第4話

 「家事が終了しました」というアナウンスが流れるとすぐに、視界が暗くなる。

 完全な真っ暗ではない。ランタンの光が見える。

 場所は小屋の中、ついさっき食事をしていたテーブルの上にランタンが載っている。

 この暗さは夜か。

 ゲームスタートから、畑仕事と家事の二つを選択した。それで夜になるということは、一日が三つのパートに分かれているということだろうか。


 食事をしたときの椅子に座ったまま、上目遣いで「私は何をするの」と言っているリーフがいる。

 テーブルにあったお皿やカラトリーは無い。テーブルの上にあるのはランタン一つで、ゆらゆらと揺れる炎を灯している。


『伐採』

『畑仕事』

『狩り』

『家事』

『読書』


 二回目の選択の時にはあった『休憩』がなくなっていた。

 選択肢は元に戻って五種類。だがこの暗さでどうしろと言うんだか。

 伐採、畑仕事、狩りは外の仕事だ。夜に出歩いてやるようなものじゃない。視界の効かない中で夜行性の肉食獣に出会うことを考えれば。このゲームでそれが有り得る作りになっているのかは不明だが、出会うことを考えれば外での作業はない。


 家事も怪しい。掃除と食事は小屋の中だとは言え、洗濯は小屋の外、井戸の脇で行っていた。

 となると残るのは読書くらいか。ランタンの弱い光は、蛍光灯やLEDの光とは比べ物にならないくらいに弱い。こんな暗いところで本を読むとか大丈夫なのかと心配になる。


 ちらりとリーフのステータスを見ると疲労と空腹の文字は消えていた。それ以外のステータスには変化なし、いや、体力と愛情が少し上がっているか。休んでいたのに体力が上がるのか。それとも食事の効果なのかな。

 視力というステータスは見当たらない。なら大丈夫か。それとも疲労のように突然「視力弱」とか表示が増えるんだろうか。

 悩んでいても選択肢は増えないから『読書』を選ぶ。ピコンと音が鳴ってウィンドウが閉じる。


「わかった。『読書』をします。ロックはどうするの?」


 リーフの言葉で再びウィンドウが開く。選択肢は前と同じ五つ。俺も同じく『読書』を選択した。


 一旦フェードアウトした視界に映ったのは、さっきと同じテーブルとランタン、そしてテーブルの上に置いてある本。

 俺は椅子に座っていて、すぐ隣にはリーフが座っている。

 視界に赤で『本を手に取って、読み上げて下さい』という文字がオーバーラップする。なに、読み上げるって。テーブルの上には本は一冊しかない。読み聞かせろってことか? リーフに。

 それはちょっと恥ずかしいんですけどっ。


 俺の内心の葛藤を余所に、隣に座ったリーフが俺を見上げている。

 かわいい。

 椅子に座って距離が近くなったせいか、部屋が暗いせいか、一層可愛く見える。ただしエロくはない。子供だし。


 NPC相手だと分かってはいても、隣に座る少女に本を読み聞かせるのは、なにか気恥ずかしい。しかし、回りを見渡してもウィンドウが開くわけ気配はない、つまりキャンセルは出来ないということだ。

 しばらく逡巡しゅんじゅんするも、読み聞かせないと『読書』が終わらないのであればやるしかない。

 テーブルの上の本を手に取る。


『野草グルメ』


 流石にここで絵本を出すほどは、ご都合主義ではなかったようだ。森の中で一人暮らすおっさんの手元に絵本は似合わない。リーフには似合うと思うが。

 本を開くと序文が目に入る。


「この本は、草原や森に自生する野草について、記したものである。野草には、食べられるもの、薬となるもの、毒となるものが、多様にあり、正しい知識を、持たずに、野草を扱うのは、非常に、危険である。しかし、長い旅の途中で、食料が、尽きた時、森の中で、道を見失った時、手に入る、僅かな食料の、一つが野草である。本書では特に、食べられる野草に、重点を置き、筆者が、お勧めする料理方法を、合わせて記載している。本書が皆さんの、生存の一助となる、ことを期待している。」


 多少つっかえながらも序文を読み切る。

 黙って目でなぞるのと違って、言葉に出すのは想像以上に面倒だ。文字を認識するにも、声に出すにも、常に一定のスピードではない。言葉に出しさえしなければ、そんなスピードの変化なんて気にすることもないし、読みにくい部分を飛ばしたって構わない。それが音読となっただけで、自分のいい加減さを見せつけられるように読み難い。


 それに、読み始めると、リーフが本を覗き込もうとして体を寄せて来る。NPCで子供なのだと頭では理解しているはずなのに、すぐそこに感じる体温が気恥ずかしい。

 自分の感情に蓋をしてページをめくる。


 図鑑かな。植物の絵が、植物の全体像と葉の部分の拡大とで、ページの大半を占めている。のこりのスペースには植物の特徴や毒の有無、そして料理方法について記載されていた。

 最初に載っていたのはハーブの類か。

 葉を料理の味付けに使うことが書かれている。茎や根は毒でこそないものの、えぐみがあって食用には適さないと。


 絵で文章が細切れになってると、どこから読むのかが難しい。

 適当に上の方から読んでいくと、俺の腕で見難かったのか、絵が出てきて興味が増えたのか、リーフの頬が俺の肩にくっついている。

 面積を増した体温に耐えながら、数ページを読んだところでポポポーンと音がして「読書が終了しました」というアナウンスが流れた。


          *


「ふうぅ」


 VRポッドから身を起こすと、そこは見慣れた俺の部屋だ。

 読書が終了したところで、ゲーム内の小屋は明るくなり、翌日になったことが分かった。そのために一度セーブをしてログアウトしたところだ。

 最初の一日分だけでも結構長かった。


 畑仕事に家事に読書。自分の作業はガイド付きとは言え、本当に自分で動く必要があるからどうしても時間が掛かる。慣れてくればもっと短時間で回せるとは思うけど、一度や二度では無理だ。

 それにリーフのステータスが上がる条件もよくわからない。畑仕事をして筋力と体力が上がるのはなんとなく分かるものの、休憩をしていて体力が上がったのは、食事の分と考えてもいいのかどうか。


 一日分だけでも結構な時間が掛かるなら、ちゃんと情報を得てから効率良く進めたい。何度もやり直していたら、とんでもない時間掛かりそうだ。


 タブレットを起動してゲーム名で検索を掛ける。誰でも書き込める集合知のサイトや、企業の攻略サイト、個人でやってる攻略サイトまでがずらっと表示される。そこにチェック用のアドインを噛ませてサイトの文章量や、広告の占有比率を表示する。


「どうしても企業サイトは広告ばっかなんだよなぁ」


 広告が必要なのは分かるが、攻略情報よりも広告のほうが多いのはゴメンだ。広告ばかりが目について、調べたい情報がどこにあるのかも分かり難い。

 結局、一番上に表示されていた集合知のサイトを表示して読み始めた。

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