葉桜の君へ
日和と再会して三年後。葉太は小さなシャベルで社の横を掘り起こしていた。
傍らには日和が邪魔をしないようにしゃがんでいる。
葉太は目的のものを見つけ、そっと蓋を開けた。日和と一緒に覗き込む。葉太は三つの封筒を見つけて、首をひねった。
二つは葉太と日和が互いに宛てたもので、残りの一つは記憶にない。
葉太の横から手が延びて、謎の手紙が取り上げられた。
葉太は手紙をしげしげと見つめる日和に問いかける。
「それ、何?」
「さくちゃんからの手紙」
「さくちゃん?」
「桜子だよ」
葉太は瞬きを繰り返す。去年の春から大学生になった桜子はこの地を離れていた。
「三年前、さくちゃんが私達を引き合わせてくれたでしょう? その時に、葉太に謝りたいことがあるから一緒に入れてくれって頼まれたの。その時に謝るのは照れくさかったんだって」
葉太は掘り起こしたのか、とツッコミを入れたかったが、一蹴されて終わるだろう。あえて言わないでおいた。手紙を日和から受け取り、表裏を見る。宛名は書かれておらず、送り主に『絵を描かない美術部員』と綴られていた。
読んでみたら? と日和が笑う。
葉太は素直に頷いて、封を切った。
拝啓 葉桜の君へ
先生、お久しぶりです。春川桜子です。まさか、忘れていませんよね?
最初で最後のラブレターです。先生がこれを読んでる時、きっと私はそこにはいないから読んでください。その後は先生にお任せします。
最初に謝らせてください。ずいぶんと意地の悪いことばかり言ってすみませんでした。言い訳をすれば、私の恋心はひねくれるしかなかったんです。
さて、先生は不思議に思ったでしょう? 私が先生に恋をしてるなんて。長くはなるのですが、最後まで読んでくださいね。
私、ずっと『葉太』くんに恋をしていました。だって、日和ちゃんがいつも私に話してくれたから。
絵が好きなこと、先生になりたいこと、『お稲荷さんの桜』。そして、葉太くんの可愛い所、たくさん聞きました。
何より、葉太くんの絵が大好きでした。初めて見せてもらった時、それが欲しくてたまりませんでした。あの向日葵の絵は日和ちゃんへの想いも込められていて、羨ましくて仕方なかったです。日和ちゃんに無理にせがんで絵を見せてもらってたのは私です。ここにもファンがいたんですよ。
見慣れた風景や物が透き通るようにきらきらしていて、その絵を描く姿を想像して、私はきっと恋に落ちたんだと思います。
あんなに仲が良かったのに、日和ちゃんから「別れたみたい」って聞いた時は夢が壊された気持ちになりました。先生、生徒の夢を壊すものではありません。
全然、興味のなかった高校に入学したのも、日和ちゃんと葉太くんのせいです。夢が壊れたなら、夢があった場所だけでも見たかったんです。
高校生になって、先生に初めて会った時、日和ちゃんが言ってた『葉太』くんと全然違うのでびっくりしました。それでも、日和ちゃんが渡した時計を着けていて安心しました。あの時計、私も人にプレゼントがあるからって言い訳して、一緒に選んだものです。知ってました?
だから、私、『お稲荷さんの桜』を見てみたかった。葉太くんと日和ちゃんの思い出を覗いてみたかったんです。まさか、あそこで先生と会えると思ってなかったので、意地悪をしてしまいました。すみません。
たくさんたくさん、迷惑をかけました。
だって、絵を描いてほしいから。
悲しい顔なんてしてほしくないから。
文化祭の前日、私は確信しました。
葉太くんには日和ちゃんが必要だって。あの手この手で日和ちゃんを説得して、やっと約束を取り付けました。誉めてほしいぐらいです。
これからすることは、先生は恨むかもしれません。でも、きっと幸せになるためには必要だと思いました。どうか、向き合ってください。
最後に訊かせてください。
ねぇ、先生。
私のこと好きでしたか?
答えは知っています。私が恋した『葉太』くんは日和ちゃんの大切な人ですから。
絶対、幸せになってください。
P.S.
桜餅の君へ、って書いたら最初から笑っちゃうでしょ? わざわざ葉桜にしてあげました。感謝してくださいね。
「何て書いてあったの?」
葉太は何も答えずに毬のように丸く咲いた桜を見上げた。幾つもの薄桃色の毬が揺れている。
「桜餅、食べたいなって思って」
葉太が穏やかに言うと、そうだねっと笑われた。
(終)
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