第507話 戸惑いと恐怖/結衣

「ほら、結衣さん、こんな戦いなどやめて私たちと共にいきましょう。みんな貴方を待っていますよ」


南先生は戦場だとは思えないほどの緊張感のない口調でそう話しかけてくる。それに合わせて周りのクラスメイトたちも同様に私に声をかける。


「白雪さん! 一緒にいきましょう! クラスメイト同士で戦うことはないです!」

「そうだ白雪、俺たちとこい! ラドルカンパニーが待遇保障してくれる。安全にさらに贅沢な暮らしをさせてくれるぞ!」

「そうよ結衣、私たち帰れるんだよ! このまま少しだけお手伝いするだけで、元の世界に帰してくれるって約束してくれたの!」


ラドルカンパニー……!? 元の世界へ帰れる? それが本当なら断る理由はないけど……私は胸に埋め込まれた赤い宝石を手に障り、現実を思い出す。エリシア帝国を、いやラフシャルを裏切るということは死を意味する。


「みんな……南先生のところには私とレイナ以外はみんないるんですか?」

そう聞いたのはある人のことが気になったからだ。もし……もし勇太くんがいるなら、この命が危険になっても、全てを捨てて付いていこうと考えてしまっていた。


「いえ、残念ながら結衣さんとレイナさん以外に、後4名が合流できていません」

「そ、それは誰ですか!?」

「岩波くん、榊くん、それと渚さんと勇太くんです。でも安心してください、岩波くんと柳くんはすでに合流の手筈が整っています。渚さんと勇太くんはまだ居場所も分かっていませんが、必ず探し出してみます」


やはり勇太くんはここにはいない……残念な気持ちと、どこかホッとした感情になった。


「そうですか、ごめんなさい……今はみんなと一緒にいけません」


そう言うのが精一杯だった。みんなと一緒に元の世界へ帰りたい気持ちはあるが、やはりその前にこの赤い宝石をどうにかする方法を探さないといけない。


「白雪さん、どうしたのですか、元のクラス全員で元の世界に帰れるのですよ。どうしてそれがわからないのですか」

「わかってます。だけど、今はいけません。もう少し、少しだけ時間をください」

今はいけない、そう伝えるが、なぜか南先生には受け入れてくれなかった。


「なんてことかしら……優等生の結衣さんが、この世界に毒されてしまったのですね。贅沢を覚えてそれが捨てられませんか? いえ、それともエリシア帝国に愛する人でもできたのですか? それが理由なら同じ女ですからね、わかります。だけど、一番大切なのはクラスの仲間でしょ!! 私たちだけが信頼できる存在なんです! もう一度考えなさい! 白雪結衣!! 男を捨ててこちらにきなさい!」


南先生の口調がいきなり怖くなった。急な変化に恐怖を感じる。何かおかしい……南先生は優しく誠実な人だったはず、間違ってもこんな荒々しく生徒に命令する人じゃなかった。そして不思議な事に、周りのクラスメイトたちは、そんな南先生の言葉に疑問を持つどころか、同調して私を責め始めた。


「白雪さん! 男ができたんですか! 残念ですよ、そんな尻軽女だとは思いませんでした」

「結衣、その男に騙されてるのよ! 目を覚まして私たちと一緒にいきましょ!」

「君みたいな優等生でも間違うことがあるんだな、それとも欲望にまみれて変わってしまったのか?」


みんな口調も、発する言葉の内容もどこかおかしい……知っている人たちが微妙に違う恐怖と、いわれなき理由で責められているストレスで変になりそうだった。

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