第5話

 ゲーム内時間で数年が過ぎた。とは言っても一年は365日ではなく、季節毎に十日程の行動選択をすると次の季節に進む。

 リーフの背も伸びてきて、俺の胸くらいの位置にあった頭は顎くらいの位置になっている。身体つきも幾分女性らしい丸みを帯びて、正に美少女といった風情だ。


 ステータスも大きく伸びた。

 攻略サイトで見た体力、筋力が低いうちは『伐採』『狩り』は失敗するという情報に合わせて、始めの内は『畑仕事』『家事』『読書』の三つで回していたが、今では『伐採』や『狩り』も問題なく成功するようになった。

 それに『読書』のように始めは読み聞かせる必要があったのが、途中から一人で本を読めるようになっている。こちらは知力が関係してくるらしく、一定値を超えると一人で読めるようになるそうだ。

 他の作業も俺と同じ作業を指定しなくても、一人で行えるまでになっている。


 もっとも『狩り』を筆頭に外での作業は心配で、ステータス上は一人で出来るようになっても、数回は一緒の作業を選択した。これが失敗だったようで、気づくと愛情が下がっていた。改めて攻略サイトをチェックすると、一人で出来る作業に親代わりであるプレイヤーがついていくと、愛情が下がるらしい。

 信用されていないように感じる設定なのか、反抗期の設定なのかは分からないが、下がるらしい。そのせいで、愛情だけは他のステータスに比べて大分低い。美しい少女に成長してきたリーフに、冷たい目で見られるのはなかなかに凹む。


 失敗は失敗として、攻略サイトによるとこのあたりが中盤で、一つ大きなイベントが起こることになっている。そのイベントが終わった後は、ゲームは後半に入り、森の一軒家から森の中にある村として村人が増えるイベントが発生し始める。


 それだけに物語の転機とも言えるイベントなのだが、ここはちょっと物騒だ。なにしろ盗賊が襲ってくるというイベントだからだ。

 対処を間違えると、リーフが盗賊に攫われてBADENDになる。

 勿論、俺はそんなことは許さないので盗賊は殲滅する。絶対にだ。

 ある日の夜パート。暗い室内にいるのはいつも通り、俺とリーフの二人だけだ。

 いつもなら出るはずの行動選択が出ない。

 その代わりに小屋と外を繋ぐ扉でガンガンと音がする。イベント開始だ。


 寝室から剣を取ってきてから、扉を僅かに開ける。

 そこにいるのは髭面の男が一人。大きな背負い袋を背負っている。


「俺は行商人なんだ。道に迷ったんだ。一晩泊めてくれないか」


 目の前に選択ウィンドウが開くので、泊めることを選ぶ。

 こいつは行商人とは言っているが、実際には盗賊だ。剣を持っていない場合には、扉を開けた時に半々の確率の確率で襲われるらしい。だが俺は、というかゲームのプレイヤーとしての俺は引退した英雄だ。素手でもこの盗賊を制圧するのは難しくない、らしい。


 泊めることが決まったら、次に寝る場所の選択ウィンドウが開く。ここでは俺の部屋を選ぶ。

 リーフの部屋に髭面の男を入れるなんて真っ平だし、居間に寝かせた場合にはリーフの部屋まで扉一つだ。深夜、俺に気づかれずにリーフを攫われてしまう可能性がある。


 消去法で俺に部屋になるが、選択後にもう一つ開いたウィンドウで、部屋の荷物を片付けるのをリーフに頼む。荷物とは言っても、俺が普段寝てる部屋だ。片付けないと寝る場所がないというわけではない。部屋に置いてある弓、斧、くわといった「武器になりえる」物を移動するのが目的だ。リーフに移動を頼むと、それらはリーフの部屋に移動される。


 最後に夕食の準備だ。泊めると言って食事を何も出さないというのも気が引ける。実際には気が引けるどころか殺すわけだが。不審がられないために食事も出す。これもリーフに調理を頼む。


 リーフにばかり仕事を頼んでいるのは理由がある。

 俺が別の部屋に移動したり、料理で背を向けていたりした時、これは確率はハッキリしていないようだが、リーフが攫われたり、俺が切りかかられたりするというのだ。

 髭面の武器は腰に吊り下げたナイフだけだ。だが、その短さは小屋の中ではハンデにならない。背後から一突きで人の命を奪える武器なのだ。

 だから、俺は髭面の前から動かずにリーフに仕事を頼むのだ。


 夕食が済むと就寝だ。

 男が俺の部屋に入ったのを見届けた後で、さり気なくリーフの部屋に入る。攻略サイトによるとリーフと一緒に寝れる可能性があるということだったが。「ロックは床で寝て」と言われてしまう。

