第646話 逃げた先で
現れた非常階段をさらに上へ向かって逃げる。黒い靄はあきらめることなく俺たち目指して迫ってきていた。しかし、今はさっきほど気持ちの焦りはなかった。三分という時間の制約があるので、気分は随分と楽になっていた。
だけどそんな気のゆるみを黒い靄は見抜いたような動きを見せる。一直線にこちらに向かっていた黒い靄は無数の方向に分かれて伸び始め、踊るように舞い空を埋め尽くしていく。もはや完全に周りは黒い靄だらけで、真上にしか逃げ道はなくなった。
さらに辛いのがしっかりと階段を上る運動に対して疲れを感じていることだった。どうして精神世界で疲労感を感じるのかわからないけど、それを考えている余裕はなかった。白雪さんを抱えて必死に階段を上るしか今の俺にできることはなかった。
「や、やばっ!」
さらに唯一の逃げ道だった上の方向だが、周りに展開していた黒い靄が先回りするように集まってくる。このままだと完全に退路を断たれる。
「くそっ、負けるか!!」
すでに疲労の限界だったが、気合を入れて上るスピードを上げる。上から覆いかぶさってきていた黒い靄を切り抜け、さらに上へと逃げ切った。
「まだ三分経たないのかよ!?」
疲労もあって時間が長く感じる。カウントダウンでもしてくれればわかりやすいけど、フェリからそんな連絡はない。
さらに黒い靄が加速する。ダッシュしても間に合わない速さで唯一の逃げ道だった上へ回り込んできた。完全に退路を断たれて絶体絶命、もう逃げ道は無いように思えた。
「いや、まだだ!」
黒い靄の隙間、光が差し込んでくるマンホールの蓋ほどの大きさに、俺は飛び込んだ。ぎりぎり包囲から抜け出すことに成功して黒い靄の塊を抜ける。しかし、抜けたその先は空の上、イメージで創造するより、頭では落下を想像してしまった。真っ逆さまに落ちる俺は、白雪さんが離れないように強く抱きしめた。
さらに黒い靄が落ちる俺たちを追ってくる。落下よりも早く、ただ落ちるだけの俺にはどうすることもできなかった。
だけど、いよいよ絶体絶命かと思われた瞬間、待ちに待ったフェリの声が聞こえてきた。
「勇太、投薬を開始します。ちょっとあなたにも刺激がくるかもしれませんけど耐えてください」
言った瞬間、その刺激とやらを実感する。かなりの痛みが体中に走り、気を失いようになる。事前に教えてもらってなかったら確実にアウトだったかもしれない。
「ちょっとやそっとの刺激じゃないぞ、フェリ! すげー痛いんだけど!」
「劇薬なんですから我慢しなさい。それにほら、貴方以上に腐気には効果てきめんのようですよ」
フェリの言うように、黒い靄はジリジリと痺れているように動きを止めていた。さらに端の方からブチブチと消滅していくのが見える。
黒い靄がとまったことで余裕ができた俺は、それを飛ぶイメージを頭に浮かべて実行する。そして白雪さんを抱きかかえながら地表へと着地した。
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