第508話 判断/結衣

南先生やクラスメイトたちの罵声はやまない。私の感じる恐怖は限界を迎え、その場から逃げ出したくなった。


「結衣、この連中なんなの!? あなたの知り合いなの?」


メアリーもクラスメイトたちの異常な状況に違和感を感じたようで、戦闘を中断してまで聞いてくる。私は説明する気力もなく、こう話した。


「メアリー……ごめんなさい……もうここでは戦えません。全軍に撤退命令をだします」

いきなりの私の判断にメアリーは驚いたが、私の口調に覚悟を感じたのかそれに同意した。


いくら赤い宝石があるから裏切れないと言っても、南先生やクラスメイトたちとこのまま戦うのは心苦しかったし、彼らの言動などに異様な恐怖を感じているのも理由の一つである。さらに私が戦えないということは南先生を止める術はこちらにはない、このまま戦えばかなりの被害が予想されるので、ここは全軍撤退するのが一番の選択だと思う。


「いい加減にしなさい! 先生の言う事がきけないのですか!」

しかし、南先生は撤退の判断などおかまいなしで、自分の元にくることを拒む私に怒りを爆発させて、叫びながら斬りかかってきた。私はその攻撃を紙一重で避けると、できるだけ距離をあけるようにと思いっきり後方にジャンプした。


「ロゼッタ、メアリー、私がここの敵を引き付けますので、その間に全軍の撤退の準備を進めてください」

全軍の撤退の最大の障害は南先生たちだろう。それを抑えなければ逃げることもできない。


「わかったわ」

状況を理解するのが早いロゼッタは、私の心理的状況やそれによる戦況への影響力を瞬時に理解したのか聞き返す事すらしなかった。


ホロストイにも全軍の撤退を伝えると、皇帝の意向やエリシア帝国の威信にかかわるなど色々言われたが、全ての責任は私が取ると話すと渋々了承した。アージェインは撤退を聞くと、足止めに疲れていたのか反論することなく同意する。



南先生たちを引き付けるなどと簡単に言ったが、そんなに容易なことではなかった。何度も囲まれて抑え込まれそうになる。さらに私への強い言葉はエスカレートして、もはや罵声ともいえるほどに強くなっていた。


「結衣さん、素晴らしいわ、これほど動けるなんて……だけど成長したのは力だけのようね。今の貴方は男に狂ったただの雌豚、早く私の授業を受けて改心しなさい! 前のように優等生に戻るのよ!」


南先生は強い言葉を放ちながら剣を振るう。言ってる事は無茶苦茶だけど、剣撃の力は本物で、直撃すれば無事では済まない。緊張しながらもなんとか全てを避けるが、いつまでも避け続けるのは難しいだろう。



逃げ回りながら状況を確認していたが、なんとか撤退が開始されたようだ。後は私が南先生たちを振り切れば逃げ切れる。私は隙をみて木々の生い茂るエリアに飛び込む。南先生たちはあきらめることなく追いかけてきて包囲しようとするが、素早く木々を縫って移動する私に最後までついてこれたのは南先生だけだった。


南先生だけになったのを確認すると、不意を突いて武者魔導機に向けて用意していた魔導撃を発動させる。エルヴァラ改の漆黒の機体から闇のシミがにじみ出る。深い森の暗闇と混ぜ合わさり、南先生の視界を遮っていく。


「結衣さん!! どこにいるのですか! そうやって隠れて、逃げて、物事が解決すると思っているのですか! 早く出てきて私の授業を受けなさい!!」


エルヴァラ改を見失った南先生が叫ぶ。私はヒステリックな声を背に、その場を素早く離れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る