 そうだよね、愛情低いもんね。お父さんは寂しいよ。


 翌朝。俺もリーフも無事であることが確認出来たら、自称行商人の出発だ。残念ながら朝食はない。「世話になった」とか言っているのを適当にあしらって、俺も出発の準備を整える。

 そう出発だ。いつもの仕事ではない。やることは決まっている。リーフを狙うような盗賊は殲滅する。全員をだ。


 剣と弓を手に自称行商人の後ろを、距離を開けてついていく。俺のさらに後ろからはリーフが追いかけてきているが、一人で狩りが出来る自慢の娘だ。追い返すことはしない。

 ほどなく髭面の男は、地面のちょっとした段差に開いた亀裂のような所に入っていく。

 ここが根城か。

 俺の小屋で髭面が襲い掛かってくる可能性を潰し、わざわざ後を付けたのは根城を潰すためだ。

 髭面の姿が見えなくなっても、粛々しゅくしゅくと、亀裂の間近まで進む。そこにリーフが追いついてくる。ウィンドウが開かれる。


「ロック、どうする?」


 俺の意志は決まっている。数瞬、リーフにそれを見せるのもという葛藤も出るが、狩りでの日々や、この後のことを考えれば拒否して帰す選択肢はない。

 リーフのステータスを確認する。

 攻略サイトを見た記憶通りなら、今のステータスで問題ないはずだ。万が一ダメだったらデータをリセットしてやり直せばいい。そう分かってはいても、決断には勇気が必要だ。BADENDなんて見たくもない。


『二人で亀裂に入る』


 選択するとピコンと音が鳴ってウィンドウが閉じる。

 俺が先頭になって亀裂に侵入する。


 周囲は土よりも岩が主体に見える。入口こそは亀裂だったが、中は立派な洞窟になっていた。

 洞窟の中は意外に広い。十分に剣を振りまわせるだけの広さがある。だが、二人並んで剣を振るえる程ではない。その様子が見て取れるのも、洞窟の奥から漏れている灯りのせいだ。


 静かに剣を抜き、歩を進める。

 一本道の洞窟は奥が広くなっているようだった。灯りもそこから漏れている。盗賊たちがいる広間というところだろうか。奥の灯りを目指して進む。

 奥の広間が見えてくる。自然に出来たものなのか、通路状の洞窟の幅は徐々に広がって広間に続いているようだ。広間の入口には扉などはなく、奥に座っている盗賊たちの姿が見える。

 徐々に広がっているから、広間の手前に陣取って、誰一人通さないというのも難しい。

 攻略サイトでリーフのステータスにも言及されていたのはこれのせいか。盗賊の中で一人か二人、俺の脇を抜けてリーフに襲い掛かる可能性があるということだ。


 ちらりと後ろをついてくるリーフの姿を確認する。手には弓、矢を構えてすぐに撃てる体制を取っている。腰には解体用の大振りなナイフ。狩りで何度も使ったものだ。

 一層慎重に、音を立てないように前へ進む。

 後ろ姿が見える。行商人を名乗っていた男だ。背負い袋から何かを取り出しては床に並べている。その向こうでは床に並べられたものを持って部屋の隅に運んでいる男。全部で五人の男の姿が見える。


 不意にポロンという音と共に、目の前にウィンドウが現れる。『襲う』『話し掛ける』と二つの選択肢が目の前に現れた。

 選ぶのは当然『襲う』だ。

 俺とリーフの生活を脅かすものは殲滅する。視界に赤で『戦闘を開始して下さい』という文字がオーバーラップするのを視界の片隅に、俺は背中を見せたままの自称行商人に切りかかった。


 俺が四人を切り捨て、リーフが一人を射抜いたことで戦いは終了した。

 心配していた通りに、戦闘の途中で俺の脇をすり抜けようとした盗賊が一人いたが、すり抜け終わる前にリーフの矢が命中して事なきを得た。

 流石、俺の娘は素晴らしいな。


 見渡すと、部屋の端にはいろんな荷物が置いてある。食料、武器、何が入っているかわからない木箱もある。そして広間の奥にはもう一本の通路が見える。まだ奥があるようだ。戦いの最中も、奥から誰も出て来ることはなかった。盗賊が隠れているとは考えにくいが全部を調べたほうが良いのは間違いない。


 広間の壁際で灯りを放っていたランタンの一つを手に、奥に進む。

 そして、通路の突き当りで、手足を縛られた二人の女性を発見した。


          *


 力がいる。力が必要だ。

 力を取り戻し、復讐せねばならん。

 我の理想を理解することも出来ん愚物共を滅ぼさねばならん。

 そのためにも力が必要だ。

 愚物共には世界を超えるすべはない。

 失った力を取り戻すための時間はある。

 見ておれよ愚物共め。

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