3人目 上
砂糖、塩、胡椒、カレー粉。それからケチャップ。マヨネーズにホワイトソースにウスターソース。ピクルス各種にジャム各種。他にも目についた物を手当たり次第で鍋に入れる。それから湧かしたお湯を注いで、よく混ぜる。
「おはよう、クロックマダム。何をしてるんですか」
「少年か、おはよう。昼食に使うソースだよ」
少年は鍋を覗いた。
「凄い臭いですね」
「僕にはさっぱりだが。味見したいかい?」
「そう、ですね。少しいただきます」
特製ソースを小匙にすくって少年に渡す。少年はそれを口に含み、そして倒れた。僕は少年の側に落ちている本を開いた。
『キッチンで死ぬ』
「やっぱりね」
いつもは断っているくせに、今日は受け入れるなんておかしいと思った。しかしまあ、そこまで酷い味だったのか。
「見た目にインパクトのあるものを入れて、味と相殺させるかな……?」
とりあえずキッチンにあるものは全部入れてしまおう。それでも自信作と言うには、ちょっと遠いかもしれない。もう少し時間をおいて、それから、そうだ! 煮込んでいる間に追加の材料も探しに行こう!
僕はボウルを片手に廊下へ飛び出した。
早朝の廊下は少し寒い。テルさんの屋敷はすきま風が頻繁に入り込んでいたらしい。なにもこんなところまで再現しなくてもって、前にマザーが嘆いていたな。そんなことを考えながら探索をしていく。
「木作さん、ちょっといい?」
声をかけるが返事はない。ふむ、お休み中のようだ。木くずを貰うだけだし、起こさなくてもいいか。落ちているくずを集めて部屋を出る。
隣の部屋を覗く。バブルハンドは相変わらずだ。部屋の中心に座り込んでずっと一人で呟いている。そっと部屋へ入り、彼の真正面でしゃがんで話しかける。
「元気かい、バブルハンド。君の手の泡をちょっとわけてもらいたいんだけど」
バブルハンドは答えずになにかを呟いている、というように端からは見える。でも彼の独り言の合間、息継ぎが少し長かった。どうしようかと幼稚な頭なりに考えているということだ。
十分程待った。しかし返事を出す気はないようだ。
「僕は無言は肯定と捉えるタイプなんだ。質問に関係ない独り言も無言にカウントして失礼するよ」
スプーンで彼の両手から湧き出す泡を二、三杯掬った。立ち上がる際コツンと何かを蹴ってしまう。まずい。僕は蹴ったものの正体を考える前に部屋を飛び出した。
「うぉっと」
閉めた扉にドンと大きな衝撃が走る。何度か叫び声のようなものは聞こえたが、すぐに静かになった。そっと部屋を覗くと暗がりで元の位置に座っているのが見える。どうやら諦めてくれたようだ。
温室は相変わらず暖かい。さて、ここには材料にできるものが沢山あるけど、どっちにしよう。咲き誇っていようが朽ちていようが胃に入れば同じ? いやいやそうとは限らないぞクロックマダムよ。ほら、新鮮さとか熟成とか、テルさんも気にしていたじゃないか。つまり胃に入っても違いはあるということだ。そして今必要なのは、味と相殺するインパクトをもつものだ。咲き始めの花を手当たり次第ちぎっていく。花の小さな山がボウルにできるころ、僕は中央のベンチに見覚えのある顔を見つけた。
「やあ花の子」
「こんにちは、ミスタークロックマダム。何をしているの?」
「特製ソースの材料集めだよ。なにかいいものはないかい?」
花の子は向かいに生えている木を指差す。白茶の大きな塊が付いている。
「あれなんてどうかしら?」
あれはマザーの卵だ。毎年研究員が撤去しているのを見かける。マザーがそれに何らかの感情を抱くのを見たことはない。無関心だった。
「いいね!」
僕は落ちていたスコップを手に取り、慎重に木に近づく。スコップで卵を突いて、中を覗く。マザーに少し似た子ども達が眠っていた。その内の一匹を掴んで卵の外に出し、ここであることに気がついた。
「この子達生物ではないんだね」
マザーから発生したのだから当たり前か。オレンジと黒の服を着た子どもを抱える。
「花の子、ありがとう。食事がしたくなったら厨房へいつでもおいで」
「遠慮しておくわ」
ふふ、と花の子が笑う。
さあ厨房へ戻ろう!
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