第10話

 ゲーム後半の村発展フェーズに入って数年。

 リーフはすっかり美しい女性に育った。

 まだ若干の幼さが見えないでもないが、はっきりと女性の身体つきになっている。

 肉体労働が多いせいか、体形はややスレンダー気味というところだが、病的な細さということもなく、ゲーム開始時の痩せた子供の体形からはあきらかに成長した。畑仕事のオーバーオール姿だと分かり難い胸のふくらみも、小屋の中のシャツ姿だとはっきり分かる。


 髪も最初のショートカットから少し伸びてボブカットになっている。背丈のほうはゲーム後半になってからはあまり変わらず、頭の位置が、俺の顎を少し超えたくらいだ。あまり近寄ると頭のつむじと冷たい目で迎撃してくる。


 村のほうも住人が十人を超えた。

 もっと何年もゲーム内の時間が経てば五十人でも百人でも村人は増え続けるそうだが、今の時点ではこんなものだろう。

 何度も『買い物』を選択して取引を重ねたお陰で、街まで行かなくても、村に商人がやってくるようになったし、作業の選択肢も増えた。


 増えた作業は『畜産』『探索』『教育』で、それぞれ家畜の育成、村周辺の探索、リーフも含めた村人の教育だ。

 『畜産』が出来るようになると、狩人以外の村人も肉を得ることが出来るようになったし、『探索』は森の中で果物を見つけたり、落ちている道具を拾ってきたりする。ただし、『探索』は稀に盗賊のアジトを見つけることもあるので注意が必要だ。


 『教育』は、なんというか青空教室のようなもので、文字や計算を教える。教わっているのは、村人の中からランダムで数人。大人とか子供とかはあまり関係がない。最初はプレイヤーである俺しか教師が出来なかったが、何度か選択しているとリーフも教師役をするようになり、二人で同じ作業を選ぶ必要がなくなった。

 俺に出来ることは遠くからそっと見守るだけだ、小屋でも建てながら。


 ゲーム内の時間経過を考えれば、リーフのエンディングが近い。

 エンディングと言っても、畑仕事ばかりやらせていれば農家に、狩りにばかりやらせていれば狩人になる可能性が高い、という職業選択のようなものだ。

 変わり種としては村を出て街へ行ってしまったり、プレイヤーである俺のお嫁さんになるというものもあるらしい。


 そしてリーフのエンディングを見終わっても、それで村がなくなるわけではない。

 リーフは選んだ職業のことしかやらなくなるし、村を出て行ってしまったら居なくなってしまうけれど、村そのものは、ずっと発展を続けさせることが出来る。


 一回目ということもあって、エンディングの条件についてはあまり調べていないし、ステータス重視の作業選択もしなかった。

 ただ、これだけ美しく育つと、愛情が低いままなのが残念に思える。一回目でお嫁さんは難しいにしても、せめて村に居て欲しい。


          *


 この群れはいびつだ。いやこの世界がいびつなのか。

 仮初の体の掌握が進まないのを、無理矢理に進めた。

 そのために回復した力を大分使わざるを得なかったが、情報収集が可能な程度には掌握出来た。

 体の動きはまだ仮初のものが支配的だが、眼で見、音で聞くだけならば長時間の覚醒が可能だ。

 しかし、そこで目にしたのは歪な世界だった。

 昼と夜の長さは日毎に代わり、植物は一晩で育ち、群れの者達は長がいるときにしか口を開かない。ただの一言もだ。

 会話すら不要な群れ、あれは群体なのか。

 我が群れだと認識していたものは、たった一つの個体でしかないのか。それではこの仮初の体はどうなる。

 群れの長。あれがこの群れの特異点であることは確かだ。

 だが眠りを必要としない者達の魂を縛るには、まだ力が足りない。


          *


 運命の日。


 大げさなイントロで始まったのはリーフのエンディングイベントだ。

 職業選択ともいう。就活と言い換えると夢がない。まあ落とされることがないだけマシか。今後のご活躍をお祈り申し上げます。


 暮らしている小屋の前、玄関を出てすぐの場所は、リアルならば毎日の出入りで目にする場所だが、このゲームでは目にすることは滅多にない。

 作業を選ぶとその開始位置まで自動で移動するからだ。視界がフェードアウトして、次にフェードインすれば作業場だ。


 小屋の周りで作業をするときに、その気になれば移動して見ることが出来るというくらい。作業とは無関係なことをするのだから、作業の失敗と判定されることも少なくない。

 そんな微妙にレアな場所に立ち、小屋の入口を見る。

 玄関の扉は、今は閉じられている。


 扉がゆっくりと開き。リーフが現れる。

 丈夫そうなジャケットとズボンの姿は、狩りに出掛ける格好に近い。だが、狩りに出掛けるなら必ず持っている弓矢は持ってはいない。その代わりに背負い袋を持っている。

 活動的な恰好はリーフに良く似合っている。同時に嫌な予感もする。

 リーフが俺の前まで歩いてくる。

 見上げてくる瞳は黒く輝き、真摯な表情に目を奪われる。


 間近でリーフが立ち止まる。

 今日ばかりは冷たい目をしていない。真剣な表情で見上げてくるリーフはとても美しい。ガチ恋距離に思わず抱きしめたくなる。

 それを押しとどめたのはリーフの一言だった。


「ロック、私、街に行く」


 がーん。

 まさにがーん、だ。

 抱きしめようとした腕が凍り付くような一撃に、身も心も強ばってしまう。サーっとあるはずのない血の気が引く音まで聞こえた気がして、立っているのも辛くなる。

 だがここはゲームで俺の現実の体はVRポッドに横たわっている。ムービー形式で続くリーフの旅立ちに、倒れることも涙を流すことも出来ない。


 行商人の馬車。いくつかの品物と共に荷台に乗るリーフ、見送る俺と村人たち、リーフが小さく手を振る。

 遠ざかるリーフの姿。小さくなり、木々の影で見えなくなる馬車。

 大きな喪失感と戦いながら、俺はゲームデータの消去とやり直しを決める。


 次はリーフを嫁にする。

 そう心に固く誓い、俺はデータを消去した。


          *


 仮初の体は、群れを離れることに決めたようだ。

 長としか会話のないこの群れで、仮初の体がなぜその決定をしたのかは分からない。仮初の体であってもその心の中を見通すには、今の力では困難だ。

 街といったか。より大きな群れに移動するというのは、万が一にもあの愚物共が世界を渡る手段を得ていた場合は都合が悪い。

 だがそれも万が一の話。仮初の体に潜んでいれば見つかる可能性は低い。

 それよりも、この群れ、このいびつな世界を解き明かすには、大きな群れのほうが有利だともいえる。

 この群れだけがいびつなのか、他の群れも同じようにいびつなのか。

 それを知ることは我が力を取り戻した後の動き方にも関わってこよう。


 木々の間を馬車が進む。

 御者をしている商人は一言も話さない。

 それどころか、馬のいななきすらも村から離れると消えた。

 不穏だ。やはりこの世界は狂っている。誰かを騙すためだけの演劇のような。あの群れの長か、ならばあれは何者だ。


 木々が少なくなってくる。そろそろ街だろうか。

 いや違う。空間が軋んでいる。

 まずい、世界が。

 転移を。

 力が、足りない。



―――― GAME OVER ――――


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Virtual Game OutRange 3 -小屋と畑と少女の記録- 工事帽 @gray

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