第7話

 翌日の作業で小屋が建った。

 たった二日で建ったのは喜ぶべきか、それともゲームバランスに一言いうべきかは今の時点では判断出来ないが、終わったのはうれしい。

 新しく建った小屋には、盗賊から助け出したマインとアンネに住んでもらう。一部屋しかない小さな小屋だ。これでリーフとの二人暮らしに戻れ、いや、村として出発することが出来たのだ。


 その日の夜の作業は、昨日と同じく狩りを選んだ。小屋が建っただけで食料の目途が立っていないのだ。明日は『開墾』を選んでみようか。


 視界が明るくなり、朝に移動したことが分かる。小屋の中にいるのは俺とリーフだけだ。マインとアンネは昨日のうちに新しい小屋へ移動しているから、ここには居ない。二日振りの、いや盗賊を泊めた日も数えると三日振りの二人暮らしだ。ひゃっはー。


 ポロンという音と共に、目の前にウィンドウが現れる。

 仕事の選択肢は、さっき考えていた通り『開墾』を選んだ。ただし、俺だけだ。

 リーフと一緒の作業というのも心惹かれるものがあるが、リーフには『畑仕事』を頼む。食料の調達を怠るわけにもいかない。実際、小屋を建てた二日の間に手持ちの野菜がずいぶんと減っている。


 切り替わった視界に映るのは野原だった。

 近くには新しく建てた小屋、少し遠くには俺とリーフが暮らしている小屋と畑が見える。開墾は新しい小屋の近くで行うらしい。

 そうなると、これから開墾する畑はマインとアンネに任せることになるだろうか。二人は二人なりに食料を確保してもらえるなら、肩の荷が下りるというものだ。


 ガイドメッセージには『雑草を抜いて下さい」とある。畑仕事の時は土を掘り返して種を撒く作業だった。開墾は当然のことながら畑を作る作業だから、まずは雑草ということになるんだろう。

 先に立てた小屋も、今いる野原も、前々は森の一部で『伐採』の作業で木々を切り開いた場所にあたる。場所がなくなったら『伐採』をしないと『建築』も『開墾』も出来なくなるのかな。ありえそうだ。


 あまり関係ないことを考えながらも、手はガイドの矢印が示した草を抜いていく。

 プレイヤーの肉体は強靭だ。手で掴んで引き上げてやるだけで、あっさりと草が抜ける。しゃがんだまま作業を続けても、腰が痛くなることも、腕が疲れることもない。そのあたりの感覚を実装しなかった可能性もあるが。


 『石を拾って下さい』。延々と草を抜いていくのかと思ったら指示が変わる。そんなに広い範囲の草を抜いたわけではない。一度の開墾範囲がこれくらいということなのだろう。指示に従って、草を抜いた範囲の石を拾い集める。大小様々な石が落ちているが、岩と言うほどに大きいものはない。草よりも簡単に、同じ範囲の石を拾い終わる。


 これで『開墾』の仕事は終わりかと思ったら、まだ残っていた、

 次の指示は『地中の石を拾って下さい』だ。手の中にくわが現れたところを見ると、これで土を掘りながら拾えということか。ガイドの矢印がある場所に鍬を打ち付ける。畑仕事で鍬を振るったときよりも随分と土が固い。

 何度も鍬を振るって土を起こしては、中から石を探して拾う。

 草むしりよりもよっぽどの時間を掛けて作業を終えた。


 午後の仕事は『家事』をリーフに頼んで、俺は『狩り』を選択する。

 午前の仕事で開墾した広さは、元々の小屋の傍にあった畑よりも随分と狭い。同じくらいの広さまで畑を広げるにはあと二、三回の『開墾』作業が必要になるだろう。


 それでも『狩り』を選んだのは、午前にリーフに『畑仕事』を頼んだのと同じ理由になる。食料調達を怠るわけにはいかない。一昨日、昨日と割合大きい獲物が得られたから、今すぐに肉が尽きるわけでもない。運が良かった。『狩り』を選んでも小さな、それこそウサギが一匹ということもあれば、矢が当たらずに獲物なしで終わることもある。


 ゲーム内はリアルとは違って、狩ったままの肉を置いておいても腐ってダメになるということはない。多めに確保出来るならそのほうが安心だ。

 手の中に現れた弓矢の感触を確かめながら、森の中に踏み込む。また大物が取れてほしいものだが、さすがに三日連続は運が続かない気がする。あまり気負わずにやっていこう。


 森の中を慎重に歩く。夜の真っ暗な森と違って、木々の影で薄暗いとは言え、十分な明るさがある。慎重に歩くのは、音で獲物に逃げられないようにだ。音を立てて歩いてしまうと、逃げる獲物の後ろ姿しか見れない羽目になる。

 森の中は草が茂っているから、歩くだけでも草をかき分けるガサガサとした音がなる。音を鳴らさないためにはゆっくりと慎重に歩くほかない。


 だが、いつもなら獲物が見つかる時間が経っても、一向に獲物を示すガイドは現れない。見落としたのかと不安になるが、失敗のメッセージも出ない以上は、まだ獲物に逃げられたわけではないのだろう。

 焦れる心をなだめながら森の中を進む。


 ガサリ。


 少し先で草が揺れる音が聞こえる。見ると確かに草が揺れている。

 何かいる。

 だがいつも現れるはずのガイドは出ていない。


 今まで『狩り』に来て獲物以外と出会ったことはない。

 鳥だろうと、ウサギだろうと、鹿だろうと、全てが獲物だからだ。

 それとも、この前倒したような盗賊でも出たのか。ランダムエンカウントになるようなイベントがあったのかまでは調べていなかったが、もしかしたらあるのかもしれない。

 村を発展させるゲームの後半に入ったら解禁されるとか。

 それだと今後はリーフを一人で狩りに出すのはまずいか。


 いろいろと余計なことを考えながらも、揺れる草の位置を追いかける。盗賊だった時に備えて弓は構えたままだ。

 草をかき分け移動する速度は速くはない。あれなら俺が静かに移動できるスピードでも追いつける。それはつまり不意を打てるということだ。

 徐々に近づく。


 姿が見える。

 やっぱり人だ。人が荷物を背負って歩いている。だが何かおかしい。大きな背負い袋を担いでいた盗賊の男とは、受けるイメージが違う。

 後ろから追いかけるのをやめて、横から見えるようにぐるりと移動する。

 顔が二つ見えた。

 歩いていたのは子供を背負った女性だった。


          *


 目覚めていられる時間は短い。

 ほんの数瞬。

 そしてまた微睡む。

 それでも見て取れるものはある。

 小さな群れ。そのおさの男だ。

 仕事の指示を出し、狩りに行っては獲物を仕留めている男だ。

 未だ力の戻らぬ。

 力が戻りさえすれば、魔力をのこ仮初の体に馴染ませてやるだけで、そこらの者達には負ける気はしない。

 だが、力が戻るまでが問題だ。

 おさの男の魂を縛り、従えるだけでも、この地の安全は十分なものになるだろう。

 しかし力は今だ戻らぬ。

 ならばあの男が無防備なところを狙って魂を縛る必要がある。

 力だ。

 力を取り戻すまではあの男を配下においてやろう。

 見ておれよ愚物共め。

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