第6話

 助けた女性を小屋に連れて帰ると、イベントは終了した。

 小屋まで帰ってきたところで夜になり、その日は何も作業をしないままに終わる。

 簡単なナレーションが入り、ここからは一軒の小屋での二人暮らしから、村を作り発展させる生活へと変化することが伝えられる。


 しかし、今はまだ一軒の小屋しかない。助けた女性二人は俺の部屋に泊まってもらい、俺はまたリーフの部屋の床で寝た。

 流石に、この部屋に女性三人は狭いし、俺が助けたばかりの女性と同じ部屋で寝るわけにもいかない。

 この判断は正しいと思う。

 思うのでリーフはその冷たい目をやめてください。


 翌日の作業からは、女性達の手伝いも入る。

 こちらはリーフのように行動を選択するまでは出来ないものの、勝手に必要な作業を進めてくれるようだ。

 そして、リーフと俺の作業選択にも項目が増えた。


『建築』

『開墾』

『買い物』


 増えた項目は三つ。

 攻略サイトによると『建築』は新しい小屋を建てるのが基本だが、村の規模が大きくなってくると井戸を掘ったり、村を囲う柵を作ったりもするらしい。

 『開墾』はそのまま、新しい畑を作ることだ。村の規模が最終的にどれくらいにはるかは分からないが、今の小屋の脇にあるような家庭菜園規模の畑一つでは何人もの村人が食べていくことは出来ないだろう。


 最後の『買い物』は、森を出て近くの街まで買い物に行くことを差す。

 買ってくるものは、リーフに頼んだ場合はランダムで、その時々によって違う。新しい農具のこともあれば、調味料のこともあるし、本や服を買ってくることもあるらしい。

 ただ、買い出しにはお金が必要だ。狩りの獲物や、畑の作物など、何かしら売る物を持っていく必要もある。食料にしろ資材にしろ、余裕が出来なければ買い物にもいけない。

 プレイヤーが行く場合には自分で買う物を選べるので、必要なものが決まっている場合にはそのほうがいいらしい。



 始めに選んだのは『建築』だ。リーフと一緒に寝れるならともかく、冷たい目で見られた後でフェードアウトして朝、というのは精神的にくるものがある。助け出した女性二人のための小屋が出来れば、元々の俺の部屋に戻れるだろうし、冷たい目で見られることもなくなるだろう。


 選択で、いつも通りのピコンという音が鳴ってウィンドウが閉じる。今回は初めての作業なのでリーフも一緒だ。

 始めに移動させられた先は丸太置き場だ。『伐採』の作業で切った木を積んでいた場所が見える。伐採の時は、枝をうって積み重ねれば作業終了だった。今度は、その先。ガイドによると木の皮を剥ぐところからの作業ということだ。


 リーフと一緒に丸太を一本引き摺り出して、皮を剥いで行く。

 ガイドに従ってガリガリとなたを振るう。リーフの何倍ものスピードで進むのは父親としては面目が保てたということころか。

 一本目の皮を剥ぎ終わると、リーフは二本目の皮剥ぎに、俺は丸太を切って板にする作業が指示される。

 こんな短時間で娘と離れ離れとかお父さんは悲しいよ。

 手の中のなたが消えてのこぎりが現れる。小屋の中で鋸を見た覚えがないが、持っていたんだろう。


 丸太が動かないように足で押さえながら、縦に鋸を入れる。縦にだ。長い。リアルでやったらうんざりするほどの時間がかかるのだろう作業だが、プレイヤーである俺は簡単に切り分けていく。一本の丸太が数枚の板に分かれる頃には、リーフも一本の皮剥ぎを終わらせている。その丸太を受け取って、また縦に鋸を入れていく。数本の丸太を板に変えたところで、作業終了のアナウンスが流れた。


 午後の選択の前に、食事をする。女性二人は家事をしてくれていたようだ。

 リーフと二人の時も、どちらかが家事をしていれば、次の選択の前に二人共食事を食べることが出来た。丸太の処理はかなりの重労働だったし、昼食があるのはうれしい。なければ午後からは、俺かリーフのどちらかが家事をする必要があったはずだ。


