。それなのに、なぜ死にたいと思うのか?普段辛い思いをしてなかったら、死にたいって思っちゃだめなのか。満たされない心。何もない将来。無くなることが確定された命。才能も、容姿も、誰かの「普通」以下の自分。ここら辺が揃ってたら、死にたいって思ってもおかしくないだろ。死を願えば、おかしいって言われるが、僕からすれば、全く笑えない、君にとっての「ジョーク」という名のナイフを、楽しそうに共有する君の方がおかしいと思うよ。一生君とは友達になれないと思うよ。

「キュー」

 羊の声がした。羊たちはいつも空を漂っている。黄金の毛を持つ彼らにとって、僕がどんな存在かは知らないし、分からないけれど、僕は彼らが好きだ。見慣れた光景だから、ともいえるけれど、僕は、つまらないことが嫌いなので、ノスタルジックな気持ちにもならない。ただ、自由を求める僕にとって、彼らはまさにその象徴的な存在だ。羊たちは気まぐれだが、人懐っこいので、人間が歩いていれば必ず寄ってくる。楽そうに見える彼らも、日々なにかに悩んだり、苦しんだりしているのだろうか。羊はどうか分からないが、人間は、生きづらいし、息しづらい。だから、彼らは、ちょっとした癒しキャラみたいなものだ、と僕は勝手に思っている。そんなわけで登校する時は一度ふわふわの毛に顔を埋めてから行く。

「なぁ、どうやったら、僕もお前みたいになれる?」

 飛んでいる羊を一匹捕まえて(抱きしめて)聞いてみた。返答は、もちろん、「キュー」だ。鳴き声かわいい。このまま家に連れて帰りたい。切実に。嘘だけれど。本当に。とりあえず、撫でて撫でて撫でておく。

ふと、羊たちがみんな同じ方向を向いていることに気づいた。羊たちが向いているのは、海岸の方向だ。何かあるんだろうか。風がそっちに向かって吹いてる、とか、いるのかすら分からないけれど羊たちのリーダーがそっちを向いている、とか、あるいは、死体がある、とか。

残念ながら、僕の予想は外れた。そこにあったのは、海にほど近い砂浜の上の、一つの塔と看板だった。

白い木でできた看板には、真っ青なペンキでかかれた、ちょっと汚い文字の「待合所」という文字がある。二階建ての僕の家くらいある塔は、真っ白な壁のあちこちに色とりどりのステンドグラスがあった。·····そういえば、小さい頃高齢者との触れ合い活動みたいな行事で聞かされたお話で、海岸のバス停には、海の上を走る透明なバスが来て、そのバスに乗ると、ここじゃないどこか、現実じゃないどこかに行けるっていう話があったっけ。ということは、あの塔はバス停なのか。看板に待合所ってかいてあるし。

おかしいな。ここまでの僕の思考から分かる通り、僕は、現実に飽きた、というより、現実に嫌気がさした、現実逃避を夢見る少年だ。なんで今まで、あのバス停に気づかなかったんだろう。それにしても、僕、よく小さい頃に聞いた話なんて覚えていたな。あの頃から、僕は現実逃避がしたかったんだろうか。よくやった、幼少期の僕。お前のおかげで僕は長年の夢を叶えられるかもしれないぜ。

とにかく見つけてしまったのなら、僕の行動はただ一つ。行ってみるしかないだろう。

羊たちが、行ってしまえというように僕の背を押すので、その勢いで僕はバス停に向かって、走らず、けれど、早く歩いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る