 食事を終えてからの午後の選択肢でも『建築』を選ぶ。午前の作業では板しか作ってない。建物の形なんてまったくない状態だ。

 リアルなら当然の話ではあるが、ご都合主義がまかり通るこのゲーム内でも、一日では小屋は建たないのだろうか。まだしばらくはリーフに冷たい目で見られ続けるのか。新しい扉を開きそうだ。


 午後の作業もガイドの指示は変わらず、皮剥ぎと板の作成だった。午前中と同じように、数本の丸太を処理しただけで作業終了のアナウンスが流れる。小屋が立つには何回の作業が必要なのかも分からない。


 一度フェードアウトした視界が、小屋の中の景色を映す。

 夜。テーブルの上のランタンが俺とリーフ、そして二人の女性を照らす。女性に視線を移すと、「マイン」「アンネ」という名前だけがポップアップする。リーフのようにステータスは開かない。

 リーフのようには成長しないという意味なのか、ステータス自体存在しないモブキャラなのか。これから村人が増えてくれば分かるだろうか。


 夜の選択肢は、昼間と同じだけある。だが、実際に選べるものは少ない。

 暗いのだ。屋外の作業はマイナス補正が入る感じで、『畑仕事』をやってみてもガイドの矢印が見え難くなっている。見え難いまま、矢印と違う場所に鍬を下ろし続ければ、作業失敗の扱いになる。失敗すると畑仕事の場合は取れる作物の数が減るし、狩りの場合だと獲物なしで終わってしまう。


 だから、基本的には『読書』か外での作業が少ない『家事』が狙い目だ。

 少し悩む。

 リーフは『読書』でいいだろう。新しく増えたのは全部野外の作業だし『買い物』なんてこの時間に店がやってるとは思えない。


 少し悩んだ後で、俺の選択は『狩り』にした。

 獲物を示すガイドが見難いから、難易度が上がるが、何度かやってみた限りでは成功率はそんなに低くない。それに女性が二人増えたということは、食料の消費も増えたということだ、少しでも足しておきたいが、昼間は昼間で小屋を建てる仕事がある。


 ピコンと音が鳴ってウィンドウが閉じると、いつも通りのフェードアウトを経て、小屋の外に移動する。手元には弓と矢だ。これで獲物を仕留めるか、獲物に逃げられたら『狩り』終了だ。

 慎重に暗い森の中に踏み込む。

 ゲーム上での季節はあっても、狩りで見つける動物にも、畑で採れる作物にもまったく季節感はない。そんな中で狩りをするときに注意するのは異変を見落とさないことだ。


 静かに森を進む。

 一歩一歩。


 真っ暗な森では視界は無いにも等しい。それなのに、俺にはわずかならが木々の影が見える。それは元英雄というプレイヤーキャラクタの設定によるものだろう。

 木にぶつからないように、木の影に隠れた獲物を見逃さないように、慎重に進む。


 見つけた。


 少しだけ色が違うガイドを見定めて、弓を引き絞る。

 放つ。

 当たった。


 再びゆっくりと進んで、倒れた獲物を確認する。小さな鹿だ、ナイフを手に、止め。これで獲物は確保出来た。視界が一度フェードアウトする。

 再び開かれた視界には井戸が見える。小屋のすぐ側にある井戸の前だ。

 洗濯にも使っているここで、獲物の解体を行う。


 見難いガイドにそって、ゆっくりと解体を進める。内臓を取り出し、皮を剥いで、関節にそって肉を切り分ける。

 ここだけやけにリアルな気がする。

 制作陣は何かビジエ的なものにこだわりでもあったのか。後ろ脚、前脚と切り離し、胴体を背側のロースと、腹側のバラに切り分けたら解体も終わりだ。作業終了のアナウンスが流れる。


          *


 力を取り戻すための長い眠りと、刹那の覚醒を繋いで世界に微睡まどろむ。

 仮初の体は、小さな、とても小さな群れに属しているようだ。

 このような小さな群れで暮らす者達であれば、原始的な生活をしているのだろう。文明とは、大きな群れによって花開くものであるからだ。

 だが、仮初の体が適応しているのであれば、それも悪くない。

 情報伝達のない原始的な生活であれば、万が一にも、あの愚物共が世界を超える術を見つけたところで、我を探すことなど不可能だからかだ。

 力だ。力を取り戻す。

 見ておれよ愚物共め。

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